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遍歴【二】

宰府 俤

一.日記と搾乳

 あの日から私の机上には,3冊目の日記が置かれるようになった。
 毎年々々繰返し,半ば機械的な仕草とはなっているけれど,過ぎし日の頁をめくって古ぼけた紙上に筆跡を尋ぬれば,それが悲喜,善悪の連続であれ,すべて清浄な思い出となってよみがえってくる
 私が実社会に印した第一歩の感慨を記録に託した昭和24年の役所仕事始めの1月4日の日記は,私の生涯においておそらく忘れ得ない思い出となるであろう。
 迎春の日毎に開くこの頁に残した生活の断片は,久方に相見るマドンナの後姿にも似てこよなくなつかしい。
 昭和24年1月4日それは岡山種畜場が現在の岡山市郊外三軒屋に移る前岡山市上伊福の県庁舎裏の一隅に,おしつけられた如く存在し,多くの人々から足繁き訪れをうけていた当時の或る日である。
 そうして又,年内のうちに移転を完了したいと希求し,場内に何かしらゴタゴタとした雰囲気をかもしていた頃でもある。
 当時の場長,言わずと知れたことであり,某氏の言を拝借するまでもなく現在畜産課にござる貴公子K技師である。
 1月4日 火曜日
「比較的暖かで暮らしよかったここ数日は,昨夜の雨で寒さ加わり,ガラス窓をたたく木枯に1人の寒さを感ず。
 場長の年頭の挨拶あり,めぐり来った本年は我々に関係深い牛年であり,強いて牛になぞらえるまでもないが,堅実な牛の歩みの如く一段,一段と現実の過程を踏みこえ,多年宿望の移転問題を年内に是非とも解決する様,要望あり。
 終りて,スルメを噛りつつ冷酒を酌みかわし,場員現場につく。」
 歴史が語る時代の英雄ナポレオンは,不可能なる文字を辞書より抹殺せよと豪語したとか,しかし同じ辞書仲間の不幸の文字にあやつられ,その生命を絶ったとか聞く。
 比の稿にナポレオンを引き会わすことは彼の霊を冒?することになり且,無関係であろうが,私は幸,不幸の文字が辞書にある限り,この言葉を借りなくてはならない。
 とは,既述した私の感慨が如何に深くとも,あの日,スルメの味,冷酒の喉頭のうるおいがよかったのみでは,1月4日は時の流れと共に忘れ去ってしまったであろう。
 幸か,不幸か,この日牛舎において搾乳中,牛乳ならぬ牛のドロ足を搾乳バケツの中に入れ,飛び散り,流れ出た白色の液は,如何にその惨状を物語りたることか。
 搾乳技術のむつかしさを教え,そうして更には畜産に対する安易な認識を放棄せしめ,しばし人間ならぬ乳牛に恐怖を感じたのである。
 我が生涯に忘れ得ない昭和24年1月4日は,かく起りかくの如く終ったのである。(続)