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遍歴(三)

宰府 俤

二.音楽と搾乳

 乳牛から乳を搾ることは乳牛飼養において,最終の段階であり−勿論農家経済の観点から眺むれば,この生産された牛乳の販売と言うことが大きな役割を占める最後の段階であろうが−飼養過程における我々の努力の集積の評価舞台であろう。
 そうして又,この種経営におけるキーポイントである搾乳は玄人の酪農人にとっては朝飯前の気軽な仕事であり,希望をのせた輸快な一時であろうが,駈出しの酪農人にとっては容易ならざる大役ではあるまいか。
 と言って私は新進の酪農人に対し出鼻をくじき且はオタカク止って侮蔑するなどのオコガマシイ気持は毛頭持っておりません。
 種畜場の宿直当番で夜の8時頃,牧夫の人が10頭程の乳牛を極くあっさりと片附けて仕舞う間に,両腕を痺らせ青息吐息でやっと1頭の搾乳を仕上げたあの頃与えた飼料を彼等が喰い終る頃,なお必死に,木枯の風を聞きつつ額に汗して搾る此の俺に「マダカ,イイ加減ニシロ」とふり返えり睨をきかすかの如く思える不敵な面構えに如何ならんかと身ぶるいし挙句の果は搾乳バケツに足を入れられ更には食後の運動とシャレ込み人の気持も何処えやらノソリノソリと歩き廻わられる怪牛にホドホド手を焼かした当時のミジメさを思えばこそ大役かと思料する次第。
 釈迦は民衆に伍し逆境との戦において悟りを開いたとか聞く。
 牛にもてあそばされたこの徒輩,不敵な牛の面構えに,知り過ぎる程知っていたことではあるが,すべて経験を積むことが搾乳技術の上達をもたらすと言う平凡な真理を,身をもって体得し,そうしてリズミカルな5指の刺激で牛に快適な気分を与え,一滴でも多くの乳を搾ることは勿論,更にこの肉体の刺激と同時に今1つ音楽によって官能を刺激し(邪推してはなりません)曲の醍醐味に陶酔せしめ乳牛の乳汁分泌を旺盛にしてはどうかと悟ったわけである。
 乳房の構造は中江博士の著書によれば「乳頭先端の輪乳管及び乳槽の下端出口に当る輪乳溝の周縁は共に括約筋からなり,乳牛自体で之を制御することは出来ないから乳頭に吸いつかせるか,人工で搾るかするのでないと自然には乳汁が流出しない。
 併し乳槽に連る輸送管の分岐点にある括約筋は乳牛の意志により開閉することが出来るので牛が神経的刺激をうけた場合には乳を出さないことがある。又一方神経の刺激動揺が血管運動神経の作用に変状を来たし乳腺に対する血液の供給を阻害し,泌乳に影響を及ぼすもののようである」と記されている。
 このことは私の悟が決して誤っているとするものではなく,更に西山太平氏の著書酪農経営法146頁に音楽により泌乳量を増加せしめた例があると記されている。
 過日K氏から市内の某牧場でも如何なる意図でか知らないが音楽を奏でながら搾乳しているとか聞いている。
 戦後の農村好景気は消耗し切った農家資本に蓄積をもたらし,更には文化財まで運んだことは周知の通りで,その内でも燦として輝くものに電気蓄音機がある様だ。
 この電蓄から流れ出る心よい楽の調に終日の疲労し切った肉体を憩い,ジャズの音,スケアダンスで農村レクレーションを満喫し,甚だもって住心地よい農村とはなったが,この農村ブームも何時しか過ぎ去り思い出の電蓄も或いは税務署の滞納差押えの好餌となりはしないかと持たざる者の僻でか、かく老婆心を煩わしている。
「祇園精舎の鐘の声,諸行無常の響あり……驕れる者久しからず,ただ春の夜の夢の如し……」後鳥羽院の御時,信濃前司行長が作ったとか伝えられる平家物語の一文を引出すまでもないことであるがジャズの音に諸行無常の響を聞き分け青春の亨楽を謳歌した春の夜の惰眠もそろそろ切り上げ,堅実な農家資本の一員として電蓄の行く手を見護ってやる必要はなかろうか。
 皆さん御承知ないかも知れないが終戦後間もなく,ロシアから送られた映画,「シベリヤ物語」で人畜共々の音楽の世界が御披露されたが,これが単なる物語であれ,これに見習い音楽の雰囲気を乳牛飼養等にかもし出しては如何様なものであろうか。
 古くは古典楽派の三巨星ハイドン,モーツアルト,ベートウベエンからシューヴェルト,シューマン……等々の作品により,更には灰田勝彦,岡晴夫,ブギで天下の笠置シズ子等々,諸氏をわずらわし,楽しく働き,より多くの乳を得ることは悪いことではあるまい。
 そうして灰田勝彦のウラ声で或は笠置シズ子のブギで多くの乳を出す牛もあればシューベルトのセレナーデ,モーツアルトの子守歌,或いは静寂,憂鬱なチャイコフスキーのアンダンテ,カンタビーレでより多くの乳を出す乳牛が現われるかも知れない等と思っている。