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第1回全日本ホルスタイン種牛共進会参観記

 既報の通り第1回全日本ホルスタイン種牛共進会は,日本ホルスタイン登録協会の主催で昨年11月に開催される予定であったが,初秋より猖獗を極めた流感のため延期されていたが,遂に本年3月24日より27日まで4日間神奈川県平塚市に於いて,天皇陛下の行幸を仰ぎ華々しく開催された。
 本県にはホルスタイン種2頭,ホルスタイン系種1頭計3頭の出品割当を受けたので,邑久郡,浅口郡,児島郡,小田郡等より5頭の出品候補牛の申出を受け慎重予選の結果下の2頭を出品することとなった。

 レーゼントスカイ オク カーネーション号
 19年11月20日生
 邑久郡玉津村 川野仲二
 オードボッシュ カナリー ロング号
 21年9月1日生
 小田郡笠岡町 坂本節夫

 各都道府県の出品頭数は161頭の多数に達し殆んど日本全土に亘り,その質も各地選り抜きのもので実に壮観を極めて一大壮挙であった。各出品牛は早きは15日既に会場に到着し21日午後には全部勢揃いをして,長途の疲労快復とコンディションの調製に大童で,晴の舞台を今やおそしと待機していた。
 審査の開始は24日天皇陛下の行幸があるので1日繰上げ,23日朝から施行することになった。審査委員は下の諸氏である。

 審査委員長 佐々木清綱
 審査顧問 釘本昌二
A組(第1部・第3部)
 審査委員 主任 舛田精一
 同 藤本虎之助
 同 加藤純之輔 
B組(第2部・第4部)
 審査委員 主任 三田村健太郎
 同 中村敬止
 同 星 松郎
 同 小林龍雄

 24日午前9時開会式が挙行され,塩野谷会長の挨拶についで佐々木審査委員長の告辞があった。全国を出品区域とする畜産共進会は,大正3年東京上野に開催された大正博覧会の時と,大正12年これも東京で開かれた平和博覧会に併せて開催されただけで,実に30年来のことである。又7塚原種蓄牧場が開催され乳牛の改良を目ざしてより,50年目に当り今回全国より優秀牛161頭を一堂に集めた,この大壮挙を決行し得たことは,今後日本のホルスタイン種牛の改良上意義深いことで,新日本建設に一役を担う大行事と言うことが出来る。
 天皇陛下には開催初日の午後2時過ぎ御到着せられ,親しく出品牛を一々天覧された。この種の共進会に行幸を仰ぐことは始めてのことであって,主催者,出品人は申すに及ばず関係者一同感激の極みであった。なお吉田首相,広川農相もこの行幸に供奉されたので,将来の酪農に対して認識を新にされたことと思う。会場は平塚駅の南東約7町位の処で競輪場の設備を利用して開催されたもので,その前は軍需工場の跡であるとか4,5町歩もあると思われる広場があり,その周囲にずらりと各県別に牛舎がペンキの色も新しく建て並べてある。今日は天皇陛下の行幸もあること,この広場もギッシリ埋める程の人出で1万は下らない様である。審査場はテニスコートを2つ合した位のコンクリートで固めた所が2ヶ所であり牛の姿勢を整えるには申分のない所である。
 審査は25,26日と引続いて反覆厳密に取り行われた。各出品牛は何れ劣らぬ優秀なものばかりであるので,審査員も却々悩まされたことと思う。それにも増して各府県の出品者とこれが関係者は,比較審査の都度一喜一憂胸をとどろかせた次第であった。殊に第2部の26日の最後の比較審査は競輪場に於いて行われ,その半以上を出品牛で埋めつくし壮観であった。それでも一応26日には大体の審査も終り午後には各部共入賞の順位が決定し,各牛舎にはそれぞれ賞票が貼付された。一方審査場では各部審査主任が優位に擬賞した各牛に付,一々丁寧な説明が行われた。次に此の説明と審査長の審査報告とを下に記述して見ると,第1部ホ種未経産牛は1都1道1府27県で60頭の出品で,3,4頭を除いては発育良好で標準以上である。然し上位十数頭より以下の牛は品位,資質泌乳器官等不満足のものが多い,これは体格の大きいものを選択するのに重点をおきすぎたためであると言える。一等賞首席第2ミドリ,レークサイド,エムプレス号(北海道新田牧場)は発育,体型,体積等乳用牛の特質が良く表われて居り特に体の伸びがよく,その体長率は123.9を示し胸深率も52.3で体積に富む点では,上位牛中本牛以上のものはない,又背線も強直で同体の品位もあり実に優良なる牡犢である,只本牛で不満足な点は顔が少し短く感じ,輪郭の鮮明さが今少し望まれる。次位のガヴアネス,オブ,アールチエメー号(北海道町村善啓)は発育,体型,体積,資質等前牛同様良好で特に乳用牛の特質については,前者に稍々優るように感ずるが,体長率,胸深率共に劣り,鼻粱,口角の部位で不満足の点がある以外は難点のない立派な牛である。
 第2部ホ種経産牛は1都1道23県の58頭の出品にて,名誉賞,マラソンベッス,バーク,ロメオ,ジエマイマ号(21.12.15北海道宇都宮勤)は乳牛としての資質申し分なく,乳徴特に良好で活気に充ち又品位に富み,皮膚極めて良好,体格雄大(体高4尺8寸以上)幅も深みも充分あり,身体の伸びも又良好である,然し尻長に於いてやや不足,尾根部が高いのが難点である。次に一等一席のフエムコ,アールチエ,メー号(14.1.20,北海道,町村敬貴)は老令のためやや活気に乏しいが,其の一般体型は乳牛として申分がなく,特に背線は真直ぐで強健,体積も相当にあり,身体全体としての均称も良くとれて居り,又泌乳器官も極めて良好であるが,唯難点としては頸の附着良好でなく,前肢に於いて梢や弱い感がある。2席の第3アリダ・オームスビー号(17.3.12,岩手県小岩井農場)は乳牛としての体形を充分に備え均称を得又良好な泌乳器官を備えて居るが体積にやや不足のきらいがある。3席のコルムコビア,マッキンレーポシュ,ジヨハナ号(21.9.5,静岡県鈴木鴻三)は体格雄大,品位もよく,泌乳器官もすぐれているが,後乳頭間の距離せまく後?の発達やや不足のきらいがある。
 第3部種牡牛は1道6県より22頭の出品であって,一般的に発育は年令に応じ良好であるが,上位数頭以外は品位資質に不満足のもの多く,又背線の弱いもの肢蹄の強健性を欠き,従って歩様の不良のものが多かった。名誉賞の第7グレート,アールチエ,キング号(24.1.11,北海道,町村敬貴)は均称,体積,品位,体形,資質共に良好で乳用種の特質も相当に表現している難点の洵に少ない牛である。只欲を言えば胴伸びが今少し望まれる処で,その体長率は121.9を示して居る,又もう少し活力ある牡相が望ましい。1等賞1席のストロング,ロメオ,タイヘイ号(23.10.17,北海道太平牧場)は品位資質ではまことに優秀で他にこれに及ぶものがないと思う。又胴伸びよくその体長率は125.4を示し前牛と相当の差がある。加えて乳用種としての特質も良く表現している雄大な活力ある種牡牛である。然しながらこの優点がある反面又不満足の処もある,即ち肩端の附着状態,胸前の幅及びそれに伴う歩様並びに後肢特に飛節以下が上体に比し弱く感ずる諸点である,又背線も真直ぐとは申せない。第4部ホ種系経産牛は1都12県より17頭の出品でその大部分は一見純粋種と全く区別し難い位に改良されて居り,中にはエーアシア種の血液を混じているため,其の形質が現われて居るのもある。又中には特に体積に乏しく幅深みの不足のもの,背線不良のもの,四肢の弱いもの等が見受けられた。1等賞のヘールシー,ローモント号(17.6.25,山形県大川三蔵)は純粋種の優秀なものに比較すると劣るが,乳牛としての資質を備え体積も相当あり,特に泌乳器官にすぐれて居る。唯遺憾な点は肩の附着良好でなく,後肢若干内曲し,飛節の下部が前踏の嫌がある。2等1席の梅花7号(20.3.10,岩手県坂下末子)は皮膚極めて良好,乳牛としての体形よく整い,特に背線真直後?の形状は良好で四肢又強健である,唯泌乳器官に於いて1等賞に劣るものがある。
 個体についての審査の概況は以上申述べた通りであるが,地方別に見ると北海道は頭数も多く,殆んど上位に入賞したことはさすが我国乳牛飼養地帯としての面目躍如たるものがあった。又東北地方も北海道についで成績良好であった,関東,中部地方は乳牛に最も古い歴史を持つ静岡県がさすが良好であるが,伝統を誇る千葉県が頗る不振であったことはどうしたことか,其他北陸地方やや良好であるが,関西,中国,四国,九州は稍々低調であったことは真に残念である。総称して北海道,東北を除く各府県のものは比較的幅深みが不足し,体積に乏しく四肢の弱いものが多いように見受けられた。
 中国殊に兵庫,岡山,広島,3県について延べると,広島はチチヤスの出品牛ジョハナ,コランサ,マラソン,ガヴァナー号が第1部2等賞第3席に入賞し内地出品牛の首位を占め大いに気を吐いた。第2部では同じくチチヤスのベッシー,ローヤル号が3等賞5席,青木氏の第2モードリン,イムペリアル,カヴァナー号が4等賞4席であった。兵庫県は第1部で4等賞1頭,第2部では土井氏出品のマリオン,プロガヴァナーフエザン,オームスビー号が3等賞9席第4部にて炬口氏出品シンコクマノーウアー,サロ号が3等賞2席であった。
 本県のものは第2部で邑久郡川野氏のレゼントスカイ,オク,カーネーション号が3等賞第11席,小田郡坂本節夫氏のオードボシュ,カナリー,ロング号が4等賞7席であって出品頭数も少なかったが,広島,兵庫両県に惜敗を喫した。
 佐々木審査委員長は今回の第1回共進会に於いては審査は個体について行ったのであるが,今後は遺伝的意義を加味した系統牛(例えば父親1頭と娘牛3頭或は母親1頭と娘牛3頭)を一群とした審査を実施して,個体のみならず系統牛として優良なるものを選択して,改良上の意義を一段と深くしたい。また従来専ら外貌審査を主眼と致したが,将来は経産牛に於いては相当能力を審査する共進会を開催し,之が機運を図ると共に更に改良を科学的に行うため,能力検定組合などを組織して長期の能力検定を行って,能力の向上を図りたい。最後に日本に於けるホルスタイン種のあり方の問題であるが,欧米諸国の現状を見ると,ホルスタイン種と言ってもその国の立地条件と民族によって農業経営の異るにつれ改良の目標は多少趣を異にして居り,従ってオランダ,ドイツ,英国,米国等独自の審査標準を作って居る。我国に於いても農業条件と環境に応じた乳牛を作出すべきである,此等の点については今後の研究と調査に期待すべきであろうとの御意見である。この共進会を省みるに,内地と北海道とは農業条件と環境に於いて根本的な違があり,専門のブリーダーと酪農家との技術の差が又少からざるものがある。又指導機関の充実の如何もこの共進会の成績に単的に表現されている,本県に於いても将来の改良方針の確立と酪農技術の普及向上は1日も忽に出来ない課題であることを痛切に感じた。
 本県酪農家にとってこの共進会の最大の収穫は第3部2等賞第2席に入賞した静岡県産キング,ドン,スプリングバンク,レークサイド号(24.6.18生)を県に於いて購売,岡山種畜場に繁養されることになったことである。本牛は体格品位,資質等に申分なく殊に乳徴が良好で,皮膚極めて良好,血統は母方の祖父母4頭共名誉高等登録牛でその他父方母方共に尚数頭の名誉高等登録牛があり母を初め殆んど全部が高等登録牛である。この優秀な血液は今後本県の乳牛改良増殖に一大偉力を発揮するものと信ずる。
 27日11時より賞状授与式が挙行され,画期的なこの大共進会の幕をとじた。会期中25日の夜より26日の朝にかけて,雨が降ったが午前中に晴れて大したこともなく,大体好天気に恵まれた。川野氏は御父子,坂本氏は御夫婦にて14日間愛牛と寝食を共にせられその御苦労は察するに余りがあった,本県を代表して出品して頂いた両氏に対して,深甚の謝意を表すると共に,以上本共進会の概況を皆様に御報告する次第である。(おくやま)