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退任の御挨拶

前岡山種蓄場長 藤井英一郎

 私は今回岡山種畜場長を退任させて頂きましたので畜産誌上を借りまして愛読者のみなさまに御挨拶をさせて頂きます。
 私は昭和5年6月郷里阿哲郡に於きまして同郡駐在として県吏員に任官致しまして尓来21年に及ぶ長い間県畜産の為に,郡駐在として或は県畜産課に又津山畜産農場に,はたまた岡山種畜場に転々として当局の業務は変りましたものの県畜産の振興と言うことでは一貫して始終当業者各位の厚き御援護と温情ある御指導御鞭達によって幸に大過なく今回退職することが出来ましたことは私として詢に感謝に堪えない処であります。
 顧り見ますのに私は大正7年学校卒業後約2年間下総の御料牧場と北海道の月寒の畜産試験場とに修養に出て居ましただけで後の21年間ずっと本県畜産の為に働かして頂きましたので私としてはよくも長く使って頂いた事だと光栄に考えて居りますが,然し悪く言うと井戸の中の蛙で世間知らずの無能者と笑われるかも知れません。考えて見れば或る意味に於いてはその通りでありまして,人間としては通俗的に見て詢に憐れな存在であり無能な一生であるかも知れません。然し人生と言うものはその当人の気持次第で如何様にも考えられます。私としては郷土の特質を生かしこれを発揮する上に或る程度の必要な存在として,その足跡を残し得たと自負出来たとすれば,これは自身に取っては詢に朗かであり嬉しい気持でございます。私の気持はそこにある事を各位に知って頂ければこれに越した幸はないと考えて居るのであります。
 彼様な気持で兎に角21年間の役人生活の幕を閉じましたが然し私の気持では以前の10年間の団体職員の生活に帰って来た様なもので一向に職を退いたと言う気持が致しませんが寧ろ今迄の上下を着用して威儀を正して居た様な形式的な枠の中から民主的で自由で,然も情味ある広い世界に這った様な気分でこれからが真の生活即ち一般業者の各位と相協力して郷土畜産の為に一生を捧げる事が出来ると言う様な朗らかさになって来て居ると言うのが現在の気持で御座います。
 幸に致しまして身体が頑健でありますので他に能もなく身についた畜産の事だけが能と言えば能でありますのと,生来の愚純の生まれつきですが俗に言う馬鹿正直と言う様に誠心誠意事にあたると言うのが取柄の私の事ですから今後私の職域たる全国和牛登録協会岡山県支部長として将又岡山県畜産連参事として全力を傾注致したいと考えて居りますので私の命の続く限り御利用下さいますと同時に,私的生活に於いても私の気持を充分御汲み取り下さいまして旧に倍し変らざる御厚諠のほどを御願い致します。
 前にも申し上げます様に一向に退職と言う事が私自身に痛切に響いて居ないので退任の挨拶よりも新任の弁の方が重点になった様ではありますが,これが私の目下の気持でありますので何卒御了承の上今後よろしく御願い致します。以上誌上を借りまして退任の御挨拶と致し度いと存じます。