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牛調教のあらまし

阿哲東部地区農業改良普及所 赤木廸朗

 農業経営上家畜を飼育することは最も重要な事で,即ち自給肥料の問題,労力の補給,動物蛋白質の給源,農業経済の根源等々農業経営は勿論のこと人間保健衛生上最重要なことは既に衆知のことと思います。
 その農業を合理的に経営するには労力の補給即ち畜力の利用を有利に然も円滑に利用すると言うことによって尽きると思う。
 機会農業の不充分な今日否我が国の様な農地勢では畜力利用問題を切りはなしては永遠に農業経営はなりたたない,即ち有畜農業こそ農家にとって営養の基礎であって然も怠ることの出来ないことであります。

畜力利用の意義

 而しながら唯遺憾に思うのは折角農家が牛を飼って居てもこの畜力を実際に然も充分に利用していない憾があると思う。即ち牛は飼って居るが之れを充分に能率的に利用して居ない。唯わずかに農耕に利用する以外は半歳も牛舎の中に押込めて人間自身が供出来や薪炭を車に乗せて汗をタラタラ流しながら運搬して居る。牛は喜こんで先引するのに牛はと言えば悠々と牛舎の中で寝そべり堆肥の重石の代用然として昼寝して居る。
 牛も大気に出て大地を悠々と活歩し新鮮な空気を充分に腹一杯吸っても見たい人と親しむ機会もあってもよい,運動もして見たい,皮膚のよごれも時々は掃除もしてもらいたい,唯悪癖の助長延いては人の命令にも服する習性を失い人を嫌い,乱暴すると言う様なこともあながち止むを得ない事となろう。
 牛の力を充分に発揮し充分に利用するには人畜一体の調教によらなければならない,調教の充分出来た牛は手綱一本で女子供でも自由に使うことが畜力の利用によって人力を他方面に即ち畜力の不必要な部面に振向け一層農業労力の経済の向上を計ることが出来る。
 運動調教もせず飼主がいないと牛舎から牽出することもないと言う有様では農家の忠儀たる牛の値うちも全然ない。然も農家経済の根幹となる値うちも次第に下り其の上衛生方面から見ても蹄はのび体力は減退し労力の補給どころか唯厄介視されるのみ,徙らに維持飼料を与えるのみ唯堆肥の重石たらんのみ無駄なこと此の上もないのである。

調教する気持

 調教の必要なことは申すまでもない事で調教は人が人に教える様に簡単にはゆかない,相手が畜生であるから仲々骨の折れることで余程の根気とたゆまざる気持ち所謂人畜一体の気持にならなければ良い結果は得られません。
 調教は1つの技術であって口を以てたやすく説明することの出来ない所謂調教する人の気持ちと手先即ち心とが一致しなければ良い結果は得らないので,
 疊の上の水練と同じく理論は充分会得した心算でもさて実際に応用することは仲々困難で口説明を聞いただけでは容易ではない,従がって短時日に其の功をいそぐと言う事も無理で唯講習会等にて理論を習いこれをただちに実地に応用することは無理で前述の如くたゆまざる気持で理論と根本的理念とを不断の運動等にも其の気持を手綱に応用研究することが一番大切である,之が度重って始めて実際に応用する自信が自然に出来るのであるから口先の理論,かなしいかな私も其の通りで空論にすぎて所謂机上の技術にして実際に応用の出来ない空技術となります,このことは如何なる技術面に於いても同じことと思います。調教は技術である以上,根本理論も必要で之れに実際の練習を加えて始めて掌中に自信を得始めて実際に応用が出来るので之れが技術の表徴となるのである。
 ところで実際の調教に如何なる心構えで当たるかと言うとそれはわかりきった事で其の真随は案外手近な処にあるので牛の習性即ち其の動物の癖を早く知り牛に恐れず飽くまで使いこなして見せると言う堅い信念のもとにやらなければならない,そして優れた人智を手綱を通じ機先を制して牛の鼻に及ぼし然も農業経営の真意と食糧増産の責任観に燃ゆる熱意を忘れてはいけない,そして常に動物愛護の精神を以て気長に牛を飼育しなければならない。

賞罰

 馴れない牛になると仲々意の如く動かず,跳ねたり駆ったりするがこんな時に癇癪を出してなぐってはいけない。畜生に対する同情と気高い気持をもって気短な気持を鎮め根気よく牛を静かになだめて教えると言う心掛けが肝要であるので思う様動かない為なぐったり打ったりすると従順に命令を良くきく牛は出来ません。それは自分の腕即ち技術の未熟さを表すことになります,人の気質に左右されることが多いので可成静かな場所で而も落付いた気持で気永に教える事が大切であります。又飼育の環境により牛の能力,気質並びに体力に影響することが案外多いこともあります,それは放牧中に於て調教がたやすく出来るのは放牧に原因するので人の気質が牛にそのまま移行して其の人其の人の気質のまま牛の動作に表われる事が多いのです。
 だから前述の如く意のまま動かないと言って癇癪を出すことは調教者の未熟さを表現することになるので常に愛撫の気持即ち意のまま動作をした時は牛のよろこぶ場所例えば頸,頭,等をかかえたりなでたりして賞めてやることが一番大切であります。それに対し罰を厳にすることも必要であろう,横着な牛になると調教の時は思う様に動いてもさて農耕に使役する時仕事をきらって田畑に寝込んだり駆ったりして命令を聞かない牛が往々にしてありますが,このような時は最後の手段に出るのも止むを得ない事だと思う。
 時によると馭者の操縦の誤りで自分の欲する行動に出ない場合もありますがこんな場合徒らに牛をいじめるとかえって牛に悪い癖をつけることも度々ありますので充分注意してやることが調教上一番の心得であります。

使役の基礎訓練

 基礎訓練として先ず最初に其の牛の性質をよく知る事が大切であります。牛自体も各々其の性質が異なって居るので其の性質を見抜き良き性質は助長し悪い性質を矯正することは人間と同じで最も必要であります。
 悪い癖も若い内は矯正することも出来るので,例えば歩きの早い時は逆に適当に歩く様に掌中にて矯正するとか,又逆に遅すぎる時は之れに反する様逆な方法をとるとか,又横着な奴になると仕事が圧になるとか過重の牽引が掛ると寝る牛も多くありますが之れを気永に逆に起きたくても起きられない様に何時迄もおさえつけると言う様なことも一方法だとも考えられます。走りだす癖,後退する癖も夫々の癖に応じて矯正することは自分の能力即ち掌中の手かげんによって訓練することが必要であります。
 又不断運動を充分にし音響や,自転車,自動車,又は汽車等にも驚かない様充分に訓練することも忘れてはなりません。
又特に注意を要することは食前即ち空腹時にはやらない方がよい,充分食を与えてからしばらく休ませて調教に取り掛らなければなりません。

使役又は訓練する年令

 さて使役訓練する月令はと言えば所によって夫々異なるが,生後10ヶ月から12月位,体高にして3尺3,4寸にもなれば農耕に使役する人もありますかがあまり早く発育最中のものを酷使することは発育に影響する場合が多くありますので此の点特に注意を要します。又余談になりますが鼻環(はなぐり)をあまり早くさしたり牡犢の去勢等も充分注意を要します。これ又発育に影響することが多い。
 で鼻環をさす月令は生後15,6ヶ月体高にして3尺5,6寸位,去勢するのは生後12,13ヶ月体高3尺4,5寸位が最もよい月令であり大高だと思います。  
 基礎訓練も鼻環をさす月令,体高位から始め又農耕に利用するのもその位からぼつぼつ利用しかけるのが一番よいのであります。

かけ声(使役用語)

 使役用語即ちかけ声は所によって「アクセント」の関係や習慣等によって色々変って居る様ですが,凡その語を記して見ますと

前へ進むこと シツ 「シ」に力を入れて短かく発音する。
右回り キヨイ 短かく発音と同時に追綱を引く
左回り アセ 「ア」にやや力を入れて発音する。
漸し止ること バーバ おだやかに発音する。
停止 バア 力を入れ短かく発音する。
肢を上げさすこと アシ 「ア」に力を入れ発音する。
後へ退ること アト
注意せよ ハーイ,ハイ 「ハーイ」はやや長く「ハイ」を短かく発音する。

以上は阿哲郡方面に多く使われる用語であります。