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第1回全日本ホルスタイン種牛共進会『こぼれだね』

杜稜 胖

 ◎昨秋計画され乍ら流感の為延期されていた全日本ホルスタイン種牛共進会も,年度押し迫った3月24日より27日迄神奈川県平塚市に於て開催された。本県からも坂本,川野両氏の愛牛を出品したので関係者として県と酪農協会より数名出席するし,県下各地の酪農関係者が多数参観されたが会期中に拾い集めた「こぼれ種」その1つ2つ……

 ◎世紀の祭典として畜産史上の1頁を飾る天皇陛下の行幸を出品者各位と共に感激を以ってお迎えすることの出来たことは畜産人の無上の光栄であった。御随行の中には吉田首相を始め広川農相,岡崎官房長官等多数の名士の顔も見られ,おそらく真の乳牛の姿を初めて見られたであろうこれ等の方々に認識を新たにして頂いたことは酪農将来の為に洵に慶賀に耐えない。出品者の中には等級は度外視しても,自分達の丹精込めて育成した乳牛を天覧に供しただけでもう胸1杯であり,今回の出品の意義があったと語っているのを聞くと共進会関係の各位の御骨折りに対して厚く感謝したい。

 ◎熱海の酪農主任官会議の席上で共進会場の牛舎その他の設備のことについて質問があった時,当局者は牛舎その他万般設備については御満足の行く様に準備するから御心配御無用との事であったので我々も安心して居ったが,会場に着いてみると設備は洵にお粗末で各県共牛舎の前後に掛出しや前張りをして補足し,その設備費も各県で負担したのであった。この様な設備では将来の出品については相当考慮しなければならないし,当局者も各県の不平を聞かれたことと思う。次回の設計に当っては相当この点には重きを置いて考慮されると共に地元に1任して放置することの無い様に願いたい。

 ◎地元平塚市の受入れ態勢は甚だ不充分であった。駅へ下車した我々は会場への順路も判らなかったし,宿舎なんか何処にあるのか見当も付かなかった。事務局の話では駅から会場迄飾りつけをして誰が来られてもすぐ判るようにしておくとの事であったが協賛の紙の貼られたのは行幸の直前らしく洵にお粗末なもので中国地方の畜産共進会引受地元の飾りつけを見馴れている我々には聊か寂しい感じがした。各県宿舎に到っては急造のものが多く岡山県事務所に割当られた某旅館の如きは壁も塗ってない有様で出品委員は風邪をひくやら咽喉を痛めるやらいやはや大変なことで仕方なく分散してしまった。お蔭で他の観光地の旅館は満員らしかったが,近くに旅館があったからいい様なもののあれだけの人を集めるには今少し旅館も研究してほしかった。

 ◎人出の多かったことも亦共進会の一異彩であったと思う。各県より団体で繰り込む参観者は連日3万人以上で全会期を通じて恐らく15万人以上の人が入場したことと思われる。平塚駅員の会話を聞いたら共進会なんてたかをくくっていた処連日の人出で駅員は転手児舞い,それも遠距離客ばかりで切符の発買に大閉口をした由である,山形県なんかが300人からの団体で繰り込んだとか。第3日の朝なんかは近県から貸切りの大型バスが乗り込んで来たが会場前の広場に約60台ズラリと並んだ景色は一寸見物であった。

 ◎出品牛の手入れ,化粧は実に見事であった。先進県と新興地との区別もこんな処に迄はっきりと出ている。北海道あたりの化粧刈りと来ては全く行き過ぎと思われる感がした。成る程牛を美しく見せる為には或る程度必要かも知れないが殊更に行い,これによって欠点をカバーするとすれば出品技術としては肯定出来るが何か割り切れないものを感じるのは私だけか,ともあれこの技術は大いに学ぶ必要があり,これだけの心得はあっていいと思われる。

 ◎今回の共進会の持つ意義は洵に深いものがあり,効果については何も言うことは無いがこの種共進会が今後も継続して行われるとすれば全国区域のこの種共進会の今後の審査については何か割り切れないものを感じたのは私1人では無いと思う。今回の審査は出品された牛個体につき厳正な審査が行われ,その間政治的な色彩も無く何等束縛されることもなく行われたなで,発表されたものは御承知の如くその優位に来たものは殆んど北海道の乳牛のプロばかりであって所謂内地の酪農家の育成したものは下位に甘んじなければならなかった。牛個体につき現状審査をされたのであるから理論的には何等意義の申立を行う余地も無いし出品者も一応納得しての出品であるから問題は無いとしても,結果から見て,又実情から判断してこれでよいかと言う点で割り切れないものを感じるのである。
 農業の立地条件が異る北海道と内地,更に技術上に大きな差のある所謂ブリーダーと普通の農家の牛を唯体型だけを同一標準に当てはめて劃一的に審査し優劣を決めることに無理はないかと言うことである。
 今回の成績が直接生産牛の売れ行きに影響するブリーダーの牛と内地の農業経営にマッチした牛を造ることに懸命になっている普通農家の牛とを同一に見るとすれば内地の酪農奨励の全体的立場から我々の酪農奨励に再検討を加えなければならないかも知れない。農林省なり旧畜産試験場等で奨励した内地向酪農牛の型は今後どうなるものか,勿論我々としても理想タイプに近づいて行く為めに努力もし,お互いの優劣の距離を縮める為めに改良もして来たが今回の成績を見ては実情に照してたしかに割り切れないものを感じるのである。然しこの問題は将来の共進会に於ては何等か考慮して貰えるものとしてお互いに研究したいものである。

 ◎審査については新様式を採り入れ授与式前に結果を発表されたことは一般参観者にも好感を与えたようであるし,将来の共進会の在り方についても教えられる処が多かった。特に競輪場の中に並んだ時の壮観はさすがに全国の共進会であると感心した。

 ◎場内放送は特に良かった,連日の放送にも疲れを見せず,洵に懇切丁寧,然も名調子で放送されたのには敬服した。マイクを前にしてあれだけ喋られれば大したものである,何処の共進会でも放送はするが嫌味の無い明るい放送ってものは少いものであるが今回の放送は特に良かったようである。誌して感謝の意を表す。

 ◎審査顧問釘本先生のお姿を拝見してうれしく感じた者の1人である。長い闘病生活の後,最近迄人に助けられて御不自由な体を運んで居られたが今回の先生は全く別人の如くお元気であった,吾が子の晴姿を厭かず眺める親の如く,輝く瞳に,紅潮したお顔で人手も借らずお元気な足取りで1頭1頭見て廻って居られた。乳牛と共に歩み,乳牛を育てて来られ先生には,今回の共進会は実に感慨深いものがあったと感じられた。そのお便りにも「私もイザ行って見ると老人の冷水とは知りつつもスッカリ張り切ってしまい自分でも可笑しいようでしたが好きな途とて案外疲労も感じませず元気にかえりました」とあり会場でのお姿が眼に浮ぶようである。
 「良い牛は良い農業からで又良い農業でなければ良い牛は不要である」とは先生のお言葉である。充分翫味したい。

 ◎授与式亦盛大であった。競輪場の投票場を利用して式場を造り紅白の幔幕を張り廻らし,10数個のカップを陳列してなかなか賑やかなものであった。佐々木委員長の審査報告は懇切で要を尽して感じが良かったが上段で述べた内地牛と北海道牛の問題については何か物足らない感じであった。受賞者は出る者出る者北海道であり,宇都宮氏であり町村氏であって,2等以下は総代で出たがこれ又北海道であり,宇都宮,町村氏であったことは順序上己むを得なかったとは言え一考を要する点ではなかったか。賞状を受けに出ることに栄誉を感じるものであれば内地の連中に花を持たせてやったらと感じたのは私1人ではあるまい。式場に列席して昨秋の中国7府県連合畜産共進会で我々が受けた通りの栄誉を受ける北海道の人々の喜びを眺めて何か感深いものがあった。最後に出品者総代で答辞を述べられた三沢氏の言は耳を傾けさせるものがあった。語っては所信を披瀝し結んでは大乗に付く信念は酪農人の高いレベルを示したものと心良く受け入れられた。

 ◎山陽酪農の田辺君が開会式から16oの撮影機を持って走り廻っていたが聞けば4百フィート位写したとかである。初日の行幸の時には多数のニュース班が来ていたが人を写すのみで牛を写した者は少なかった。それを田辺君は彼方此方と走り廻って牛を主体に写していた。岡山のみが最初から最後迄16oで写した由で,いいお土産が出来たと思うし,将来の酪農家の良い参考になったと思う。

 ◎乳牛共進会場へ和牛相談所を設けたのは岡山県だけであった。賛否両論を耳にした。羨ましがるのは中国の和牛の生産地であり,こんな処へと嫌味を言うのは反って県内人にあったのは意外であった。何はともあれ宣伝では各県共一目置いたといた形であった,将来の和牛の発展を考えればこんな思いつきも許して貰える時が来ることと思う。岡山県事務所として相当利用されたことは御承知の通りだ,功罪相半ばとすれば岡山の名を出しただけが得か。

 ◎今回は牛も人も完全に北海道にノックアウトされた。宇都宮氏のあの熱意は畜産人として教えられる処が多かった,流石に牛と共に歩んで来た人であり,あれでこそ今日の牛が出来たと感心した。それはそれとして北海道の宇都宮氏にしても町村氏にしても,三沢氏にしても何んと体格の良いことか,内地の人々が小さく出来ているのに堂々たる体格で牛を扱って居られるのを見て乳牛人なるかなと意を強くした。日本人の体格を作り,寿命を延し,国家の再建を行う者は酪農人であることを再認識した。酪農家よ以って冥すべし。

 ◎第3部の育成種牡牛の部を見てその育成技術の点で稍不満を感じたものである。なるほど吾々も種牡牛の育成をやって見てそのむずかしいことは充分知っているが,和牛地帯のあの育成技術を持って来て乳牛の牡を育成させたらさぞかし立派なものが出来るだろうと思った。育成技術の点では何んだか和牛家の方が優秀なようである。この点将来共研究を要する処ではなかろうか。 

 ◎出品中の種牡牛を静岡県より購買したが静岡県が如何に販売に力を入れているかがよく判り教えられる処が多かった。三橋課長を先頭に和田場長,毛利場長から県の関係者が一丸になって世話をして居られ,課長は最後の代金の受渡に迄立会して面倒を見て居られた。受ける方の感じは全く良いもので和牛の生産県で販路を拡張しつつある岡山県でも将来これを見習い,研究しなければならないと思う。

 ◎出品について各県共数人の者が付添って世話をしていたが本県からの出品の坂本,川野両氏共家族同伴で万般の世話が出来ていた。和牛地帯でも良い牛は女の人が造ると言われているが乳牛でも全くその通りであって坂本氏の如き御夫人が何時も蔭に居て世話をして居られてあれだけの牛が出来たのである。「乳牛を飼うなら先ず奥さんの同意を得よ」とは私の何時も言うことであるが今回の共進会で他見のものも見て特にこの感を深くした,酪農家の奥さん方に特にお願いしてこのこぼれ種を終る。