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遍歴

宰府 俤

サイロ設置者に警告す

 営営として,かち得た労働報酬の一部を,過重なりとし,不平一杯の気持で税徴収所に,重たげに運んだその金が,地獄のエンマ王に,みつがれ,いとしき吾が子の香奠とならうとは神ならぬ人の身故に,知る由もない。
 世の無情をのろい,生命の疑惑にうちのめされ,死して帰らざる吾が子の哀惜にその金の魔力をのろえばのろえ。
 されど,ガムシャラに己の手中に取り入れることのみに執念し,金,金,金とこの世を謳歌する資本主義社会の寵児貨幣にまどわされた貧慾な人間に宿命ずけられた悲劇の一端でもある。
 与えられ,補助されると言う一言に貧慾性を発揮し作り上げたサイロに,愛児の水死体を発見し,狂気してとりすがり再び生命の復活をせまる一瞬の悲劇,世人相みて如何に考えるであろうか。
 強盗人殺の流行する現世においては,このことは社会の一隅にくりひろげられた些細な出来事であり,かかる表現は余りにも誇大視したものであると一笑に附すかもしれないが平穏な世であれ,険オンな世であれ,事,人の生命にかかる問題であってみれば人道的に決して抹殺すべきではない。
 まして,家畜の飼料倉庫でもあるこのサイロが,飼料倉庫ならぬ墳墓たるとは笑えぬ悲壮な物語である。片隅におかれた人生の一駒をとらえあえて,サイロの設置者に一辞を呈す次第である。