ホーム岡山畜産便り > 復刻版 岡山畜産便り昭和26年11・12月号 > 岡山県は果して農業県か

岡山県は果して農業県か
─耕地と家畜の結びは如何─

久米郡福渡町 吉岡隆二

 去る10月1日岡山県農業試験場で「場友会」が開催された。私が「畜産農業と耕種農業の改善に就いて」という研究問題を提出したが当日は時間の関係で充分討議することが出来なかったので,更めて本誌に投稿して会員の方々に読んで頂き耕地と家畜との釣合のとれた農業に従事して貰いたいと思うのである。

本文

 従来先輩諸君から本県は農業県だ畜産県だと教えられていたので私も左様に承知して居ったが,実はその訳は解ったような解らないようなあやふやな気がして居った。ただ他府県に比して米麦・果物・蘭・家畜其の他特産物等々が多量に移出されるからだなー位で確固たる自信もなくぼんやりとした概念であったころが今年夏ふと思い出したのが例の西洋の金言「家畜なければ農業なし」というのであった。丁度その時前号で述べた久米郡三保村の講演の開催される直前であったが久米郡の耕地と家畜の結び付き如何と思って試みに計算して見たい気持が浮び出た。それで作ったのが「久米郡耕地の地力増進と耕地・家畜・廏肥関係表」で,その記事の見出しは「米麦作に年間廏肥反当600貫施用」であったから前号と併読して下さるとよくお判りになると思うのである。それからこれが動機となって夏の牛飼いの間に作ったのが次の第1表でこれを「場友会」で発表したのである。

農業県の面目何れにありや

 第1表の耕地と家畜の結びつきで県下の平均が僅か29%の結びつきであることが判り,いわばこの表は農業白書の一部で従来本県が農業県だ畜産県だと言われて居ったのはすべて抽象的で統計的でなかったことが判然したのである。これにより即断かも知れないが農業県の面目何れにありやと言いたくなるのであるがこんな台詞は別として真剣に産物の増産を計るとするならば,農業関係者は従来の考え方を替える必要があるのではないでしょうか。古くからその資質にばかり凝り固っていたとは言わざるも皆無とはいわない。今後は耕地と家畜の結びをよく考えて自給飼料を増産して先ず頭数を増加さすことが先決問題である。
 本誌の第2巻4号「年別家畜飼育頭数一覧表」を見ると,昭和11年以来15年間家畜単位で11,12万頭の線を上下しているのが本県の畜産の実情で,寔に遺憾の次第である,目下県民一致鋭意増殖に励んでいるので,今後は大いに期待すべきものがあると思う。
 経験あるK技師によると現在情勢下で約19万頭が天井線だろうという説があるが私は山野等を活用すれば45万頭を天井線と心得ている。

岡山県の酪農化

 現在飼育中の家畜のことは別として第1表の不足家畜頭数31万頭を今仮に乳牛を飼育するとすれば次の第2表によると集乳石数50石の工場が県下で145で40石のものが4つ,30石が7つ,20石のものが7工場合せて163工場出来る計算となる。実に驚異に値すべき数字である。将来県下に実際何工場出来るかは興味ある謎である。
 昭和17年に当時県産連会長守屋松之助氏が,日本原野を中心として一大酪農地帯を造る構想の下に畜牛預託規程を作られた時,将来酪農工場は1郡に1ヶ所若しくは2ヶ所は必要であると言われた。其の後ネッスル西大寺工場長アルブレヒト氏がスイスには1郡に1,2工場は必ずあると言われたことを記憶しているがこの間相通ずる一脈の線が躍動しているようである。この外に和牛の搾乳を積極的に行うべきで戦時中岡山市の業者1頭1日平均搾乳量が約3升位であった時がある。現在和牛で乳のよく出るものは日量3升ものが沢山いる。するとこれ等は乳牛と和牛の区別がつきかねているのである。何にも遠慮は入りません成分の多い山野草で増産飼養して和牛乳を盛んに利用して頂きたい。折角よい牛を飼い乍ら利用していないのは実に遺憾の次第であるが,これが盛んになると本県の酪農化は乳牛によるよりも和牛に依る方が早いのではないかと私は和牛による酪農化に多大の期待を持っている。県下約9万2,000戸の役肉用牛の飼育農家の方々は大いに和牛乳の利用をしてほしいものである。これが試験研究は国の最高機関で完了している。早急に封建的旧悪習を打破すべきことを力説する。

県下の耕地と家畜との結びが完結したら増産はどうなるか

 従来の農法による米作の米代と31万頭乳牛を飼った後の米代による収入を比較すると次の如くである。

1.従来の農法による米の収入金

田面積82,156(町)×20(石)×5,537.50円=9,089,777,000円(米代金)

2.乳牛を飼った後の米の収入金

 a.(牛乳1石代)4,500円×7.5(石)×(乳牛)314.690(頭)=牛乳代10,620,787,500円
 b.廏肥増施による米の増収を仮に反当1石とすれば
  米1石代金5,537.50円×(田)82,156(町)×10(石)=4,549,388.500円(米代金)
 c.a+b=牛乳代10,620,787,500円+4,549,388,500円=15,170,176,000円の増収となる。

日本の食糧の増産

 耕地1町歩に大家畜3頭振当て増産するとすれば日本の人口は8,400人である1人1ヶ年間の食糧を1石1斗とすれば9,240万石が入用なのである。又全国の田積は約300万町歩で,1町歩当り10石増収が出来れば3,000万石増産となるから昨年度の米の出来高は6,200万石で合計9,200万石穫れる。この外に麦雑穀畜産物魚類等を合すると日本の食糧は自給することが出来る計算となるのである。

県下で乳牛がこの上約31万頭飼えるか

 前記の通り成程よい計算は出るがそんなに沢山の牛は飼えないという声が起ってくる。それは御最もなことである。次の第3表を見ると戦前の最高頭羽数が家畜単位で約14万頭で昭和25年の農業センサスでは約12万頭で県の29年度までの増殖最高見込頭数は約19万頭だということである。
 私は今後本県の耕地と家畜の結びを完結して農業増産を計るためには山林の半分を家畜のために利用しなければ約31万頭の家畜も飼えないし満度の食糧増産も出来ないのである。

(第1表)岡山県の耕地と家畜との結び(昭和26,9,20作製)

郡市 耕 地面 積 家畜頭数
(1町 3頭)
現在家
畜頭数
不足家
畜頭数
必要廏肥生産量 現在廏肥生産量 廏肥生産
不足量
(1頭当2,000貫生産) (1頭当年2,000貫)
千貫 千貫 千貫
岡山 1,852 5,556 1,040 4,516 19 11,112 2,080 9,032
倉敷 1,481 4,443 1,100 3,343 25 8,886 2,200 6,686
津山 1,725 5,175 1,858 3,317 36 10,350 3,716 6,634
玉野 179 537 93 444 17 1,074 186 888
児島 551 1,653 253 1,400 15 3,306 506 2,800
御津 6,923 20,769 6,047 14,722 29 41,538 12,094 29,444
赤磐 6,112 18,336 6,868 11,468 37 36,672 13,736 22,936
和気 3,100 9,300 4,319 4,981 46 18,600 8,638 9,962
邑久 5,741 17,223 5,750 11,473 33 34,446 11,500 22,946
上道 5,641 16,923 4,032 12,891 24 33,846 8,064 25,782
児島 6,786 20,358 4,523 15,835 22 40,716 9,046 31,670
都窪 5,800 17,400 4,924 12,476 28 34,800 9,848 24,952
浅口 6,829 20,487 4,359 16,128 21 40,974 8,718 32,256
小田 7,532 22,596 7,108 15,488 32 45,192 14,216 30,976
後月 4,099 12,297 3,544 8,753 27 24,594 7,088 17,506
吉備 8,001 24,003 7,696 16,307 32 48,006 15,392 32,614
上房 6,736 20,208 5,401 14,807 27 40,416 10,802 29,614
川上 9,394 28,182 6,534 21,648 23 56,364 13,068 43,296
阿哲 18,048 54,144 10,406 43,738 19 108,288 20,812 87,476
真庭 11,108 33,324 10,514 22,810 32 66,648 21,028 45,620
苫田 7,987 23,961 9,038 14,923 38 47,922 18,076 29,846
勝田 8,098 24,294 8,569 15,725 35 48,588 17,138 31,450
英田 5,233 15,699 5,563 10,136 36 31,398 11,126 20,272
久米 7,998 23,994 6,633 17,361 28 47,988 13,266 34,722
146,954 440,862 126,172 314,690 29 881,724 252,344 629,380

備考 1.耕地面積(田・畑・樹園地)及び家畜頭数は1950年の農業センサスに依る。
   2.家畜必要頭数は耕地1町歩に3頭廏肥反当年間600貫施用の計画
   3.家畜1頭年間廏肥生産2,000貫×3(頭)=6,000貫÷10(反)=600貫
   4.家畜頭数は家畜単位による。1単位和牛・乳牛・馬各1,豚5,山羊緬羊10,兎50,鶏100
   5.耕地の腐植の蓄積全国平均2.2,これを10年後に3.2に達せしむる計画。
   6.%は(家畜現在頭数/家畜必要頭数)×(現在厩肥生産量/必要厩肥生産量)
   7.以上の詳細は本誌10月号米麦作年間反当廏肥600貫施用参照のこと。

〔第1表の説明〕
 表の集計数字が9桁に及ぶものがあるのでその繁雑をさけるために前の2桁に桁だけについて説明すると県下5市19郡の
耕地面積14万(町歩)×3頭=44万頭
必要家畜数44万頭−12万頭(現在の家畜頭数)=31万頭(不足家畜頭数)
必要廏肥8億8千万貫−2億54万貫(現在生産量)=6億24万貫(生産不足量)
耕地と家畜及び廏肥との結びつきは県下平均各々29%で余りにも少いのに驚いたのである。

第2表岡山県の家畜不足頭数の酪農化

郡市別 不足家畜頭数 酪農工場数
集乳石数別
50 40 30 20
岡山 4,516 2 2
倉敷 3,343 1 1 2
津山 3,317 1 1 2
玉野 444 0 0
児島 1,400 1 1
御津 14,722 7 1 8
赤磐 11,468 5 1 6
和気 4,981 2 1 3
邑久 11,473 5 1 6
上道 12,891 6 1 7
児島 15,835 7 1 8
都窪 12,476 6 6
浅口 16,128 7 8
小田 15,488 7 1 8
後月 8,753 4 1 5
吉備 16,307 8 8
上房 14,807 7 1 8
川上 21,648 10 1 11
阿哲 43,738 21 1 22
真庭 22,810 11 1 12
苫田 14,923 7 1 8
勝田 15,725 7 1 8
英田 10,136 5 5
久米 17,361 8 1 9
314,690 145 4 7 7 163
備考   集乳石数    頭数
   20        800
   30       1,200
   40       1,600
   50       2,000

第3表岡山県の家畜増殖実績と従来の農法に依る増殖目標と限度頭数

畜   種 戦前最高
頭羽数
昭和25年度
県農業センサス
昭和29年度
県目標
K氏の考え
る限度数
乳牛 10,000 2,942 4,000 15,000
和牛 114,358 110,384 125,000 150,000
6,418 4,733 6,000 5,000
緬羊 782 984 2,500 10,000
山羊 4,498 9,351 12,000 35,000
8,908 4,477 8,000 30,000
221,628 41,558 88,000 100,000
1,178,000 534,798 1,000,000 1,500,000
計(家畜単位) 149,298 126,172 149,810 1,975,000

備考 戦前最高頭羽数は昭和23年1月29日山陽朝報に依る。

本県必要家畜頭数

 本県の土地を最高度に利用するためには約45万頭の家畜が必要である(本誌の2月号)昭和26年の岡山県の畜産に対する私の希望蘭で200年計画で45万頭にしたいと希望を述べて置いたが,これは飼料面からの計算であったが今回は耕地の肥培面から割出した必要家畜頭数は44万862頭で両方面から算出した数字がこのように偶然ではあるが相一致したことは実に不思議である。これが内容の畜種別必要頭数については目下研究中で何れ機を得て発表したいと思っている。

山林を半分家畜のために利用することを提唱する

 約45万頭の牛を飼うためには山の半分を不耕の耕地として飼料林を造成することで,斯く提唱するとすぐ山林関係筋からお叱りを蒙るかも知れないが山から食糧を穫ることに於ては異論はない筈で,山から何にも林木だけ採らねばならぬ必要はないので,産業に必要なものを取ればよいのである。
 只だ?によく弁えて置かなければならないのは治山・治水の問題である。之を利用者が忘れると他人に迷惑をかけて大変なことになる。山を利用する人は森学を大いに学んで置く必要がある。これが対策は地面を草木でカバーして大降りの時に土砂を河川に流さないようにすれば,後は産業のために利用すればよいので,利用方法として私は林業試験場で長年月を要して研究完成された肥培樹に依る,草生庇蔭林を造成することで,これは遠くから眺めると,森林であるが近寄って見れば草刈場であるという形態になすべきで,かようにすると反対は起らない筈である。
 雑誌「山林」750号に於て三浦林学博士は国土を完成合理的利用に関し「若しも国土の水陸両面をスイスの如く上は氷河の直下高山御花畑から下は水面まで余す処なく活用し,1坪の崩壊地も1筋の砂利河原も無からしめ水と陽光とを完全に利用し人為的災害とも言うべき洪水と干魃の害を絶無ならしめるに於ては,狭き新日本国に於て尚日本民族8千万は愚か1億人と雖も戦前より遥かに,科学文化的生活を行い得る計算が成立つものと考えて居る」と言って居られるが,そのスイスは国の山の半分を家畜のために利用して畜産国を建設している。

土地の利用はスイスに学べよ

 西山太平著「酪農経営」によるとスイスは下記の通り,明に山の約半分を永年牧草地として使っている。その利用状況は次の如くである。

第四表

種別
耕地 12
永年牧草地 40
森林 22
岩雪不毛地 22
未利用地 4
100

森林法に就いて

 戦争中から戦後にかけて森林は乱伐されているので,台風の度毎に莫大な損害を蒙っているので,これを取締まると共に縁化を急ぐために制定されたもので,逸脱的行動を戒め,治山・治水の目的に合致するようにして行けば漸次道は開けてくるものと思う。

植生の改良

 従来畜産家は草生改良のみ考えていたようだが,今後は成長速度の早い林木を取入れて山野の高度利用を計るべきである。

飼料資源の計算(省略)

用材の対策

 山林を半分家畜のために利用すると随って用材に不足するようになると心配が起ってくるが,内外の森林の蓄積量は次の如くでスイスは山の半分を永年牧草地としているが日本の倍の蓄積を持っている。

国名 蓄積量
デンマーク 600石
スイス 600
独乙 600
日本 300
岡山県 139

 林学者の意見では日本もデンマーク等のように600石にすることは出来るといって居る。特に本県は地味が悪いから肥料木と林木との混淆林を造って択伐作業を実施すべきで,用材の利用面に於ても必至面のみに使用し,水力電気の豊富となるにつれてセメント工業を盛んにしこれに代えて行くべきである。
 今後お互いは山を愛し草木を育てて米麦同様に心得て撫育に万全を期すべきである。

日本は世界の多肥国である

 前掲の表の通り本県は基より全国的にも,家畜が耕地を肥培するだけ飼養されていないので,従って人造肥料を多く施さねばならぬ結果となり,廏肥を増産すれば人造肥料も少くてもよく出来るのであるから,何んとかして草を作って家畜を飼わねば往来経済更生が叫ばれた時代を再現するのではないかと心配しているのである。

第5表 農地1ha当り人造肥料施用量(haは約1町25歩)

国名 窒素 燐酸 加里
日本 100 100 100
米国 6 17 24
英本国 6 21 22
デンマーク 24 60 59

牛乳を飲むと骨格と歯がよくなる

 牛乳の功徳について今更喋々を要せないが先達岡山県農業試験場の鑄方場長のお話に牛乳を沢山呑んで居れば骨格と歯がよくなる,砂糖を喰べると歯が悪くなるということは間違いで牛乳の中にはヴィタミンB2即ちフラビンが多いからであるといわれたので,家に帰って調べると私共夫婦と長男夫婦は何れも歯が悪いが,3人の子供は1本の虫歯も持っていないのに驚いた次第で,場長の言われたことが本当であることが判った。お互に牛乳を愛飲して体位の向上を計りたいものである。

県工の綜合開発に就いて

 本田林学博士は山林第769号で「再建と国土計画」を提唱された如く山の谷々にダムを造って,年間の流量を一定して流し発電と諸用水に利用して農工両面に寄与すべきである。幸にも本県に於て旭川ダムを建設中であるが,今後適地を得て米国のTVA(D・Eリリエンソール著和田小六訳)等のようにやって貰い特に御願して置きたいことは工業に偏重せず農業面にも大いに利益を受けるように施行してほしいものである。

結び

 スイスもニュジーランドも共によい草を作るようになったのも家畜を沢山飼うようになったのも共に2百年の日時を要している。特に本県のように県下の山の半分が花崗岩で赤松が6・7割を占めて居るところでは植生の改良には一層困難が伴うのであるから長年月かかっても山野でより草木を作って1町歩の耕地に対し家畜を3頭飼って耕地と家畜釣合の取れた農業県となり豊かに恵まれた生活をして充分個性を伸ばし文化岡山県を建設しようではありませんか。

ベルギーの諺

 牧草なくば家畜なく
  家畜なくば肥料なく
   肥料なくば作物なし

 この脱稿を聞いて当町農友守安槇昌氏が歌を贈られたのでここに記して謝意を表したい。

歌3首(玉仙)

 荒れはての山も緑化に
  葛アカシヤ酪農資源
   有るを忘るな
 イタチハギ合歓も
  家畜の好飼料
   荒れた山野によくも育ちぬ
 物言わぬ家畜でさえも
  好の物少やりなば
   袖を加えて