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ネムノキの煤病は容易に予防駆除が出来る

久米郡福渡町 吉岡隆二

 私は本誌第10号昭和25年9月号「牧野並びに自給飼料に就て」の座談会記事が,頁5の3段目の16行目から約40行の間に亘るネムノキの病害問答を読んだが満足な答が出ていないが,常にこれは私が勉強して居る範囲のことで解決がつくらしく,日室技師さんにお出会した時に,本誌でこのことをお答えするように御約束して置きながら,多忙に取紛れて今日まで横着をして居ったのであるが,昨今漸く実行期に入ったネムノキの飼料林も,庇蔭樹としてネムノキの病害の予防駆除が不明とあっては,折角の奨励計画されたことも若し中途で放棄せられるようなことがおきたとしたら,飼料増産上誠に遺憾なことであると思ったのと,もう一つには年の瀬も漸く近づき,古い借を返済したいと思って筆を執った次第である。
 それで順序として問答の概略を一応述べてからお答えすることにしよう。

病害問答

 日室技師から「ネムノキを庇蔭樹として用いますと下草に「スス」様のものが附着し,又下草がなくなるという地方がありますが,どういうわけでしょうか」という紹介があり,これを皮切りに御津郡円城村の農民氏から「大きなネムノキの下に,コナラ,ササ等が生えておりますが,これ等の葉の表面に「スス」様のものが出来,芽も出なくなります」と実況の説明があり,続いて又農民側から被害状況等について補足的に説明された。御列席の三井,倉田,川瀬の3先生中,三井倉田両先生から交々応答されたが,結局3先生とも御存じがなかったようで,惣津課長さんから倉田先生に御調査を御願することになって一応けりがついて居る。

諸説

 この答は,学者流では一応標本を検べてからでないと答えられないのでしょうが,私は根が素人のことですから無遠慮に,且つ素直に述べて見度いと思う。
 私の住む附近の山野ではネムノキや其の下草に黒色の煤が殆んどついてないものはないという程よくついて居る。これ等は前記問答のものと,従来学者によって研究されて居る3つのものが果して同一であるか否やは不明であるが,私の経験によって同一のものと見作しても多過はないものと思う。
 本病について鑄方末彦著実験果樹病害編に,煤病は介殻虫類?虫等の分泌物に寄生する種々の菌類によりて発病すると書いてある。
 この論文の構造は諸説病徴病原菌と,その伝染誘因予防駆除の5項目に分け詳説してある。これと鑄方博士の名著「柿の病害研究」の煤病編と,これに故松本鹿蔵著「果樹害虫講和」等の文献を基として,それに私の調べたことや経験したことをつきまぜて書くこととする。
 元来この病害は,飼草増産面では研究されていないが,果樹園芸面で研究されて居るので,鑄方氏の実験果樹病編の記事を下に記すこととする。
 本病は柑橘や柿の病害中では最も普通なもので,空地利用のための庭園の一隅等に植えつけたまま放任してある木に特によく発生している。

病害発生の時期

 梅雨上りの頃より発生し8−9月最も激しく10月には大体休息する適温C,25−30度で,最高はC,35度である。

病徴

 本病に侵されたものは果実葉面枝梢は黒色を帯びて煤を塗抹した様な外観を呈し,甚しいものは葉面,果実枝梢等が黒色の被膜を以て覆われ,之れを剥けば恰も黒い紙片の様に取れてくる。この黒色の被膜は日光の透射をさけて同化作用を妨げ樹勢を衰弱せしめ,果樹に於ては結果を少くし,特に柑橘に於ては被害果は形が小さく甘味も少くなる。柑橘も柿も共に外観が非常にみにくい,それがため販売品とはならないとある。ネムノキの下草に発生し,激しくなると真黒になって新芽も出ないように勢力が衰える,これは前記の如く同化作用を妨げるからで草の成分も少く,味も悪くなるか家畜が好食しないようになる。

病原菌の伝染

 煤病の病原菌は他の病原菌とはその性質を異にし,草木の組織の内へ侵入することなく,単に表面に附着して居るばかりである。元来煤病は介殻虫や?虫の分泌物の上に附着して居るので,煤病菌は介殻虫や?虫の分泌物の上に繁殖するもので,之等の分泌のない部分には繁殖が出来ないのである。従って煤病は介殻虫や?虫に随伴して発生し,単独で草木を侵すことはない。煤病菌には大体約20種あるが,名称は省略。初め菌糸は緩く交錯しておるも忽ち発育して,緻密な被膜を成生し,遂に黒い紙片様となり,表面には生殖体として粉子,柄胞子及び子嚢胞子を生ずる。又菌糸もよく伝染力を有する胞子及び菌糸の一片は雨風,虫鳥その他の動物の媒介により,之れが介殻虫等排泄物に落下して蔓延するものであると書いてある。

柿の煤病菌

 「時報」第375号昭和26年1月号県農試によると,柿の煤病には5属6種存在し,従来煤病菌は多型性(同一菌で多種の胞子型を生ずると言うこと)を信じられていたが,純粋分離実験の結果,単一の菌植で構成せられることは稀で,多くは2種以上の菌種が混合繁殖しているもので,これを単一菌種と誤認していたのであることが証明せられた。而して6種中4種は既知種類で,1種は未記載の新種と認め「カブノフエウム,ニポニクム,イカタ」と命名,他の1種は種名未決定である。何れも死物寄生菌で糠類上に良く生育する。以下省略。

誘因

 柑橘や柿に寄生する介殻虫や?虫は本病を誘発する。又,風通しの悪い所や蔭影地枝の込合った樹に発病が多いとある。
 以上の記事で煤病の如何なるものであるか等を御了承下さったものと思う。

予防駆除法

 私の経験では煤病は一般の病害から見ると,容易に予防駆除が出来る方で,これ誘発する害虫を駆除すればよいので,其の方法は次の如くである。
 一.クワカイオガラムシ及びサンホーゼカイガラムシに伴う煤病は,冬期に5度の石灰硫黄合剤を撤布すること。
 二.カメノコロウムシ及びツノロウムシの伴う煤病は,冬期に於て機械油乳剤10倍液又は松脂合剤10倍液を撤布すること。
 三.カタカイガラムシに伴う煤病には松脂合剤(1名曹達合剤)110倍液を撤布すること。
 四.殻を破った介殻虫に伴う煤病には機械油乳剤10倍液を冬期撤布すること
 五.イセリヤカイガラムシに伴う煤病には天敵ベタリヤ瓢虫を放飼すること。
 六.ルビーロウムシに伴う煤病には天敵寄生蜂を放飼すること。この蜂は目下本県農試で飼育し配布の計画中である。
 七.?虫に伴う煤病は下表の薬剤を撤布して駆除すること。
薬剤の種類    稀釈濃度
除虫菊剤    600−800倍
デリス剤    1,000倍
ニコチン剤   1,000倍
ニッカリン  2,000−3,000倍

筆者の経験

 この煤病は草木の広範囲にわたって附着して居るが,ネムノキ及び下草に附着し激しくなると真黒になって新芽も出ないように勢力が衰えるのは事実で,同化作用を妨げるから従って草の成分も少く味も悪くなって家畜が好食しないようになるものと思われる。今までの経験ではネムノキの煤病は?虫に伴うものがその大部分であるから,?虫の駆除を怠ってはならない。本病は病害虫最も駆除の容易な部類のものである。
 本稿を書くに当り御指導に預った本県農試の病理部山田技師及び,害虫部の白神技師に謝意を表する。
(1951.12.13)