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倭文家畜保健衛生所便り

瀬島技師

 誰でも御存じの史跡又は歌で有名な久米の皿山,然しこの皿山も今では久米郡ではなく津山市であります。往古文化の発生の地とでも申すのか,此の地方には誰でも一度では覚え難い地名が沢山あります。神代にちなんだような倭文,垪和とか現在ではこんな村はないが,大倭とかこんな所,倭文村に家畜保健衛生所ができたのはすでに本誌で御承知の事と思いますが,倭文家畜保健衛生所ぐらい着想より完成までスムースにスピードを以て終始したものはないと思います。昭和23年度より農林省助成によって,全国に家畜保健衛生所が出来かけた時,岡山県としては4ヶ所を設置し,同24年度には2ヶ所の割当が来てすでに,川上郡宇治村,上房郡豊野村の2ヶ所が決定していたのであった。この時,久米郡においても時の倭文村長柴田健治氏(農協長兼務,現県議)が農家経営と畜産の不可分に深く思いを至され此種施設の絶対必要を痛感もし,24年度において設置ができなければ,25年度の分は必ず久米郡北部に設置をと,地元を代表され各機関と接衝されたのであります。そして保健衛生所建物も地元各村と合議,倭文村桑下地内に25年2月には着工しかけたのであります。そして来年度の分を先に建築して25年度の設置は是非倭文村にと,地元の熱意を遺憾なく発揮して作り上げた保健衛生所なのであります。
 村当局が提供されている1町2反の台地,松の緑の下,赤瓦60坪,平屋建の保健衛生所の建物が落成した時は,この施設建設に邁進された関係各位においては,一入感慨の深かった事と思いを致すのであります。それ程に当家畜保健衛生所は四囲の総てとマッチした理想郷にあるのであります。
 然し昭和25年4月総てを完備したが,家畜保健所衛生所としての発足は遅れるので,県としても地元の熱意を了として,同年6月増殖技術員を派遣して要望に答えると共に,家畜保健衛生所設置に向って着々準備を進め,同年8月−9月県下を侵襲した流行性感冒の防疫には直ちに,防疫獣医を急派して防疫治療に努めたのでありました。
 その他1町2反歩の土地の内,約3反歩を開き種雄畜繁養のための牧草類の栽培をなし,自給飼料の準備を着々として行っていたのであります。しかして昭和25年10月鳥取県倉吉町において実施された,中国畜産連合共進会において,栄誉ある2等入賞を勝ち得た黒毛和種,第6山平号を繁養することとなり,地元は勿論,作州熱心畜産農家の将来への希望は最高度に達したのであります。
 25年11月待望の家畜保健衛生所の設置となり,職員の充実を図ると共に12月より前記種雄畜の人工授精を開始したのであります。
 26年1月31日,家畜衛生保健所の開所式を挙行,本日より名実共に家畜保健衛生所としての発足をなしたのであります。
 家畜人工受精においては,授精開始以来希望と理解と,熱に燃ゆる所の地元は勿論のこと,遠く勝田,苫田,真庭,津山市の一部,久米郡においても,遠く弓削町方面からの求めに応じて授精実施を行っているのであります。
 しかし,第6山平号は不幸昨年夏流行した流行性感冒により,後1ヶ月で産れる我が子を見ることなく,9月6日へい死したのであります。しかして,その後昨年10月岡山県共進会において2等主席を勝ち得た,熊山号をけい養して,以前の第6山平号に勝るともおとらず,需要家の求めに応じ,地方畜産改良に助力しています。
 久米郡北部は勿論,作州地帯において種付した優良雌牛は,現在まで約300数拾頭に達し,優良仔牛約60余頭の生産を見,種畜改良の明るい見通しに喜んで居る次第であります。しかしこの家畜保健衛生所における人工授精も,設置村においては最大限に利用されていますが,遠くなるにしたがって次第に関心がうすい点は多分にありますので,本誌愛読諸氏の理解ある協力により,この種事業による農家支出の軽減を図る様御指導されたいものです。衛生所の事業が,まるで種付ばかしの如くになりましたが,当所においても主業務たる家畜衛生の向上には,講話出張又は来所相談される人に熱心に指導して,地方家畜衛生の向上に努めています。又蕃殖障害の除去においても開所3−4ヶ月間,約30−40頭を実施,生産向上に資して来て,現在では人工授精のため,蕃殖障害治療牛を殆んど見かけない現状となりました。1頭でも沢山生産させ,1頭でも不妊牛として農家が転出することのない様に,蕃殖障害除去に邁進しています。
 又当所は,他の家畜保健衛生所に例を見ない約3反の夏草山,約3反の自給飼料圃を所持し,その他に大小堤有し青刈用,乾草用飼料を栽培し,種雄畜1頭ではどうしても食いきれない自給飼料の生産に立地上恵まれています。昨年秋には敷地内,各空所にレッドクローバー,ラジノクローバー,ケンタッキー31フエスキュー,トゲナシニセアカシヤ,イタチハギ等を植樹,栽培したので,本春は花園ならぬ草園に熊山号がのんびりとねりをかんで畜牛改良増殖の我が世の春と皆様愛牛の来所をお待ちしている事でしょう。
 以上はよみにくい倭文家畜保健衛生所の生いたち及び現況ですが,何んと申しても1対何千の仕事,指導にしても,授精にしても,仲々全管内に徹底するものではありません。
 特に人工授精とか蕃殖障害の除去においては飼育者各位の熱と努力及び,指導関係者の指導によって農家経営の安定確立への一助は必ず出来ると信ずるものであります。
 本年までに県下に20ヶ所の此種家畜保健衛生所が設置され,完備した設備を持って,末端畜産のサービスセンターとして皆様の利用を待っていますから,この施設の業務を最高度に利用されますよう,畜産農家の皆様の御出をお待ちして倭文家畜保健衛生所からの便りを終ります。