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畜産技術講座
酪農講座(一)

 本号より新らしく畜産技術講座を設けることにした。読者の声を聞き新らしい技術,基本的技術,応用的技術を広く紹介したい。

酪農講座(一)

新しく乳牛を飼う人のために

 戦後酪農経営の発達は目覚ましいものがあることは日本農業の進歩であると考え,御同慶に堪えない。然し酪農とは一体何か,と聞かれると,所謂専業搾乳業者と一緒にしている者が多い。それでいて乳牛を飼いたい希望者はいたって多いのである。ところがそんな御人に限って何処ででも乳牛は飼える様に思って居るので尚更困るのである。と言って止めると叱られるので,誌上を借りてたわごとでも一つ。

一.立地条件を考えよ。

 草資源が多いからと言って山の中に乳牛を入れても困るし,水田の真中へ乳牛が1頭や2頭入っても困る。1戸当りの耕地面積の狭い処へ入っても困るし,交通の便の悪い処へ入っても牛乳の処理は出来ない。乳牛の入り得る処は自ら決っているのである。交通の便がよくて,毎日生産される牛乳の消費の出来る処で(工場に近い処か,都市に近い処で市乳として消化し得る処)然も草資源の豊富な処で耕地が4反歩もあれば,乳牛はいくら入っても心配はないものである。適地適畜の原則を忘れてはならない。

二.飼料の自給を計画せよ。

 飼料事情は多少でも良くなったが,飼料費が総支出の3分の1以上になっては決して儲かるものではない。耕地の1割を乳牛の為に割愛して,飼料作物でも作って飼料の自給を計画するような人でなければ乳牛を飼う資格はない,(尤も乳牛が入ったことによって,厩肥の生産量が増し全体の収量が増して来るので収入には大して影響は無くなるものではあるが)又,半年分位の飼料を準備する位の心掛けの人でなければならない。やいのやいのと言って乳牛を買っては見たものの明日から与える飼料が無くて買い廻っているようでは先が案じられる。先ずサイロでも造って半年分の粗飼料は心配なしと言う位の心掛けがほしいものである。脚下を見れば,飼料になるものは沢山あるが,頭を働かさなければこれも無駄になる。飼料の自給も心掛け一つである。よい酪農家となる為によい心掛けの農家にならなければならない。

三.同志を糾合して開始せよ。

 3人寄れば文殊の智恵とか言う。困った問題が起きても,他人からけなされても同志が居ることは心強いものである。2人や3人では負けるが,せめて10人も居れば部落を動かす位の力は出るものである。最低10人位の同志を募り,力を合せて新事業は起したいものである。

四.中心になる指導者を作れ。

同志は烏合の衆であってはならない。自分達の間から指導者を選び出して,この指導者を方々へ派遣して技術を習得させ,それを自分達で吸収するようにしたい。その為には指導者が出易い様に,働き易い様に各人がお互い助け合ってやらなければならない。人の先に立った者が馬鹿を見ることがない様に,助け合いの精神を発揮したい。

五.県や郡の指導者と絶えず連絡せよ。

 井戸の中の蛙になってはならない。中央から流れて来る新らしい知識を早く汲み取るだけの力と努力がほしい。

六.主婦の同意を得よ。

 親父の独善であってはならない。主婦の協力が無くては,牛は決して飼えるものではない。特に乳牛を始めると盆も正月も無い。年中無休は口では言えるが実行となると家族の者から文句が出る。初めに皆が得心しておれば文句も出ない。親父のワンマンはいけない。先ず相談と行きたいものである。

七.先進地を見よ。而して失敗談を聞け。

 無用な失敗は1回で沢山である。世の中は忙しくなり,日本の資源は少いのである。国内で同じ失敗をくり返すことは不必要である。見学に行ったら組合長や役員の自慢話を聞く必要はない,手分けをして牛舎を廻って個人の失敗談を聞くだけの心掛けが大切である。先進地と名のつく処には何か成功した要素がある筈である。それを掴んで帰りたいものである。

八.牛乳の処理は如何にするか。

 聖書には「乳と蜜の流れる国」と言う言葉がある。乳は毎日流れる如くに出て来る。この処理は重大な問題である。工場に出すか,市乳に出すか,加工するか方法はいくらでもある。然し利益になる様な処分を考えなければならないが,利に走って信義を失ってはならない。由来酪農人には紳士が多かった。これからもそう在りたい。

九.牛の選択は如何にするか。

 健康であることと,血統の良いことと能力の高いことは絶対条件である。然し初歩の者に高級品は怪我の因である。1頭位は稽古代に搾り潰す位なつもりで雑種牛から始めたい。乳牛は牛乳製造の高級精密機械である。いきなり初心者がぶつかっても毀すばかりである。出来れば仔牛の育成から始めてよく飼育技術を憶えてから搾乳に入りたいものである。

十.泌乳期を揃えよ。

 牛を購入する時,銘々勝手な牛を買ったら大変である。牛乳の処理を考えたら集乳のし易い様にすることが1番である新らしい土地で1缶や2缶乳が出ても誰も相手にしてくれる者はない。5本,10本と纏まれば集乳に来てくれるがそうでなければ自分で運ばなければならない。出来得る限り同じ程度の牛を揃えて同じ頃に乳が出るようにしたい。

十一.役利用を考えよ。

 岡山県は全国で一番調教の進んだ県である。綱を教えれば和牛も乳牛も同じである。教えなければ亦同じである。然し乳房の大きいのと体型が泌乳型に出来ているだけに力は弱い,弱ければ日数を延ばせばよい。役牛と2頭飼うより日数を延ばす方が容易である。これも腕次第か。

十二.家族に利益を分配せよ。

 "わがものと思えば軽き傘の雪"と言うのがある。帯1本でも,半衿1枚でも自分で買えると思えば毎日の労働が苦にならないものである。親父ばかりがいいことをしても家は栄えるものではない。新らしい世界では皆が同じ様に利益を得たいものである。

十三.牛乳は家族で飲め。

 牛乳を売って高い魚を買う愚を止めたい。朝からふんだんに牛乳を飲み,野良仕事の牛乳を持って行く程乳を飲む様にしたい,若年寄りは過去の農民である。新時代の農民は牛乳を飲んで何時迄も若くありたい。

(杜陵山人)