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全国いも養鶏研究会
新潟市で開催

岡山種畜場

 去る3月21日,22日の2日間にわたり,新潟県指導農業協同組合連合会主催により,新潟市において,「全国いも養鶏研究会」が開催された。当日県畜産課から小郷,多田両技師が出席したが,その要旨は次のとおりである。

 全国いも養鶏研究会(3月21日)
於越佐会館

一.開会の辞 新潟県指導農協連会長
二.農林省畜産局生産課吉岡技官挨拶
三.新潟県副知事挨拶
四.座長選任(日本養鶏協会長近藤次郎彦氏選出)
五.研究事項

飼料用甘藷の貯蔵はサイレージか乾甘藷がよい

農林省農業技術研究所 森本技官講演要旨

 甘藷の飼料利用については約20年前から研究されているが,1昨々年いもの統制撤廃以後においては,安本で飼料利用化について具体的計画が立てられつつある。日本における甘藷生産量は年産15億万貫で,その内2億万貫は飼料化するよう計画すべきである。甘藷の飼料化には貯蔵技術が最も重要である。甘藷は摂氏12度以下であると,凍死腐敗するから,最も合理的に貯蔵する必要がある。又食糧用としての貯蔵であると,養分が損失するから飼料用としてサイレージと乾燥にして貯蔵する方法がよい。
 生甘藷で貯蔵すると水分が発散し,養分損耗と腐敗の原因となるから,糠類を2−3割加えるか,藁を代用として加えてサイロに詰める。糠を加えることにより蛋白の補足にもなり,藁を添加することにより藁の成分も良化し,他の家畜の嗜好も一段と向上するようになる。又甘藷をムシてサイレージとして貯蔵することもできる。
 この外甘藷を輪切又は千切にして乾燥する方法もあるが,労力を相当要するから摺潰して,糠を混ぜて乾燥すると,蛋白が8−10%となり大麦に近い飼料となる。しかしいも糠飼料は,東北,北陸のような日照時間の短い所では困難な点があるから,むしろサイレージとする方がよい。
 飼料用甘藷の収穫適期は,いもで植付後5ヶ月,蔓は植付後4ヶ月頃が栄養的に最高である。(いもと蔓とのその差は大体20日から1ヶ月である)
 生甘藷と乾甘藷の使用の重量比は10対3で,生甘藷蔓と乾燥蔓の使用重量比は8対1である。煮沸甘藷と生甘藷の消化又び栄養価値の相違はない。
 甘藷の養鶏飼料配合率の最大量は次の基準による。
 サイレージ 全飼料の70−75%
 乾燥甘藷 同 30%
 いも糠飼料 同 60%

甘藷,甘藷蔓の産卵に及ぼす関係
玉蜀黍代用として甘藷,甘藷蔓の利用価値

日本家禽研究所長 高橋廣治氏講演要旨

 昭和25年において小場は甘藷が玉蜀黍の代用としてその成果を収めるかどうかについて試験して見たが,結論としてはその目的は充分果し得たばかりでなく病鶏が少くなり,体量が大きくなり,蛔虫が少くなった(甘藷蔓の給与により)等の甘藷利用の長所を発見した。なお上実験による成績は次のとおりである。

一.甘藷及び甘藷蔓の産卵に及ぼす関係

(1)飼料配合比(約1日1羽量)

品   目 い も 区 対 照 区
甘藷  30匁  ―匁
甘藷蔓 30
玉蜀黍 0 10
雑糠 15 15
胴鰊 5 4
青菜 10

(2)試験期間及び供試羽数
 昭和25年7月1日−12月31日白レグ秋雛50羽平均

二.玉蜀黍代用として甘藷,甘藷蔓の利用価値に関する試験

(1)飼料配合比(1日1羽量)

品名 玉蜀黍区 干甘藷 藷蔓区
干甘藷  ―  g   33g
生甘藷蔓 100
玉蜀黍 35
小麦 33 33
17 17
胴鰊 15 17
青菜青草 30
貝類 3 3
食塩 0.5 0.5
粗蛋白 19.11 19.01

(2)試験期間及び供試鶏
 昭和26年7月1日−12月31日 白レグ,昭和25年11月孵化鶏

甘藷の長所と欠点

新潟大学 齋藤道雄教授講演要旨
甘藷の長所

(1)澱粉価が高い。
 いも反収500貫(澱粉価20)で100貫の澱粉価値がある。いも蔓反収1,000貫(澱粉価10)で100貫の澱粉価値がある。玉蜀黍よりも3−5倍の澱粉価が得られる。
(2)生産量が多い。
(3)米との転換栽培に適し米の増産が期待できる。
(4)生産費が安い。
(5)ヴィタミンに富む(ヴィタミンAが多い)
(6)蔓も利用できる。(ヴィタミンAが多い)

甘藷の欠点

(1)水分が多い。貯蔵困難,輸送困難
(2)蛋白質含有量が少い。(乾燥で5%)しかし質は穀類(蛋白質10%)よりよい。魚粉や油粕類を少し多く,穀類より必要とする。
(3)繊維4−4%以内でないと養鶏飼料として望しくない。甘藷11%玉蜀黍1%燕麦8%,甘藷蔓生3%(乾燥30%)
(4)ヴィタミンBが少い。(穀類の方が多い)

城塚のいも養鶏

新潟県北蒲原郡金塚村
養鶏組合長説明

 終戦当時より見れば,養鶏飼料は現在著しく好転しているが,戦前の状態に戻すためには,なお,相当量の飼料が必要であることは言を俟たない。今これを全部輸入にまつことも現状では仲々難かしい。それで一部は国内に多産,且つ,増収容易である甘藷,馬鈴薯の澱粉化を利用するならば,多大の飼料資源が国内に期待出来るわけである。農林省では,甘藷を穀物に代用して,日本養鶏の復興を早め,併せて養鶏の生産原価を有利にする目的でこれを奨励した。養鶏の科学化,合理化を叫ばれている昨今いも養鶏熱も色々の方法で全国的に逐次高まりつつあるが,早くよりこれに着眼し,最も徹底的に自給いも養鶏の基盤を築き,実行しつつある新潟県城塚部落の状況を紹介し,考察に資し度い。

一.概況

 場所は新潟県北蒲原郡金塚村大字城塚である。昭和21年当部落の佐藤修吾氏が甘藷蔓を与える独自の養鶏飼育を行い,6割を超ゆる産卵成績を挙げていたので,これにヒントを得た部落の人々は将来養鶏飼料を自給して安定した基礎の上に立って養鶏が成立し,農業経営特に自給肥料の点に於いても有利に且つ合理的に経営出来るものと信じて,団結し,其の目的に邁進し,昭和23年城塚養鶏農業協同組合を設立してから活発に且つ徹底した自給いも養鶏を開始した。
 城塚部落は,上城塚と下城塚に分れ,農家戸数は上城塚が22戸,下城塚が13戸で,合計35戸である。実際養鶏を行っているのは,上城塚で農家22戸中鶏飼養農家は18戸となって居り,全飼育羽数は白レグのみ約1,800羽で,最高300羽,最低50羽で平均100羽前後を飼養していることとなる。
 耕地面積は,田畑合せて75町歩で甘藷作付面積は約8町歩,反当650−700貫,700貫は米換算3石余の収穫を挙げ,(甘藷蔓反当1,000貫)麦は水田裏作で馬鈴薯はタマネギ,カンラン等との間作であり,約4町歩の作付をし反当り200貫の収穫を挙げ,甘藷蔓は勿論,その他水田の紫雲英もエンシレージとして利用している。

二.いも養鶏の現況

 終戦直後甘藷蔓でヒントを得て発達した城塚のいも養鶏は,前述の通りであるが,以下例を引いて現況を記載して見よう。
 代表養鶏家 佐藤修平氏の場合

1.飼養状況 鶏270羽の外馬1頭,豚1頭,山羊1頭を飼育し,甘藷6反,馬鈴薯3反,裏作麦5反,水田2町7反の耕作面積を有し,現在5人が農業に従事している。

2.飼料の自給購入状況

区分 自   給   飼   料 購    入    飼    料
数量 単価 金額 備考 数量 単価 金額 備   考 1羽1日
摂取量
品目
魚粕 493 250 123,250 1日1羽 5匁 5
690 100 69,000 1日1羽 7匁 7
穀類 277 145 40,165 1日1羽 2匁 2分 223 145 32,335 1日1羽 2匁 8分 5
甘藷及 4,440 35 155,400 1日1羽 45匁 45
馬鈴薯
甘藷蔓 2,955 15 29,500 1日1羽 30匁 30
225,069 224,585 92

(註)自給の単価は市販価格に依る,備考欄の量は生の場合とする。

 飼料購入方法としては,過去5年間の経験に依り年間を通じて,最も安価の時節を選び実費計算に依る共同購入を行っている。魚粉の場合は7月中旬頃北海道より購入し,?の場合は12月前後養鶏農協を経由購入している。
 なお,前表でも判明するように自給率は現在50%である。

3.飼料の配合割合及び給与方法

配合割合 甘藷及び甘藷蔓が
エンシレージの場合
給与方法
7匁 7匁
甘藷 生 45匁 32匁
甘藷蔓 生 30匁 21匁 3つを混合し煮沸して与える 
魚粕 5匁 5匁
粒飼 5匁 5匁 夕食給与後更にこれのみ給与する
92匁 70匁

 特に冬季は日没1時間前に練餌を与え,後運動促進の意味で短粒餌を棲餌として給与するので,朝夕には給与しない。但し粗悪粒飼は煮沸する。

4.自給飼料作成状況

 作付面積は前述の通りであるが,城塚に於ける作付状況は,飼料専用畑を利用して居り,50羽飼育の場合を標準としているので,これを下に記して置くこととする。

飼料作物 作付面積 普通作,裏
作間作の別
収量 反収 備考
5畝 裏作  1石  2石 これは50羽飼育の場合であり
100羽の場合はこれが2倍となり
300羽の場合は上記の6倍となる
甘藷 1反 普通作 650貫 650貫
甘藷蔓 650貫 650貫
馬鈴薯 5畝 間作 175貫 350貫
2反

(50羽飼育の自給飼料収穫及び給与可能日数)

T 裏 作 麦 作付面積 5畝 10斗………………40貫収穫
    40貫÷(1羽5匁×50羽)=160日分
U 甘   藷 作付面積 1反 650貫収穫
反  収650貫
    650貫÷(1羽45匁×50羽)=288日分 エンシレージの場合は1羽32匁となる。
V 甘 藷 蔓 作付面積 1反 650貫収穫
反  収650貫
    650÷(1羽30匁×50羽)=433日分  エンシレージの場合は1羽21匁となる。
W 馬 鈴 薯 作付面積 5畝 175貫収穫
反  収350貫
    175貫÷(1羽45匁×50羽)=78日分
X 不足する飼料
    粒 飼 (365日−160日)×(50羽×5匁)=51貫250匁
      故に1羽1年間不足分は1貫025匁となり1羽1日は1貫025匁÷365日=2匁808となる。
      これを金額に換算すると(値段1貫150円)×2.8匁=42銭となる。

5.サイロの状況

(1)詰める時期

自 8月中旬 至 10月中旬 10月中旬 10月下旬 11月上旬 下  旬
甘藷 サイロを用いず
生のまま煮沸使用
同左 サイロ詰込始  終    了
甘藷蔓 サイロ詰込始  終    了
馬鈴薯 サイロに詰込みせず日陰の通風のよい所に保存する。

(2)サイロの大きさの標準

 何れも半地下式で50羽単位に付2基を標準とし,その内訳は甘藷1基,蔓1基の割合となっている。

(3)詰め方

 a 蔓の場合
 なるべく晴天の日を選び,詰め込む量を午前中又は前日中に刈り午後細断器に入れて5分程度に切り,生のままサイロに充分に詰込む。なるべく細かくして粒餌程度の大きさならば最もよい。
 1週間後になると内容が約3分の2位に減るので,その上に又詰込み4回まで1週間毎に補充して行く。
 かくして11月10日前後に詰め終るのであるが押石の重さは150貫以上とし重い程成績は宜しい。なお,動力細断器1台の能力は半日約1反歩の細断能力がある。
 b 甘藷の場合
 甘藷は蔓よりも保存がきくので10月下旬より詰め込み11月の末までに詰め終る。藷はいも切器で厚さ1分位に薄く切る,いも切器は手廻しで1時間100貫動力で500貫の能率がある。いもは1分位に細切したものを生のまま詰め,その詰込の方法,回数,石の重さは甘藷蔓の場合と同様である。
 なお,甘藷と蔓を配合して1基に詰めることは能率上不利なるばかりでなく,飼料配合の妙味がなくなるので,これが方法は実施せず,全部単一にして詰める。

(4)使用の時期

 甘藷蔓のエンシレージは11月中旬より使用し始めて,翌年8月頃まで用いその頃から新しい生蔓に置き換える。
 生甘藷は収穫から12月頃まで使用し,その後甘藷エンシレージを翌年馬鈴薯の出来る7月上旬まで使用し続けて馬鈴薯と置き換える。

(5)使用方法

 エンシレージ類は藷も茎葉も使用の際全部煮て後使用する。その際の藷配合割合は前に記した通りである。
 なお,サイロよりいも及び蔓を取り出した場合温度の高い4月から7月頃迄には,上層部が腐敗し易いので特に上から順々に取り出す様注意を払い,特に其の頃になったら冷水を注入し1週間毎に取り替えて腐敗を防いでいる。

三.鶏卵等の生産及び消化

 城塚養鶏農業協同組合は,その構成も小さく,農業経営を合理的に改善するため自給飼料及び自給肥料の高度活用により,生産コストを引下げ,創意工夫,強力な共同の力でその目的に一歩一歩近づこうと努力しているものであり,以上の点から飼料の購入生産物の消化流通対策も発足し共同の力で,この主義に則り処理している。
 鶏卵−城塚部落の産卵率は年5割,1羽当り約185箇の産卵を示している。なお,種鶏改良のため同志集りて1万卵入れの自給用二宮式ピーターサイム型孵卵器1台を有し,種卵期は5割を種卵用にし,後は共同出荷の形態で東京及び青森方面へ年間約4,000貫の出荷を行っている。
 雛−前述の通り孵卵器は備付けてあるがその主旨は種鶏改良用であり優良雛自給が主体であるが1割程度は販売も行っている。
 鶏糞−堆肥として貯蔵し,水田に,裏作麦に高度に利用している。鶏肉については特別な措置は現在とられていない。

四.結論

 以上大雑把ないも養鶏の現況について述べたが,城塚のいも養鶏は自身で出発せる独自の方法であるにも拘らず,産卵率は5割を維持し,いも養鶏のための害は全く見られず,却って斃死率は少く,又雛の場合,40日よりエンシレージ甘藷を与え,71日にして成鶏と同飼料を給与するものであるが,初産は大体150日より180日であり,初産時の体重は400匁から450匁となって居り常に向上の心で目的に向っていることはまことに偉とすべきであろうが1歩進めて科学的見地に立つとき未だ研究の余地は残されて居り,差当って恵まれた養鶏の組織的条件を活用して種鶏の改良,自給飼料の増産及び科学的研究,養鶏管理合理化等は緊要な問題であろう。

城塚のいも養鶏現地視察

 3月22日午前9時新潟市を出発,2台のバスで城塚に向う。途中,新発田市外五十野で大沼藤雄氏の種鶏場を見学し,目的地城塚部落へ12時前到着す。米の大御所越後平野の広大さは今更の如く一驚に値するが,春尚寒く折柄の雪解の増水で名にしおう越後の美田も広茫冠水の状態には聊か旅人の心を暗くした。さすが穀倉とはいい乍ら積雪寒冷単作地帯の農民生活の悲哀を厳しく身の内に感じ土地改良が国家重要施策として取上げられ,北陸人特有の粘り強さでそれが遂行され真の沃野として旅人の眼に映ずる日の1日も早からんことを祈らざるを得なかったのである。
 北蒲原郡金塚村は我々の期待を裏切らず土地改良も隣接町村より1歩さきがけて進渉し1部では畑地転換により蔬菜,飼料作物を取り入れて,米を中心とした輪作と農業機械化に成功し,新潟地方の進歩的農村であった。
 当部落は新興養鶏地帯で昭和21年当部落の佐藤修吾氏が甘藷蔓を与える独自の養鶏飼育を行ったことから今日に発展したことは,前にのべたとおりであり23年城塚養鶏農業協同組合を設立してから活発にしかも徹底した自給いも養鶏を開始した由である。
 裏作利用も殆んど不可能の状態であった,当部落の農家が不撓の努力によって逐次土地改良を行い裏作利用も増加する一方,畑への地目転換により飼料作物を織り込んだ輪作で相当羽数の自給養鶏を営み,既往の寒冷単作地帯の農業経営の面目を一新しつつあるのは大いに注目に値する。
 以上いも養鶏の大体を申上げてこの稿を終る。