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羊の腰麻痺

 夏が近づくにつれて毎年山羊,めん羊の飼育者は腰麻痺症の心配をしなければならない。数年前までは予防も治療もできない原因不明の病気と思っている人が多かったが,今ではこの病気や予防治療の可能なことについて,知らない人はない迄に普及したことは喜ばしいことである。今日では自信を以って山羊やめん羊を飼育できる時代が来たのである。
 腰麻痺による被害を最小限に防ぐにはまずこの病気の原因,症状を知っておいて,予防に注意することである。そのためには次のような一般知識を知っておくことである。

一.原因

 牛の腹腔内に寄生するセタリヤの一種「セタリヤ,ジキタータ」の仔虫が中間宿主の「ハマダラカ」「オオクロヤブカ」等の蚊の媒介によってうつされ,その仔虫がめん羊の脳や脊髄に穿入することによって起る神経症状である。

二.症状

 多くは盛夏より初秋の候(特に8月下旬から9月中旬)突発的に歩行蹣跚となり,または後肢の運動不能をきたして横臥苦悶,四肢をふるわせるものである。最初高熱を示すが,後には平熱に復す。眼光は鋭くなり不安の状を示し,食欲は重症の場合の外著しい変化はない。急性に来た場合は脳や脊髄に異状を来たしてすみやかに斃れるが,慢性のものは年余にわたって長く横臥して褥創を起し,衰弱貧血して斃れるのであって,完全な治療はなかなか困難である。治療したものでも多少の運動異状を示し,あるいは顔を傾け,いわゆる斜視の症状を残すものが多く,翌年再発の弊癖を残すものもいる。

三.治療法

 この病気の原因は長い間不可解であったため,地方によって色々治療が研究されたが,なんといっても病畜に対する一般手当を行うことが何より大切である。つまり羊は起立させるようにし,起立不能のものには多量の敷藁を与えて褥創を防ぎ,場合によっては体を吊し,飼料や永に人手を加えて十分に与え,いつも糞尿は清潔にして必要に応じて強壮剤を与える。このような手当の間に病原セタリヤは自然に死滅し,病竃は再生して漸次治療に向うものである。なお脳セタリヤを殺す薬物療法として次の諸例が効果がある。
(1)アンチモンコロイドの静脈内注射,すなわちアンチモンコロイドを1%の割に蒸留水に溶解し,体重1sに対し1.0tを次のように5回に分け,連日または隔日に注射する。第1回0.1,第2回0.15,第3回0.2,第4回0.25,第5回0.3
(2)イスラビンまたはリマオンの色素剤0.5%溶液10tを減菌して腹腔に隔日に注入する。

四.予防法

 まず蚊を防ぐことが第一であるのはいうまでもない。めん羊舎や運動場は採光,通風,排水をとくによくし,厩肥は夏季は度々取りかえ,狭いめん羊舎にめん羊を密集させないようにして保健に留意すれば十分に予防できる。又D・D・Tの油剤を天井や壁に十分に噴霧することなども大変有効である。
 なお羊体内における仔虫を潜伏期間に殺すためにアンチモン剤の予防注射が行われているが,この効果についてはまだ決定的な段階に達していない様である。この方法は相当副作用を伴うので1回に多量の薬液を使用できないから1回に2度以上,普通7月下旬と8月下旬の2回に渉り体重に応じて血管内に注射するのである。
 現在本症の予防,治療に使用されているアンチモンコロイド,ナトリウム吐酒石,リオアンチモン,スチナール,アンチヒラリン,エスビーチン等がある。

五.薬物施用上の注意

 ナトリウム吐酒石は使用に当り注意すべきは静脈注射の際皮下,筋肉に洩せば組織が硬結して治療に相当日数を要することである。又アンチモンにより中毒,斃死が稀ではないから,中毒に対する解毒剤としては次の処方が有効である。
 次亜硫酸ソーダ20g,重曹1g,食塩0.85gを蒸留水100tに溶解し体重1sにつき1−2t又は市販のハイボールを静脈注射する。アンチモン剤は大量衝撃療法であるから,アンチモン剤の使用に当っては中毒を考慮して施術後上の解毒を注射しておくことが安全である。