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巻頭言

畜産の技術について

惣津律士

 前月号で杜陵胖氏が「技術は一日にして成るものではない。しかも体験を通じて得た技術でなければ世の中に通用しない」と言う趣旨を書かれていた。
この事は技術者はもとより一般有畜農家に取ってもまことに味うべき言葉である。
畜産の技術を習得しようとする人達が誰れでも経験する種畜場とか試験場等の生活は極めて単調ではあるが,そこには一片のごまかしは許されず,昼夜ぶっ通しの人畜一体の生活にはただ誠意のみ存在する。しかも歯をくいしばって堪えなければならない苦難の作業の連続もある。
こうした生活の中で得た技術こそ何にもまさる宝であり,一生涯失われない正しい技術である。
技術者はだれでもこう言った機関から出て始めてその有難さが解り,更に限りないなつかしさを覚えるものである。
畜産が多岐に亘る関係から畜産技術者は夫々専門の分野に分かれている。本県では和牛には練達の士が多いが,乳牛,中家畜となると案外少ないためにその発展を促進し難い点も見受けられる。家畜全般に亘って精進した技術を求める事は至難であり,私はあえてそれを望まないが併し畜産技術者たるものは有畜農家の相談相手になる丈けの一般技術の獲得はほしいものである。
技術の向上は科学の進歩を促がし,社会の福祉に貢献するものである。
近時学校を巣立った青年技術者が兎角自己の未熟な技術を,苦難に処して練磨する熱意にかげて,背広と革靴の生活にあこがれるのは,これが社会の一般の風調ともなれば,大変な事であって,畜産技術の発達の前途は心細い限りであろう。
勿論,戦後は一般に待遇の悪い点は伺われるが,これは日本経済の再建と共に解決される問題である。
凡そ技術を習得しようとする者及び技術者は自ら進んで自己の技術の練磨に突進し,一般有畜農家のよりよい助言者となり度いものである。