ホーム岡山畜産便り > 復刻版 岡山畜産便り昭和27年8月号 > 草

兼松満造

 草の重要性が閑却されてはないか。資源の貧弱なわが国で豊富なものは水と,そしてわれわれの努力次第では草であろう。水については電力の開発が国民の与論になって来たが,草は全く忘れられている。夏季高温多湿なわが国では,欧米の多くの地帯の春夏の乾燥寡雨と違って草の繁茂する好条件をつくっている。事実耕種農業では除草が大きい労働力を奪っている。草は閉却されているだけでなく一面草は眼の仇にされて来た。草の重要性が国民の世論になるのはいつの日か。甚だ心細い限りだが,草を忘れてわが国の農業の進展は考えられそうもない。
 水が豊富でこれを活用すれば大きく資源化し得るが,その場合,水を制御制管しなければならない。そしてこれには高度の技術と資本が要る。水の利用が与論化したのは,技術的な解説が国民を納得させたからであろう。ダム内の沈泥の堆積が多くて困るのは山肌が裸で−樹木による浸蝕防止は考えられても,同じ目的に草が果たし得る役割が忘れられている−多い雨が山肌を洗ってドッとダムへ土を洗い込むからであるこんなところに電力と草の関連性が存在する。水の管制と電力の開発が与論化したように草も与論にしなければならない。それはわが国で培養し得る厖大な資源だからである。
 畜産の実際家殊に牛馬緬羊のような草食動物を飼う人は切実に草の必要性を認識し始めて居る。モデル農家の青年に乳牛を飼い始める前にクローバーやライ麦の栽培の必要を強調した。そして最良の畑にクローバーを播くことを奨めたが,最初はやらなかった。ところが2年目に1人の青年は敢然と最良の畑を飼料畑にして了った。飼料の増産による家畜の増殖に伴う自給肥料の増産と,青刈栽培で浮かした労力の転用によって残り田畑の耕種作物の反当収量が顕著に上昇して広い従前の田畑より以上の生産をあげ得ることを確信することが出来たからである。そして此の青年は今年から23年の内には独特の輪作体系を確立することと思われる。そしてクローバー畑を耕起した後の畑の肥沃化されていることに驚くに違いない。これらの青年は協同して「いたちはぎ」の苗の育成を始めた。畦畔の草生改良に,どんな草がよいか熱心に研究し始めた。そして年間反当精々500円位にしかならない雑木林の草生改良を真剣に研究し始めている。
 併しこれは筆者の眼に触れる極めて少数の事例に過ぎない。
 草の重要性が認識されるためには,草の科学認識の普及と草の価値についての啓蒙が要請されて来る。
 ある著名な飼料化学者は,わが国の家畜は,飼料特に良質の草を充分与えられていないので,その能力の精々70%位を発揮しているに過ぎないのではないかと言われている。筆者も大体そう思う。それだけでなく,このような低位栄養状態の家畜であるだけに,病気に罹り易く損耗が極めて大きい。酪農は草なくして成立しないのに,良質の草の準備不足が折角の酪農を不安にし,挫折の悲境にあるものも多いのではないか。こんなことでは畜産が発展するわけがない。
 高カロリーの燃料であるべき良質の草を与えないで,精密な内燃機関にも譬うべきホルスタインに生産をあげよといっても無理な相談である。草の増産は畜産が発展する絶対要件であり,飼料自給度の向上が健全な有畜化を可能ならしめる唯一の手段である。そしてこんな有畜化によって始めて金肥偏重で荒廃したわが国の耕地が健康となり,有機質に富む生きた土壌は年々その生産力を向上することとなる。有畜化は更に開拓を始めとする農地の拡張を可能し,低位生産の儘放任せられて顧みられない山林原野の利用度を向上し,結局農業総生産力増強を齎らすこととなる。そして草は樹と共に国土を緑化し水を治める。
 草こそは今後の日本農業の有畜化と国土の高度利用上培養しなければならない,又培養し得る最も大きい資源である。
 草食動物が利用する草の養分で最も大切なのは蛋白質である。禾本科の草でも若い草ならすべて穀物や糟糠類に較べて多量の蛋白質を含んでいる。荳科の草ならそれが一層多い。赤クローバーを栽培して反当3,000貫の収穫をあげることは困難ではない。3,000貫のクローバーの蛋白は90貫に近い。反当90貫の蛋白の生産をあげ得る作物はちょっと他に見当らない。禾本科の牧草でも上手につくれば反当1,500貫は困難ではない。この場合の蛋白生産量も反当20貫乃至30貫位にはなる。
 今日迄の家畜飼養学では牛馬や緬羊山羊のような元々草食動物であるものは勿論,家禽や鶏でもこれらを健康に育てるために草が不可欠であることが証明されている。その第一の理由は草の持つこの蛋白の質が秀れているからである。殊に荳科の草の蛋白は極めて質がよい。筆者はイギリスの一部地方で極めて優良な草地に放牧して肉牛を肥育育成するのを見たことがある。そんな牛の肉が倫敦市場でホームブレッドビーフとして最も贅沢なものとして歓迎される。種禽や種豚の育成には優良な草地がつきものである。
 草食動物の肉の味のよいのは常識となっているが,草の蛋白の質のよいことは余り知られていない。草の蛋白の質のよいことは化学的にも飼養実験的にも証明されている。荳科のアルファルファの乾燥ミールの蛋白には下に示すように重要なアミノ酸が動物蛋白飼料や植物蛋白で最も良質な大豆蛋白と劣らない割合で含まれている。

アミノ酸 アルファルファ
乾燥ミール
大  豆  粕 魚     粉 屑  肉  粉
アルギニン 6.6 6.4 7.4 7
シスチン 1.8 1.5 1.2 1
リヂン 5 6.1 5.7 5.1
メチオニン 2.3 2 3.1 2
トリプトファン 1.9 1.2 1.2 0.7
ヒスチヂン 1.8 2.4 2.5 2.5
イソロイシン 4.4 5.1 5.5 4.2
ロイシン 6.5 7.3 7.1 8.5

 穀物蛋白の質の不足を補うのに,荳科牧草の蛋白は好適のものである。冬期間豚を健康に育てるためにアルファルファ乾草を与えることはアメリカでの常識である。家禽にも草のミールは不可欠な飼料となっている。
 乳牛,肉牛,緬羊及び馬にとって,アルファルファ,青刈大豆又はカウピーの乾草を充分穀物と共に与えると満足すべき飼料効果を発揮する。草の蛋白質の価値を実証する2,3の試験成績を示してみよう。
 コーネル大学での仔緬羊を用いての実験では荳科の牧草の蛋白だけで,仔緬羊の正常な発育を示すことを示している。発育中の仔緬羊をアルファルファ乾草或いは赤クローバー乾草を炭水化物と脂肪とを充分に含む飼料中の唯一の蛋白給源として飼養すると,この草の蛋白の生物価はアルファルファ乾草で79%,そしてクローバー乾草で81%という高い値を示す。玉蜀黍とこれらの乾草を与えた場合も略同じ値を示し結局荳科乾草の蛋白又は荳科乾草プラス玉蜀黍の蛋白は,大豆粕又は脱脂乳の蛋白と同じように有効であることが証明せられている。
 又ミズーリーの農事試験場に於ける若い牝牛での代謝試験でアルファルファ乾草又ははぎ類の乾草の蛋白は大豆粕又は脱脂粉乳と同価値であることが証明せられている。
 荳科牧草に炭水化物の少量を加えると発育中の緬羊でも完全に育つことも証明せられている。
 禾本科の草の蛋白の栄養価に関する試験成績は荳科程多くはないが,良質の禾本科の人工草地に放牧する若牛,緬羊及び馬が優れた発育を示す多くの実例から,われわれは禾本科の草が供給する蛋白は,これらの動物にとって不足しないと結論できる。
 禾本科の草と荳科の草のいろいろの種類のものの蛋白価をモルモットを用いて調べた試験では,蛋白の生物価には殆んど大きい相違はないが荳科の蛋白の方が少し消化率がよかったことが報告されている。
 草の蛋白がその質がよく然も最も安価な蛋白であることが畜産上大きな意義を持つ。
 草に求める養分で次に大切なものはビタミン類である。ビタミンの中特にビタミンAはすべての動物が食物として之を摂取しなければならない。草はビタミンA(主としてカロチンとしてある)の最も安価な供給源である。すべての緑色の草類は家畜が必要とする殆んどすべてのビタミンを豊富に持って居る。
 唯一の重要な例外はビタミンDであるが,このビタミンは家畜を太陽にあてることによって供給される。従って良質の草地上に放牧される家畜はビタミンの完全な供給を受けているということが出来るわけである。
 このように緑色の草は今日迄知られた限りの多くのビタミン(陽光で乾燥をされた乾草には充分豊かなビタミンDも含んでいる)を供給するばかりでなく,他の未知のビタミンをも供給していることがほぼ確実である。というのは白鼠を実験動物として,青草を充分与えた乳牛のミルクを与えた場合より発育がよいことが証明されているし,家畜に新鮮な緑色の草芻を充分与えないと栄養障害を起す事実によって示されている。草にあると想定される未知のビタミンは今後の問題で,之を解明すれば恐らくノーベル賞ものであろう。調和のよいすべての既知のビタミンを充分に含むレーションを与えても,放牧せず舎飼する蕃殖用母豚は屡々正常に蕃殖することが出来ないが,之を草地に放牧するか,他の緑飼を与えると母豚は元気な仔を生むことが出来る事実からも,生草には未知の有効なビタミンのあることが想像される。
 家畜が草に給源を求めねばならないビタミンAは正常な発育に不可欠であるばかりでなく,特に大切なことは粘膜の表面組織を健康な状感に保ち,粘膜を細菌の感染に抵抗するようにすることである。呼吸器病や,蕃殖障害が青草の不充分な給与−ビタミンAの不足−に基因していることが如何に多いかはわれわれが体験を通じて知っている。動物の健康の大きい要素である粘膜の健康性が,草のビタミンによって大きく左右されるのである。このことは発育に及ぼす大きい作用と共に,緑色の草を家畜に飽食さすことの価値を認識することをわれわれに教えるものである。ビタミンAの不足は烈しくなると,牡畜の授精力に影響し精原細胞の退化を惹起するし,牝畜では流産死産を起し弱い仔畜を生む。これらの症状は緑化の草類を多給すれば,多くの場合未然に防止することが出来る。
 活発に発育中の緑色植物は常にカロチンが豊富である。若い草ほど蛋白も多くビタミンA価も高いことになる。ビタミンの見地からも蛋白の見地からも草は若いものほどよい。
 少なくとも一部の草にも含まれていることが最近明らかになったのはビタミンB12である。ビタミンB12は1948年英米の学者によって殆んど同時に牛の肝臓から分離されて所謂赤いビタミンであって,動物性蛋白因子ともいわれる。その化学構造は未だ解決されていないがその分子の中に燐とコバルトを持っている。このビタミンは抗菌性物質の醗酵工業の副産物として生産され飼料添加剤として市販されていることは周知のことであるが,植物蛋白には存在しないといわれていたのが,アルファルファにあることが報じられている。このビタミンはビタミンB郡の他のものと違って,著しく少ない量,即ちγの量で,鶏,豚等の成長を増加させることが証明せられ,動物蛋白質資源を増産させる点で注目されている。このビタミンが草にあるらしい,少なくとも牛や羊は草からその構成要素を摂って,肉の中や肝臓に貯蔵されているビタミンB12を造り上げていることは事実であろう。これは抗生物質をつくる能力のある放線状菌と同じ菌が牛や羊の腸にあってこのビタミンを造るのかもしれない。このビタミンがコバルトと燐を含むこと,殊にコバルトを含んでいることは後述する牛のコバルト欠乏症と何等かの関連があるものと思われる。草を食う牛の肉が豚の肉より2倍量のビタミンB12を含んでいることも興味がある。
 兎も角草はビタミンの宝庫ということには間違いはない。草の価値はこのビタミンの豊富さによっても認識されねばならない。養鶏飼料でビタミンAの給源としてやかましい黄色玉蜀黍のビタミンA価は荳科の乾草のそれの20分の1に過ぎない。
 扨最後に家畜飼料として草の持つ養分に期待しなければならないものは鉱物質である。鉱物質は動物の健康の保持は勿論,生命自体にさえ不可欠である。家畜の栄養で問題となる鉱物質は草食動物では,草が殆んどその給源となる。従って特定の鉱物質の肥即する地帯(例えばコバルト,沃度,銅等)での家畜飼養の場合は不足鉱物質を添加する必要がある。火山灰地が多く礬土性の強いわが国の多くの土壌で不足する養分はカルシウムと燐である。カルシウムと燐は動物体全鉱物質の75%を占めているし,ミルクの中の50%を占めているから最も多量に必要な鉱物質である。アメリカでも古い農業地帯ではカルシウムと燐が枯渇して来て問題となっている。
 草に含まれるカルシウムと燐の量は,土壌のそれらの養分の量による。殊に禾本科の草では土壌中のこれらの鉱物質の量が大きく影響して,草に含まれるこれらの鉱物質の量の変異の幅が大きい。荳科の草でこれと同じことが言えるが,その変異の幅は禾本科の草ほどではない。土壌のカルシウムや燐が少なくなると草の生育は著しく阻害される。こんな草は家畜も嗜好しないし,他の養分も少ない。そして土壌中のカルシウムや燐が一定量以下になると草は生育しなくなる。殊に荳科の草はカルシウムと燐に対して甚だ敏感である。
 禾本科の草でも,荳科の草でも,土壌中に燐とカルシウムが適量以上にあると,よく生育するし,そんな草は家畜が飽食する。カルシウムや燐の少ない草は同じ種類の草でも,家畜は好食しない。
 青刈や,牧草の栽培そして牧野の草生改良で最も大切なのはこの燐とカルシウムの問題である。草が延びるよき条件を与えてやることは,草の収量を増し,且つ質的にも家畜を健康に育てる結果となる。草の増産にカルシウムと燐の施肥が惜しまれてはならない所以である。
 カルシウムは草から摂らないと濃厚飼料には殆んど含まれていない。燐は濃厚飼料に多いが,燐の含量の少ない草の嗜好性甚だしく劣って来る。穀物や糟糠類は燐は多くフィチンの形で存在する。このフィチンはビタミンDの存在で利用価値がよくなり又粗飼料(主として草)の中の酵素でフィチンの燐の同化は増大するが,一般に草の燐ほどよく利用されないものである。草の燐はそれほどよく家畜に利用される。
 沃度,鉄,銅やコバルトはやはり土壌から草を通じて動物に供給される。これらの鉱物質の必要量は極く少量(例えば牛についてコバルトは飼料の1,000万分の1であるが,動物の生理現象のためには必須不可欠である。反芻動物ではコバルトがないと,第一胃内の有用なバクテリヤが発育しない。コバルト欠除地帯では牛や緬羊は育たないことになる。
 硫黄は動物の生命に必要である。然も無機の硫黄は動物には同化されないから有機化合物の形の硫黄を摂らなければならない。実験に家畜は2つの含硫黄アミノ酸であるメチオニンとシスチン及び他の有機の硫黄化合物からその必要な硫黄を同化する。メチオニンやシスチンが草に多く含まれていることは前述した通りで硫黄についても草はよき給源である。マグネシウム,カリウム,マンガン及び?等も草にも必要であり,そして動物も必要な微量を草に求めている。
 草は家畜のために,いくら礼讃してもし過ぎるということはない。われわれのために蛋白質,ビタミンそして鉱物質の給源として,草食動物の腹を通して,貴重な畜産物を吾々に提供してくれるからである。そしてこのように有用な草は努力次第で,水に恵まれたわが国では今後培養し得る最も厖大な資源でもある。土壌に有機質を蓄積するために耕地に輪作の一環として草がとり入れられ,畦畔提塘に栽培せられ,樹と共に山や丘陵を被覆することによって,われわれの国土を緑で扱い水を治める。かくて農山村が美化され,家畜を思う存分とりいれた安定した経営になることを希わずにはいられない。
水があるほど草はよく育つ。そして健康な土壌ほど収量も多くなるし,栄養の調和のとれた草となる。そんな草を与えた家畜は健康であり,生産的でもある。そして又養分の調和のとれた草の生える国土に住む人ほど健康である。健康な草を生やす土壌にしなければ,われわれの健康は増進出来ない。
 日本の農業の重点は,こんな土壌をつくって行くことに指向されねばならぬ。外米や外麦に依存していては,健康な子孫は育てられそうもない。たとえ政治的に独立してもそれでは前途は余りに暗い。草を調べ草を殖やさねばならぬ,と泌々思うのである。(福島種畜牧場長)
(畜産便りより転載)