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牧野とは

牧野とは

 わが国では牧(マキ)は古くから各地で設けられ,主として牛馬の放牧地を指し,飼草,敷草をとる土地は秣場(マグサバ)と呼んでいました。牧野という文字も当初は放牧地だけを意味し,秣場を含んでいなかったのですが,近年になって両者を含めた草地を総称するようになったのであります。
 旧牧野法(昭和6年制定)によれば,「牧野と称するは牛馬,飼育のため,放牧または採草をなすを目的とする土地をいう」と定義され,家畜を牛馬に限り,また放牧,採草する目的の土地は,牧野として定められていました。
 家畜を牛馬に限ったのは,従来わが国の牧野は牛馬を主とし,めん羊,山羊の牧野はきわめて少なかったからでありますが,昭和25年5月牧野法が改正されて,牧野の定義は「主として家畜の放牧又はその飼料の採取の目的に供される土地(耕作の目的に供される土地を除く。)をいう」となり,牛馬は勿論,めん羊,山羊などを含めた家畜の放牧,又は採草をする土地を牧野と言うようになり,その土地の本来の目的が明らかに他にある場合は除かれています。従って家畜の用に供しない屋根葺用とか,炭俵用の刈草地,純然たる肥料用の刈草地はこれに入りません。
 又旧法では,県の指定を受けて牧野組合(法人)を設立して牧野の維持,改良を図っていましたが新牧野法では管理牧野と保護牧野とに大別され,管理牧野とは,地方公共団体(財産区を含む)が実質上の管理をしている牧野であって,1団地の面積が10町歩以上のものであるときは,当該牧野が立地その他の諸条件に応じて最も効率的に利用されるように牧野管理規程を定め,知事の認可を受けた牧野であります。保護牧野とは,牧野が著しく荒廃し,国土の保全に重大な障害を与えるおそれのある牧野であって,その障害を除去する必要のあるときは,知事はその必要の限度で,当該牧野の所有者又は管理者に対して牧野の改良及び保全に関し,とるべき措置を指示した牧野であります。又河川の敷地や堤防等の草地についても,河川法の規定によって家畜の放牧,採草を許可されたものは,1団地の面積が1町歩以上の場合は,この法律の準用を受けて管理規程を設定することができるようになりました。
 牧野というのは放牧地と採草地との総称であって,放牧地と採草地とが揃っていなければ牧野と称さぬのではなく,どちらか一つでも牧野であります。
 また牧野と牧場との違いは,牧場というのは畜産経営組織の整っている場所をいい,牧野は牧場の構成分子となりうるものであります。耕地が農場の構成分子であるのと同じ考え方であります。競走馬の牧場,酪農の牧場などがこれに当ります。
 牧野と農地との違いは微妙で,採草地を耕耘し,飼料作物または牧草を播いて肥培管理すれば,それは畑即ち農地となりうるのです。しかし耕耘というほど深く耕さず,牧草をばら撒いた程度の者は牧野と見なしても差支えないでしょう。
 牧野と原野という言葉の関係は地租法には山林,牧場,原野とあって,牧野という地目はないので,現状は牧野でありながら地目上は山林であり,牧場であり原野であります。従って同一の土地でありながら,地租法上は原野である土地でも,現実にそこで家畜の放牧又は採草が行われていれば,牧野法上からは牧野となるのです。
 牧野はその経営の集約および粗放の程度によって3段階に大別することができます。その第1は天然牧野で,なんら人工的に経営することなく,全く自然の土地から草を採り,放牧しているものであります。
 第2は改良牧野で,これは天然牧野を土台としてそれに相当の人工を施し,設備を整えなるべく集約的に自然の草を利用して,周到に狭い面積からより多くの生産をあげようと努めていく牧野であります。
 第3は人工牧野で,これは耕耘し一定の施肥,管理のもとに飼料を栽培して,人工的に放牧,採草に供しているものであります。
 わが国における牧野の多くは改良牧野であって,本県の場合もこれに該当し,人工牧野と称せられるものは甚だ少い状態であります。

牧野は何故必要か

家畜の健康におよぼす効果

 家畜を飼育する上に最も重要なことはその家畜をいかに健康に育てるかということであります。これには新鮮な空気の中に放牧して,その健康を高める手段は最も良い方法の1つであります。ことに本県の中国山脈地帯の山岳地に放牧して,育てられた幼畜は,強健な呼吸器を作り,又日光浴によって体の生活力を盛んにし,その上家畜が自由な運動によって,筋骨の均整のとれた発育をしています。
 放牧は発育に必要な栄養分を与えます。即ち草を刈り取って与えるよりも,放牧して生草を自由に食べさせた方が家畜の保健上から言っても栄養上から言っても最も有効であります。特に仔牛においては離乳後なるべく早目に良い草地に放牧するのがよろしい。放牧そのものが家畜の健康上有効であるのみならず,良い草の良い部分を選んで摂取することにより蛋白質と無機成分を吸収するために骨格の発育に大いに役立ちます。

経済的利益

 家畜の飼育上牧野を必要とする今1つの理由として,次のことが考えられます。つまり放牧により飼料費,維持費などを,著しく節約することができます。家畜を牧野で飼育することは,家畜に対し,自然の飼育法であると同時に又最も経済的な飼育法であります。外国では泌乳期の乳牛ですら放牧地に放して搾乳し製乳する所謂酪農牧野が経営されています。わが国でも幼畜の育成,乾乳期の乳牛は傾斜の少ない牧野を使用することが大切であります。
 つまり放牧はこれ等の利点のみならず農繁期における農業労力の分配を充分調節することができ,農業経営を合理化することができます。

土壌保全上の意義

 急峻な生産力の低い土地には,土壌の保全改良上,草や木で恒久的な被覆を行う必要があります。草は最良の侵蝕防止物であり,又土壌中有機物質を増加して地中に発達した草の毛根とともに,土壌の粒子構成を著しく改善することに役立ちます。荒廃した土地に草を植栽し,牧野として利用することは,同時に治山治水に貢献し,国土を保全することにもなります。

土地利用上の意義

 現在利用している牧野を改良して,単位面積からの草量の増加をはかるとともに,未利用のまま放置されている草地を牧野として利用することは,土地利用上きわめて有効なことであります。

本県牧野のあらまし

 本県の総面積は約70万町歩で,北境は山岳連立し山陰山陽の天然の境界をなしています。その支脈は県内に連亘し,峯嶽起伏し,これがため南部を除き平坦地は極めて少ないのであります。即ち土地総反別は53万5千町歩でその内,田畑は11万7,700町歩,土地総反別の22%に当り,山林は約35万町歩で64%に当り原野は1万4千町歩で2%に当っております。
 本県が和牛の生産県として全国に有名なことは,これら生産地に恵まれた牧野があることを物語るものであり,事実山林原野の13%にあたる4万7千町歩の牧野が主として和牛の生産地帯にあります。しかしながらこれらの牧野は地形的,気候的自然環境に恵まれていますが戦時戦後を通じての労力が不足,或は資金資材の不足,更には無計画な牧野経営のため土地は荒廃し,草生は悪化して衰微の一途をたどりつつあったのですが,牧野が畜産の礎をなし,その改良なくして畜産の発達は望まれないという事を再認識し,且つ国土保全の見地から牧野の改良を行い,総合的国土の利用を主眼として本年度から牧野改良を計画実施する運びになりました。

牧野の改良事業

 牧野の改良事業には,隔障物,牧道,水飲場,牧舎,牧野樹林,索道,障害物除去,灌漑および排水設備,土壌改良,飼肥料木の植栽,施肥,草生改良その他適度の放牧及び採草等,種々の方法があります。わが国牧野は相当強度の酸性を帯び且つ土壌は一般に痩せ,燐酸の欠乏は甚だしい現状であるので,酸土を改良し,飼肥料木植栽によって土壌の肥培を実施することが改良の基礎条件となるのです。
 以上の観点から本年度は管理牧野及び保護牧野に対して,土壌改良,飼肥料木の植栽事業に2分の1以内の助成をすることになりました。牧野の改良効果は,この2つの事業だけでその成果を期待することは困難でありますから,管理者はその他の改良事業と併行して事業効果の増大を期することが必要であります。
 牧野改良は対象地の関係上一朝一夕には期待できないので,計画的に気長に,且つ公徳心をもってその改良の実をあげることが肝心です。
 飼料高の今日,家畜の自給飼料のしめる地位は甚だ大きいものがある。家畜の生産育成,畜産物の増産をより一層高めるには,より安価な自給飼料を生産することが先決問題である。この問題を解消して合理的に乳牛を飼育されている勝田郡河辺村の松永仁志君の年間飼料作物の栽培法をここに登載し,読者諸兄の参考に資したい。
 登載写真は去る8月1日飼料圃を視察した際記者が撮影したものであり,向って右は松永君,左は北酪の工藤技師である。この作物は本年5月23日第1回トウモロコシと黒千石大豆の混作(条播)であり,7月18日には高さ6尺5寸,反収予想1,200貫(大豆400貫,トウモロコシ800貫)であった。8月1日現在は高さ9尺余にして大豆の長さは工藤技師の左手の高さ(写真)までであった。この飼料作物は8月10日頃刈取られサイロに詰込みされる予定である。中耕は飼料作物ごとに1回カルチペーターにより行われ(年間6回)昨年は9月上旬に年1回耕起されたのみである。除草は行われていない。