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迎春所感

日本畜産会 副会長 岸 良一

昭和28年は,我が国が講和独立を達成して初めて迎える年で,洵に御目出度く意義深い年と申さなければならない。

◎底の浅い我が国の経済

 終戦以来8年,我が国の政治経済は漸く混乱の域を脱して稍々安定の萌が認められて来たが,仔細にこれを検討して見ると,政治に於ては民主,共産両陣営の挟撃により,常に国内に於ては左右相剋の不安定を醸し,又経済に於ては朝鮮動乱による変則的な一時的好況は訪れたものの,貿易面に於て海外輸出は殆んど伸びず,加えて昨年末の電産,炭労の2大ストにより,我が国の産業会は将に麻痺の寸前に追い込まれたことは未だ世人の記憶に新たな処で,我が国の経済の底の浅さには今更ながら一驚を喫すると共に,洵に寒心に堪えない次第である。

◎政治の刷新と国力の充実

 一方農村に目を転ずると,そこには終戦直後の所謂農村景気は急速に後退して,農村は抱え切れない程の過剰人口と農産物価格の低落に呻吟し,農村二三男対策は今や重大な社会問題として論議の対象となっているのである。
 斯様な国内諸状勢の醸し出されたことも,帰する処政治の貧困と国力の不足に基因するので,吾々日本国民は新春と共に不退転の決意を以って,政治の刷新と国力の充実に努力を傾けなければ,祖国の発展は期し得ないものと確信する。特に経済の自立は現下最も強く要請されるところであり,このためには食糧の自給がその根幹をなすことは論を俟たないのである。
 政府に於ても斯様な観点から食糧増産をその政策の1つとして採り上げてはいるが,相も変らず米麦優先の陳腐な政策に惰し,各方面より批判,論議の対象となっていることは世間周知の通りである。

◎脱却せよ米麦優先政策

 私は食糧問題の解決には,すべからく旧来の米麦優先の考え方を脱却することが先ず先決問題で,特に国民体位の向上,健康増進の見地から,動物脂肪,動物蛋白の給源である畜産物や水産物の増産を図り,綜合的な而も合理的な食糧政策を確立することが刻下の急務であると信ずるものである。勿論米麦の増産を等閑視してよいというものではなく,土地の収益度を昂めるための土地改良事業や用灌排水等農業水利事業を大いに実施することも必要だし,又作物の品種改良やら耕種法の改善も1日も忽がせに出来ないことには異論はない。

◎山の利用と畜産

 但し我が国の立地条件は四囲海を繞らしていることと,国土の8割5分は山岳丘陵であるという点から見て,これを食糧増産の面に如何に活用するかに食糧問題解決の鍵があるのである。
 海は暫く措くとして,国土の8割5分を占める山の利用,山の食糧化(?),これこそ今後の食糧問題解決の重要課題であると信ずる。これには開拓事業を大いに興して米麦雑穀の増産を図ることも一方法ではあるが,私は山の開発,山の食糧化の為には畜産を採り入れることが最も合理的且つ捷路であると確信する。

◎日本民族の宿命的課題

 最近外国から帰った或る学者の話では,瑞西がこの点家畜により山を最も高度に利用しているとのことである。凡そ技術的に耕種農業の傾斜の限界は15度とも20度とも言われているが,家畜を利用する場合家畜の種類によっては傾斜は40度以上45度位は悠々利用出来るので,相当急峻な山岳地帯も家畜による食糧化は可能である。殊に我が国は至る処草資源に恵まれ,山野の草資源は殆んど無尽蔵である。これを貴重な動物蛋白,動物脂肪に換え得るものは家畜以外にないのである。
 勿論斯く申しても私は山の利用のみが畜産の総てであるというのでもないし,又現状を以って直ちに山の食糧化可能なりという論者ではない。その為には牧道の整備,牧野の改善は勿論,幾多国家的に基本的施策が必要だし,又膨大な国有林等との関係も調整する要のあることはいうまでもない。
 敗戦以来小さな4つの島に8,400万の同胞が跼蹐し,年間尚300万トンの輸入食糧を得なければ飢餓に瀕するという現状は何としても打開しなければならない日本民族の宿命的な課題であるので,吾々国民はその叡智を絞ってこの解決に当らなければならないのである。
 私は私の仕事の分野から見て,以上申し上げたことを上解決の1つの方策として敢えて迎春に当り献言し,御参考に供した次第である。