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かまど

杜陵 胖

 やっと石油コンロが買えた。
 ガスの生活から放り出されて,煙りと煤と木炭ガスに悩まされた7年間の生活にやっとおさらばを告げる時がやって来た。配給の炭と薪木を大切にして,細々とやっていた時に,町へ出れば昔のようにガスが出ているのを見ると,何んとなしに癪に障って仕方がなかった。お客があれば「それ火だ」と大騒ぎをして,やっとお湯が沸いた頃にはもうお客は居ないことが度々であった。こんな時にガスがあればなあと何回愚痴を零したか判らない。何んとかしたい。何んとかしなければならない。と思い乍らも,何んともならないで歳が経ってしまった。もうガスなんかも忘れ,炭と薪木の生活にも馴れて,そう大して不平もなくやっていたが,農村の方で台所改善を喧しく言われ,何んとか村が講をしてかまどを改善したとか,あっちの村では婦人会がかまど貯金と養鶏を始めて,台所の改善をしたとか,種々な報告を聞き,記事を読むと何んとなく落ち着かなくなり,相変わらず旧式なかまどで狸を燻し出しでもするように,プープーパチパチ言わせて,涙を流しているのが如何にも時代遅れの代表の様な気がして,人でも来れば「それお茶だ」と,はらはらしたものである。
 池田さんの御新居のお台所には石油コンロが置いてあると新聞記事が出ると何か忘れ物を思い出した様で,こんなものもあるんだなあと言ってはみても,さて……となると二の足を踏むのである。
 或る講習会へ行ったら,丁度他の講師がかまどの改善の話をしていた。その話の中に,日本の材木は年産の8割近く迄は燃料となって燃えてしまい,残りの2割がやっと建築資材になるだけである。ということであった。
 考えてみればかまどを改造して燃料を半減すれば家はもっと安く建つし,山の禿げる率はうんと低くなり,洪水による被害は少くなるので,災害復旧費は他の産業に使えるから,産業はもっと強化されるし,国民はもっと裕福になるし,そうなれば石油コンロやガスがもっと普及して,台所が更に改善されるから,薪炭は益々不用になるから山は益々繁って,美しい日本は益々美しくなって……なんてことになって来る。
 こうなるとかまどの改善費なんかは問題にしないで1日も早く改善すべきであると言う結論になって来る。
 そんな屁理窟をつけたわけではないがともかくどんな風の吹廻しかお天気模様が変って貧乏世帯にもやっと石油コンロが舞い込んで来た。
 女共はオッカナびっくりでおそるおそる使っているし,子供達はいいおもちゃが出来たとばかり頼みもしないのに「お父ちゃんお茶を沸しましょうか」「お母ちゃん御飯を炊いてもいい」とばかり,何んとか口実を設けてはコンロにしがみついて,火を大きくしたり,小さくしたりして大喜びである。
 誰が宣伝したのか近所の奥様連中迄集って来てコレハコレハとばかり時ならぬ井戸側会議が始まって,大変なことになってしまった。然し,まあ念願がかなって,遅ればせ乍らどうやら文化の匂いを嗅ぐことが出来たことは近来にない上出来である。
 これが珍らしい内は当分次の買物を言われないので助かるわけであるが,然しさてこれが日常茶番事になり,使っても有難味が判らなくなって来る頃には又次の品を持ち出されるに違いない。次は何か知らないが,どうせ福の神が来るあても無し,ヘソクリ貯金でも始めるか。