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千屋牛を語る鼎談会(其の2)
阿哲畜産の縦横記

阿哲農改室 牛 涎生

 前号では千屋牛の歴史,原産地,千屋市のはじめ,阿哲畜産会社の誕生,資質,粗食と繁殖関係までを記した。

当時の種牡牛政策

〔土屋〕種牡牛政策というと,他県は外国種を取入れて血液を混ぜた。例えば鳥取県は「ブラウンスイス」を,島根県は「デボン」を,広島県は短角種など外国種の血液を盛んに入れた。けれ共岡山県は入れなかった。和牛の長所を取り入れて伸そうとした。岡山県と但馬位が純粋の和牛を育成したと思うが,勿論内緒では少々は外国種を入れて居たが,政策としては入れない方針をとって来た。第一外国種は角地が悪い。本県は最近といっても20年前に但馬牛の血を入れた。千屋牛は巾が広く姿勢が悪い。毛肌も是正したが,これ等骨のしまりや毛肌,四肢の具合などの改良には但馬牛の血を入れて是正された。千屋牛と但馬牛の長所をつきまぜて,純粋に和牛改良が出来た。但馬牛は背が広くて「ロース」のつく部分が多い。
〔梶並〕千屋牛の美点を益々伸し,欠点を補うという政策をとり,現在の美点は何処迄も伸長さす方針だ。美点としては性質温順,(身体の均勢)品位がよく,胸や体の巾がよい。それを伸してやる。
唯放牧すると晩熟になるおそれがあるからこの点は注意せなければならない。
〔土屋〕兎に角良いところを失わせないようにする。それには馬屋飼をしないことだ。馬屋飼はいいところがなくなる憂がある。千屋牛は慥かに但馬牛で改良は出来たが,始めは素人などは但馬牛の骨格などを見ないで赤毛色をして居ればよいといったものだが……
〔宮崎〕千屋牛も上品になってきたね。
〔梶並〕中国6県の共進会でも何処の牛に比較しても品位がよい。

登録事業の簡素化

〔土屋〕広島はがっちりしているが,垢抜けがしない。但馬牛と千屋牛を合わすと日本一になるのも無理もないと思う。次ぎに登録事業であるが,これは登録と改良は表裏一体で一致すべきものだ。又一致していなければ,一致さすべきだ。というのは登録(血統の問題)は血液がよくなければよい子は出来ない。ただ事務(登録)は繁鎖であるからだ。
 これを簡単にするように相当年月をかけても訓練する必要がある。今これを緩めると悪用される憂がある。
登録は正しくする必要があるね。
〔梶並〕つまり牛の経済価値を安定さすことは血統証明にあるが,親はよいが,子は悪いでは困るから,つまり波にならないように,価値を固定させなければならない。
〔土屋〕事務は簡素化する必要が大いにある。現在本登録牛は全国で3万頭といわれているが,もう京都の倉は書類で一杯になったとか。?
〔梶並〕今の目標の240〜250万頭位は出来るかなあ。
〔土屋〕2,3万頭でもうへこたれている。
〔梶並〕和牛だけでも300万頭ですからね。

有畜農家は繁栄

〔宮崎〕僕はここで少し畜産指導の心構えについて考えて見たい。今,郡畜連(阿哲郡畜産農業協同組合連合会の略称)は主として農家の家畜の販売,改良,登録など畜産発展の為全般の指導をしているが,これ等は県の畜産課や種畜場などと緊密な連絡の下に指導している。ところが,何故に本郡内の畜産業の全国的に評判がよくて,戦後逸早く起上ったかというと,それは今お話しを願っている畜産界の権威者である土屋さんなどの居られた関係もあり,また畜産農家の頭にも実際面の経営について永年の体験をもって居たからだ。
 放牧地帯,採草地帯,某他有畜農業面のよりよき計画のもとに挙郡的に愛畜心に富み,各町村で品評会を行い,郡でも共進会を行って,お互に比較品評し其の会には老若男女が集り,共進会模様を語り合って,切磋琢磨して今日のようになった郡畜連も畜産を離れて今日農家の経営のなり立たないことを強調している。材木など県道沿いであったら成立つにしても,この畜産は立地条件を論ぜずに成立つし,また畜産を取り入れてこそ農業経営が順調に行われ,その農家は何代も継続している。

畜産と現金収入

〔宮崎〕これは畜産を取り入れなかったことに原因している。農業を繁栄さす畜産は現金収入の大きな部門をしめているのみならず総ての産業に寄与する点が多々あり,畜力の利用もさることながら家畜によって生産される堆肥は耕土を培養し,農作物の多収という結果になる。牛を繁殖さすと現金収入の多くなる上に,畜力と堆肥と農作が比例して来る。
 われわれの先輩は千屋牛という日本一の和牛を伝えてくれたので,これを益々繁殖さして子々孫々に伝えなければならない。
 阿哲郡の牛の共進会の模様を見ても他所には味わうことの出来ない空気が窺える。
 それは老若男女が会場内に溢れて畜産に強い関心を有しているということで充分わかる。

ノレンが物をいう

〔土屋〕上房,川上の血統証よりか,阿哲郡の血統証がついた牛の方が取引においても1,2割方高く取引される。この点長年努力して来たお蔭でもあり他郡より優れているという証拠にもなる。材木でも銘柄を尊重するように例えば吉野杉が評判のように,阿哲の牛もノレンが物を言うのである。
〔宮崎〕阿哲の農家は早やくから牛を取り入れたので先祖の代からも農業経営は比較的発展した。最も阿哲郡には県下でも有数な技術者である梶並さんや前代議士土屋さん等が居られるのでこれが大きく影響している。また反面に畜産を奨励している村が経済も文化も発展していることは何も誇張でもなく実際が証明していると思う。
 岡山市の池田隆政氏は畜産家になられた。阿哲郡で牛を飼う者を下作下品だと称えるものこそ認識不足というようり外なく,この点大いに考え直し,牛を飼って農家経済を豊かにするということを,教育方面にも大いに強調して,次代の国民を育成して貰いたいものだ。

外国では貴族が牧畜

〔土屋〕英国辺りでは貴族階級が牧場経営をしている。例えばサラブレッドなどがそれである。日本では牛飼土百姓と賤称貶下しているが以ての外である。
 乳牛など早やくから北海道で経営していた加賀の前田侯で前田牧場というのがある。
〔宮崎〕畜力の利用即ち農耕に野生の牛を訓練した百姓は偉い。経済上から見てもその利する点が大きい。畜産によって衣食住が裏付けられることを考えると悲観せずに一生懸命大いにやってほしい。

理想的な飼料

〔梶並〕飼料の話しですが前にも申しましたように,余り濃厚飼料をやらない方がよく,牧草で飼うようにして成る可く草類を与える。冬期間は乾草やエンシレージを与えるように,冬期間暗い馬屋に余り繋がずに天気のよい時には外に出して繋ぐ。理想的な馬屋は冬は暖く夏は冷しいのがよく,牛は絶えず外に出して日光浴をさせることを忘れてはならない。
〔宮崎〕山蛆や虱がわくことがありますが。
〔梶並〕衛生にも気をつけなければならない。
〔土屋〕愛畜心の涵養は一面経済的な面も伴っている。
〔梶並〕家の建方が畜舎と一緒になっていることは寒いから,囲炉裡で焚火して暖がとれ,家畜と家族の一員であるという愛畜心の象徴である。
 この家族主義は他所には見られない風景である。
 衛生上嗅気とか蝿の問題もあるが,人側の言分であり,近来はDDTで解決される。
〔宮崎〕畜産は経済面に大きく占めている割合に畜舎はお粗末なものですね。
〔土屋〕先程の飼料の問題ですが,これは是非牧野の改良をしなければならない。採草地の草種の改良も大いに必要である。本郡は雨が多いので草生えは良好であるし,又これをやることによって和牛の改良も出来る。その成否の鍵は草生改良である。畜産の指導団体や普及員は此の点については大いに努力してもらいたいね。
 高いフスマをやって乳の出ない乳牛を飼うよりか,よい草で飼うことを考え,又和牛も濃厚飼料での飼育をやめさすようにする。日本人は西洋人のように草一本が牛乳の何滴だといって草を大切にすることを見習い,秋の落穂を1つ1つ拾う心構えを忘れず1本の草も大切にすることと飼料は草であるという観念を持つことが必要ですね。
〔宮崎〕百姓は「子飼い」ということをいうが,あのように草1本1本に気をつけて家畜の飼料を産み出すように不断から注意することが大切ですね。

エンシレージについて(以下牛涎生追記)

 空気の流通を遮断して重圧を加えることにより,乳酸菌及び酢酸菌の低温醗酵を行わせ,材料中の多糖類を乳酸及び酢酸等の有機酸に変化させて,腐敗「バクテリヤ」の作用を阻止させ腐敗をふせいで更に蛋白質の一部を「アミノ」酸に変化させ消化し易くさせるのである。

エンシレージの作り方

材料
 玉蜀黍,青刈大豆,青刈燕麦等の飼料作物,甘藷蔓,蚕渣,桑葉,大根茎葉等の残滓物,緑肥作物,其他雑草
 材料はその儘充填して差支えないものもあるが,水分の多いものは幾分乾燥して,水分の含有量を按配する。
 凡そ水分70−75%位が最もよい。
 又長い材料は細切れにしないと空気の排除が出来ず取り扱いに不便である。
詰込の要領
一.サイロの中へ詰込材料を1尺位投入して充分踏み付けること。特に周囲の踏付けに注意して空気を残さないようにする。
一.作業は迅速にし1尺宛踏付けて初日に少くも7分目位充填し圧蓋をのせ丸太を並べて重石をかける。
一.1両日すると沈下するから前と同じように詰込をする。
一.詰込は2,3回に分ち1週間以内に終るようにする。
一.最後に切藁又は雑草類を約5寸厚さに踏込み,その上に蓆を敷き更に土を入れて搗きかため外気と遮断し其の上に前同様重石をする。
一.重石は窖口1坪につき約300貫とし取扱いに便利な適当な石を積重ねる。(凡そ窖口直径4尺のもので200貫,5尺のもので250貫,6尺のもので300貫位)
踏付充分であれば塩を加える必要はない。
かくして1週間位にて醗酵して40−45度に達し約1ヶ月半で出来上る。

(以下次号)