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乳牛のお産と搾乳

岡山県酪農協会

三.発情と妊娠の徴候

 牝牛の発情は21日の周期で起るのが普通である。仔牛が生育して早いものは7ヶ月普通では9,10ヶ月位になると発情が起るようになる。卵巣中の卵子が成熟してくると,脳下垂体前葉から分泌されるプロジランAと称する,ホルモンの作用で卵巣に濾胞を形成し卵胞ホルモンを分泌して起る現象で,牝は牡を慕い交尾を許容する状態となる。卵子が排出された後に黄体が形成されて,黄体ホルモンを分泌し発情徴候を抑止する,これが発情周期であって妊娠するまで21日目毎に繰返す。発情の徴候は

 イ.不安の様子をし牛舎の中を歩きまわり特徴のある鳴声を発する。
 ロ.牡を慕い求め牝牛同志でも1頭が発情して居れば乗り合い,発情して居る方は温情しく乗せる。
 ハ.人が後躯,尾,陰部にふれても嫌わない。
 ニ.外陰部は充血して潮紅し稍ふくれ,透明で粘稠な液を分泌し,時によって尾をよごして居る場合もある。
 ホ.飼料の食いが悪くなったり全然食わなくなるものもある。
 ヘ.泌乳中の牛は乳量が減少したり,反対に急増するものもある。

 1頭飼いの場合牛によってはその徴候の非常ににぶく判り難いものがあるが,前述の1項でも該当した様子があり,発情と判定し難い時は,近所の和牛でもよいから借って来て2頭を一緒にしてみると発情か否かは牛が教えて呉れる。
 発情の持続時間は大体21時間位で排卵の時期は発情の終期であるから,種付の時期はそれを見はからって付けると妊娠率がよい。大体人が発情を発見するのは,始ってから5,6時間後のことが多いから,それから12−13時間目頃が種付の適期である。牛によって発情の持続時間に長短があるから,飼養牛の発情の型をよく研究認識しておく必要がある。
 乳牛が妊娠したかどうかは,外見だけではなかなか判らないもので,多年乳牛を飼養しているものでも確信がもてないものである。その徴候は

 イ.発情の閉止
 ロ.陰唇のしまり工合(妊娠の初期尾を持って静かに持挙げると,牛は陰唇をしめる,そのしめ工合で判断するのであるが慣れて勘が働くようにならぬと一寸難しい)
 ハ.妊娠5,6ヵ月位となると腹囲は大きくなる,左側は第1胃があって,胎児は右側であるから右下腹部が膨大してくる。
 ニ.胎児は3ヵ月位から動くようになるが,外部から判るのは5ヵ月位からである。これを触診するには,右側下腹部を手で押すと胎児の動きを感ずる,又7,8ヵ月にもなると食後とか飲水後とかに,胎児が動いているのが外から見える時がある。
 ホ.初産の乳牛の乳房は,3ヵ月位から少し宛大きくなって搾れば水飴状の粘稠な液を出す様になるが,これは飴が出るから「ニュウ」になったと,和牛の商人や一般農家の人達がよくすることであるが,折角乳頭の先端に蓋が出来て,細菌の浸入を防ぎ乳房炎の予防をしているのに,搾ってその蓋を取ってしまうと,乳房炎を起こすことが間々ある。分娩前に乳房炎にかかった時は,大概の場合畜主は気がつかず,乳の生産に大切な乳腺細胞が,すっかり犯されて駄目になり,分娩した後初めて気がついた時は,3本乳の片輪となっている。自身はもとより,他人にも絶対飴を搾らせないよう注意せねばならない。
 ヘ.経産牛で泌乳中のものは,受胎後2ヵ月位たつと次第に乳量が減少してくる。又肉もつきやすくなる。

 妊娠の鑑定は外部からだけでは,判定が仕難いもので,その判定を誤ると牛の空腹の期間が長くなり,損害も大きいが,近来直腸から手を入れて妊娠を鑑定する方法が普及され,熟練した人は受精後1週間位で適確に判定できるそうである。普通2,3ヵ月経つと充分判るようになったから,その時期に獣医師に鑑定して貰い,繁殖の時期をはずさないようにすべきである。
 他に牝牛の尿,血液とか膣垢によって早期に妊娠鑑定をする方法が考えられているが未だ一般に普及されていない。
 種付後翌日又は2日目に陰部から,出血を見ることがあるが,この出血は受胎には関係がない。

四.流早産の徴候と原因

 折角受胎して子の産れる日を指折り数えて待っているのに,それを見事に裏切るのがこの流産または早産である。
 流産又は早産する時の牛の様子は,月の浅いもの程軽く,2,3ヵ月では往々にして気の付かない間に流産していることがあるが,牛は不安の様子をし,ときどき腹痛が起るので左右の腹を省み,又後肢で腹を蹴る。尾を僅に挙上し,陰部から粘液を漏出する,糞は大概の場合下痢便である。7,8ヵ月も経った早産の様子は後述する正規のお産の時と同様である。2,3ヵ月の流産の場合は娩随も一緒に出てしまうが,6,7ヵ月以後のものは娩随の残ることがある。流早産の徴候を人が気付く時分は,既に手当の方法もないから後で述べるお産の用意に準じて万端準備をしておくとよい。
 初腹の流早産の前には急に乳房が張って来る。又経産で搾乳中のものは急に乳量が殖え細心の注意をして居れば予知することが出来るから獣医を呼んで診察して貰い,未だ胎児が生きておれば流早産を止めることが出来る。
 流早産の原因は機械的なもの,中毒によるものと,細菌,微生物による伝染性のものとがある。
 乳牛が悪戯をしたり,人を突いたり蹴ったりしたので,人が腹を立てて棒や搾乳用腰掛で処きらわずなぐると,その当り所が悪く腹にでも当ると間々流産することがある。「うっぷん」を晴したつもりがかえって,災は自分に振りかかって来る。短気は戒しむべきである。乳牛を2頭以上飼っている場合,牛舎の出入や運動中,又は舎内で1頭がはなれ他の妊牛を突いた時とか牛同志の傷害や又すべって転んだり,溝に落ちて腹部を強打すると流早産の原因となる。冬期常に温い飼料や温水を給与されている牛が,労役や運動の後渇するままに凍るような水を多量に飲んだり,飼主の不注意で凍った飼料を与えると流早産することがある。
 飼料の醗酵したもの,腐敗したもの黴の生じたものを給与すると,中毒して流早産をする。殊に大豆粕等蛋白飼料の腐敗したものは恐しい。稀ではあるが,麦類,麩,麦糠の中に麦角が混入していてその中毒で流早産することである。
 伝染性のものはブルセラ(流産菌)によるものと,トリコモナス原虫によるものとがあるが,いづれも法定伝染病である。牛の購入の時又種付の時人工授精の際の器具の消毒等に細心の注意が必要である。原因不明で流早産を何回も続けるものは,これ等のものに犯されている疑が充分にあるから獣医師に厳密な診断をして貰うべきである。

五.膣脱

 妊娠の末期になると,胎児が大きくなるのと,骨盤や靱帯其他の組織がゆるみ牛が臥ると腹圧が加わるので,膣が押し出されて陰門から赤く丸い握拳大の膣を出す。未だ若い牛にはごく稀であるが,常日頃濃厚飼料と藁だけで飼って,良好な粗飼料や鉱物質を給与されていない経産牛に多発する。これは放っておくと膣脱の部分に汚物がついて立つと中に入り膣を汚染するし,膣粘膜を損傷したり,ひどいのになると壊疽する場合もあって分娩の時に難産することもあり,子宮内膜炎をひき起すこともあるから,早急に治療する必要がある。その療法はその膣脱の部分を消毒し3%の明ばん液で洗い整復し,牛房は前低後高となるよう厚板や俵,藁等を敷き臥た時後躯が高くなるようにすると,軽いものはそれだけでも治るが,それでもまだ出るものは圧締帯をしなければならない。圧締帯の作り方は経験のある人か,獣医師に聞いて教わられたい。