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乳牛のお産と搾乳(三)

岡山県酪農協会

六.分娩の徴候

 乳牛の妊娠日数は,前述した通り280日位であるから,分娩予定日が近づけば,牛舎をきれいに掃除をして,敷藁を充分に入れて,いつ産んでもよい用意をする。牛の体は念入りに手入れをし殊に後躯は特別に清潔に汚物をつけていないようにする。
 分娩の近づいた徴候は,下腹部が膨大することは勿論だが次の諸点に気をつける。
1.乳房は1ヶ月位前からかなり大きくなっているが,分娩が近づくと益々大きく張って来て,4,5日前位となると寝起にも邪魔になる位となり,乳頭も凛と張り力が入ってくる。乳孔の締りの悪いものは初乳を漏らすようになる。
2.陰唇は大いに腫大し,だぶだぶになった感じがするようになり,濃厚な寒天を固めたような粘液を漏出して,陰部にぶら下っている。
3.尾根の両側肛門のすぐ上の薦座靭帯が,弛緩して陥没してくる。
4.分娩直前には食欲が減少し濃厚飼料を残すようになる。又全然食わなくなる。
5.分娩前日位から糞が軟くなり時には下痢便となる。
 以上の徴候が始まると,分娩が接迫したのであるから,産馬屋の用意のある所はそこに移し,直射光線を避け落着いて分娩させる様にする。

七.正常分娩の経過

 分娩数時間前に陣痛が始る。母牛は不安となって牛房の中を歩き廻ったり,臥たり起きたりして,時々自分の腹部を眺める。そして尻尾を少し持ち揚げて居る。この陣痛は前躯陣痛と言って,初めは弱く間隔も長く,他からは認めがたいが次第に痛みも強くなり,間隔も短くなる。胎児が子宮頸に進入する時分は痛みが激しくその都度吼える。人の気がつくのは大概この時分である。この時分から本当の分娩陣痛になって,牛も無中,人もそわそわする。やがて第一の破水がある。手をよく洗い消毒して静かに陰門から挿入して見ると,胎児の前肢に触れる。次に陰唇の間から中に羊水を満した胎児膜が,玉のような形が出て来る。この時分になると牛は大概横臥する。陣痛も次第に激しく2,3分おき位になって,その都度怒責し,やがて胎児膜は破れ第二の破水をする。そして陣痛と怒責は益々強く早くなって,仔牛の前肢があらわれ,次に頭を出し,胴が出,後肢が出て分娩は終る。非常に長い時間かかる様に思われるが,胎児膜がのぞいてから,20〜30分間で終る。

八.分娩後の処置

 仔牛は産れると直ぐ呼吸を始める。やがて母牛は立ち上る。臍帯は大概この時自然に切断される。もし切れない時は34寸臍の緒を残して鋏で切断する。自然に切れた時も切った時も,臍に沃チンか赤チンを塗布して置けばよろしい。昔は臍の緒を結括して切断して居ったが,括るといつまでもじめじめしてなかなか乾燥せず,かえって悪い結果になることが多い。
 母牛は立ち上るとすぐ仔牛の体についている,胎水,粘液を舐めて乾かすものである。初産の母牛や,難産の後では時として舐めないものが居るから,仔牛の体に麩等を振りかけて舐めさすように努める。どうしても母牛が舐めない時は,乾いた藁屑や布で仔牛の体をよく拭き粘液を取り去り,同時によく摩擦して早く乾燥さし,同時に血行をよくしてやる。殊に冬の寒い時は成るべく早く乾燥さして毛布等をきせ,風邪を引かないようにしてやる。仔牛の処置がすんだら,バケツ一杯に3〜4合の麩と一つまみの食塩を混ぜた温湯を,母牛の飲むだけ充分に与える。3〜4杯は飲むものである。この麩汁はお産によって失った大量の水分を補給し,又疲労を修め,急に空になった腹を幾分かでも満して,後産(娩膸)の娩出の力ともなり,且つ産後の日立に大いに役に立つものである。
 充分に湯を飲んだ後,母牛の体を藁で摩擦し発汗した汗をとり,全身の血行をよくしてやる。この摩擦は産後の健康に非常に役立つものである。この時1〜2本のビールを飲ますと元気を快復し,後産の娩出を早め,産後の日立ちに大いに効果がある。これ等の手当が滞りなく終ったならば,汚れた敷藁を取り替え充分に補給して,静かに休養させる。
 後産は分娩後2時間乃至6時間位で娩出する。この後産を放置すると母牛が食うが,胃腸を損ねることがあるから,直ちに取り去る方がよい。その時完全に出たかどうか調べる必要がある。以上は正常なお産の経過とその処置の概略であるが,正常であるかぎりあわてて胎児を引き出すことは,産道に裂傷を作る原因となり反って害がある。静に自然の分娩を待つ方がよい。

九.異常分娩の見分け方とその処置

 牛が産気づいて胎児が陰門から現われた時,手をよく石鹸で洗い,2%のクレオリンかクレゾール石鹸の溶液で消毒し牛の陰門とその周囲もよく消毒して後静かに膣内に手を入れて見ると,仔牛の前肢に触れ,次に鼻先に触れる。これは正常な分娩であるから,あわてる必要はない。初め後肢に触れ,深く手を挿入して尻や尾に手がさわればこれは逆児である。前肢と後肢との判別の仕方は,前肢は蹄の正面が母牛の脊の方に向って居り腕の関節は小さい。後肢は蹄が下方に向い飛節の関節は太く大きい。
 逆児の時と正産でも胎児が大き過ぎる時は,助産の必要がある。逆児の時は後肢が陰門の間にのぞいて来た時,胎胞が出て1時間以上経過しても,前肢が出て来ない時は,肢の球節の上部を消毒した柔い綱又は,晒木綿を6,7尺に切って2つにさいたものを,消毒して,左右の肢を別々に輪にかけてしっかり引締め,母牛の脊線を直線に後肢の方へ斜めに,母牛の怒責に呼応して引張る。この時無理に時をかまわず引張ったり,方向を誤ると産道に裂傷を与え,余後を悪くするから充分注意深く引張り,陰門にはワセリン又は無刺激の油を塗り,会陰が裂けないように保護しながら引く。筆者の経験では注意さえ充分ならば,3〜4人の力まではかけても差支えない。
 逆児は後肢の出る時分は,臍帯の血管が骨盤で圧迫されて,血行が止るから,時には仮死の状態で産れることがある。その時は鼻孔に入っている,粘液を取り去り,口を開き舌を引出して,人工呼吸術をしてやれば大概呼吸を始める。時間が経ち過ぎると手遅れになるから,直ちに手当をしなければならない。鼻孔の粘液を取るには仔牛の体を後肢を持って逆にぶら下げると大概は出るが,確実な方法は一寸きたないようであるが,人の口で吸い出してやるのが一番よい。
 陰門から手を入れて見て,前肢が2本あって頭にさわらなかったり,肢が1本しか出てなかったり,陣痛怒責が激しいのに胎児が全然手に触れない場合,又胎児が過大で少々引張っても娩出しない時は,出来るだけ早く熟練した獣医を迎え適当な処置をして貰う必要がある。徒に時間が経過して仔牛は勿論母牛までも殺して,元も子も無くするようなことのないよう,素人の手療法で暇取って手遅れとならないことである。(つづく)