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蒜山地区へ乳牛2,000頭は可能
調査団実地調査成る

 人生には夢があり,理想がある。この夢の現実化に向って邁進することが社会の進歩であり発達である。
 蒜山地区に乳牛を導入すると言う夢は先人達によって画策されたがそれは観光地としての一風景を添えるための計画であって,決してその地方の産業の飛躍を基礎づける程大きい計画では無かった。広大な平原をバックとして設計された先人達の夢は所謂夢であって実現性の乏しい計画であった。然し乍ら時代の進展は何時迄もこの蒜山原野を放置する者では無く,国家として高度に活用する事が要請せられるに至り,所謂大山出雲特定地区として国の総合開発地域に指定を受けるべく各種の調査と研究が進められ,就中県が岡山大学農学部に依頼した基礎調査,その他に於ても蒜山地区の産業振興の対策と将来性については結論的に酪農を取り入れることが最適であるとされたので,県は今般立案実施中の酪農振興計画に於て酪農の本来の姿と乳製品消費に対する生産費の占めるウエイトを考慮し,作州地区に重点を置くこととなり,特に蒜山地区については綜合開発計画と併行して農林省の企図する高度集約酪農地としての指定を受け,相当数の乳牛を導入して一大酪農地の造成に努力する事となったのである。
 然し乍ら凡そ酪農の経営に当っては各地の立地条件に支配される分野が多く地方民の熱意の程度のみにも解決し得ない幾多の問題が存在するのであるが現在までの調査の結論に就て酪農が最適であるとするならば,更に自然的,経済的,個人的各種条件を更検討し,酪農を実現するための施策なり方法なりを発見し隘路を打開することが必然的に必要となって来るので,従来の各調査で尚不足の諸点を調査し民意の現況をも調査する為去る6月23日から26日まで畜産課を中心とし,農業改良課,農地開拓課の応援を得て調査団を現地に派遣したのである。調査の範囲は蒜山特定地域の主体をなす二川村(特に湯原ダムによる水没地域との関連性があり,耕地の減少による将来産業の対策等の関係あり)中和村,八束村につき主として次の項目につき担当者を決定して調査を実施したのである。


蒜山地区酪農振興調査報告書を知事へ提出
向かって左から三木知事、藤本農地経済部長
惣津畜産課長、蔵知畜産係長(知事室にて)

基礎調査項目

 一.牧野改良
 二.草生改良−草生の現況の把握
 三.飼料作物と輪作裏作との関係(畑作の現況と将来)
 四.牛舎改造及びサイロの設置計画
 五.堆肥舎の改造及び建設計画
 七.酪農工場設置位置の検討

地域の概況

自然的概況

 本地区は真庭郡の最北部,川上村,八束村,中和村,二川村及び湯原町を含む全面積23,081町歩に亘る広大な地域であって,次の3種の形態が考えられる。

(A)川上,八束地区
 蒜山三山を背梁とした山麓に連る一大盆地であり,特殊な地勢を形造り,地質は北部は輝石安山岩,火山岩層,沖積層であり,中南部は花崗岩,石英斑岩であり土壌は北部は火山灰土,中南部は砂質土であるため地味は特に悪い。
(B)中和地区
 川上,八束地区の東部に位し,村中心部以北に於て盆地をなし,南部地区は稍山梁の傾斜急峻であるが北部は可成平坦地である。地質は殆ど全部花崗岩である。土壌は砂質土であり,地味は良くない。
(C)二川地区
 川上,八束地区の南部に位し,地形的には平坦地少く地質は大部分が花崗岩で一部東南部に石英斑岩がある。土壌は砂質土であり地味は良くない,特に東南部肥沃は地区の水田78町歩,畑38町歩は水没地区であるので残存地区は殆んど山林と不良地である。
 気候は寒冷であり年間平均気温摂氏12〜13度降雨量1,800〜2,000oである。
 降雪の初めは11月中旬,終雪は4月上旬で降雪日数は凡そ138日間である。
 降霜期間は凡そ197日間で初霜10月中旬終霜は5月初旬である。
 雨雪日数が年間203日,更に曇天日数を加えれば年間日照時間は可成り少いことが想像される。

経済的概況

 農業の生産性は低く,稲作収入が最も主なるものであり次いで,煙草,畜産,林産がこれに続くものであって,所謂米と煙草と牛と木材,炭が産業の殆んど全部であって就中米と煙草は本地区の重要産業であり,特に煙草は古くから山中葉として知られ,作付面積も多く現金収入の有力な産業であるが作業労力の過重と青年層の農業経営に対する再認識等に起因して作付面積は漸減しつつある。
 畜産も亦この地方の重要産業の1つであるが従来馬産に重点を置いての奨励であったため一時は軍馬補充部も設置されたが,交通の不便と飼料費の割高等のため廃止されたので馬産は次第に和牛に切り換えられて来た。然し乍ら農業生産上の和牛の占める分野は低く農家経済に及ぼす影響も少いため,新に検討が加えられている現況である。
 畜産の原動力である草生の状況は極めて悪く,地区民の草生改良に対する意識も低く従って優良な家畜の生産は望まれず,和牛の生産も低調である。その他馬の生産も行われているが,所謂農馬であって馬格も小さく利用範囲が狭いようである。近年山羊,鶏の飼育も増加して来たが,これも一般に普及する迄には到っていない。
 林業はこの地方の最も大きい資源であるが年々の伐採で生産量は低下し,特に木炭の生産も減少をたどりつつあり,ここ数年を出でずして原材の確保も困難になる懸念が濃厚である。鉱業では沖積層地帯の一部に硅藻土生産があり,その埋蔵量は殆んど無尽蔵であると言われているが,現在発掘しているのは1ヶ所であり,地方産業としての地位も低い。
 その他特にとり上げるべき産業も無く,従って地区内農家の収入は稍低位にあると認めざるをえない。


高校生もまじえた八束村座談会場


川上村座談会場

酪農に対する地区民の意欲
 大山出雲特定地区綜合開発計画に基く地区民の綜合開発に対する熱意は強く,特に岡山大学農学部の行った蒜山原土地利用の基礎的調査の結論として酪農を主体とした農業経営を入れることが最も適当であるとの決論が得られたので,其後地区民の酪農に対する熱意は急速に高まり,就中青年層にこの傾向が強く引きつづきこの問題に対する研究が続行されているので一般の意欲は相当高揚されている。次に本調査団の行った座談会を通して見られた状況は次の通りである。

(A)二川村(会場は村役場議場)
 集会者は約50名位で一般に中層者以上が多く酪農の受入れに対しては積極的であり,意見も活発であり,特に湯原ダム建設による水没地区の関係もあり,将来の地区産業の在方に対しても真剣に研究が進められて居り,酪農化に対する意思は強いものが見られた。
(B)中和村(会場は農協2階)
 一般来会者約40名,学生40名計80名位であったが地区内では一番認識が足らず,一般の意欲も低調であるが一般指導者の間には将来を考え積極的に研究が進められているので,今後の指導の如何によっては希望が持てるようである。
(C)八束村(会場は公民館)
 一般来会者60名,学生60名計120名位であったが一般的には可成導入を希望する声が強く,意欲は充分ではあるが,青年層と壮年層,更に老年層と相互間に相当意見の相違があり,青年層は自力で導入せんとの意欲があるが壮老年層の間には依然として助成を希望し,自力で行う意欲に乏しい。乳牛導入の必要性は感じつつも投資に対しては依然消極的であり,事毎に助成を希望する声のあることは残念である。
(D)川上村(会場は役場議場)
 来会者は一般人を含めて120名位であったが地区内では一番熱意が高く,村当局並びに農協の準備も充分であり,希望する声が強かった。特に青壮年層の意欲が強く,既に27年度より牧野改良草生改良等に着手して居り,草生条件も八束より良いので将来性がある様に思われる。

牧野

現況及び対策

(一)二川村
 (イ)牧野面積
  現在牧野として利用されている面積は957町歩
   (管理牧野226町(内放牧地8団地194町,採草地1団地32町)
   (その他の牧野731町(内村有691町,個人有40町)
であって林野面積の約15%を占めている。
 (ロ)改良対策
  二川村の牧野は一般に急傾斜地が多く改良牧野に該当するので改良事業は第一段階においては障害物の除去,土壌改良,飼肥料木の植栽並びに施肥等によって現在の草生の維持,増収を図る必要がある。
(二)中和村
 (イ)牧野面積
  現在牧野として利用されている面積は841町歩(放牧地292町,採草地549町)で林野面積の約23%である。
 (ロ)調査地の概況
  @ 採草地(常藤部落東方及び北方の丘陵地帯)
   10度前後の緩傾斜であって乳牛の放牧地に適する。植生はわらびを主体としねざさ,しばがこれに次ぐ,わらびは毎年4月下旬から5月上旬の間に火入れを実施していることに関連性を有するものと思われる。
  A 別所放牧地は林間放牧形式であって,牧野としての改良事業を行う必要がないと認め調査を省略した。
 (ハ)改良対策
  常藤地区の採草地は高度集約牧野としての可能性があるので,改良事業に於ては障害物の除去,起土,土壌改良,燐酸施肥,牧草導入,牧道設置等を行って採草地の牧草畑化を図る必要がある。
(三)八束村
 (イ)牧野面積
  現在牧野として利用されている面積は
  一.609町歩
  (管理牧野162町45(内地放牧地120町35採草地42町1)
  (保護牧野85町(採草地3団地)
  (その他の牧野1,361町55(採草地)
である。
 (ロ)調査地の概況
  @ 宇田川奥産地,A同丘陵台上(いずれも共同採草地),B 百合原牧野(放牧地)
  上3ヶ所共蒜山原野であって10度前後の緩傾斜である。
 (ハ)改良対策
  前記の3地区はいずれも高度集約牧野としての可能性があるので改良事業は障害物の除去,起土,土壌改良,施肥,牧草導入,牧道設置,隔障物設置等によって牧野の高度化を図る必要がある。
(四)川上村
 (イ)牧野面積
  現在牧野として利用している面積は753町38
  (管理牧野509町16(内放牧地180町58採草地328町58)
  (その他の牧野244町22(放牧地200町採草地44町22)
である。
 (ロ)調査地の概況
  @ 白髪牧野(放牧地)
  A 茅部開墾地(放牧採草兼用地)
  上の内白髪牧野は15度前後の傾斜地であるが茅部地区は概ね平坦である。
 (ハ)改良対策
  前記2ヶ所の内茅部地区は全面的に高度集約牧野としての可能性があるが白髪牧野は一部分のみ可能である。可能地以外は改良牧野としての改良計画に依る事が望ましい。

植生状況

刈  取(坪 刈)調  査  地 科  数 種  数 反当生産量
中和村 常藤採草地 13 22 (坪340匁) 102貫
八束村 宇田川奥窪地共同採草地 17 28 (坪600匁) 180
 〃  宇田川奥丘陵台上共同採草地 16 21 (坪400匁) 120
 〃  百合原放牧地 13 17 (坪600匁) 180
川上村 白髪放牧地 15 25 (坪880匁) 264
 〃  茅部開墾地内放牧採草兼用地 7 14 (坪 1貫) 300

 刈取調査地内に自生している植物を調査したところ次のとおりであった。
 中和村常藤採草地は22種類でわらび,ねざさ,しばが多く,わらび型である。八束村,宇田川奥の窪地は28種類でしばが多くわらびがこれに次ぎ,しば型である。八束村宇田川奥丘陵台上共同採草地は21種類でしばに次いでねざさが多く,しば型である。八束村百合原放牧地は17種類でねざさ,わらびが多く,ささ型である。川上村白髪放牧地は25種類でわらびが多くやまはぎ,しばがこれに次ぎわらび型である。川上村茅部開墾地内放牧採草兼用地は14種類でしばが多く,かや,ねざさがこれに次ぎしば型である。

(以下次号)