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乳牛のお産と搾乳(六)

岡山県酪農協会 松田主事

五.しこりの取り方

 乳牛は分娩近くになると,卵巣や脳下垂体から分泌される色々のホルモンの作用によって,乳房の各組織殊に乳腺細胞が盛んに増殖され,又血液の流入量も増加して,初乳を生産し貯える,その上血行の急変によって漿液が乳房の組織に貯漕して,乳房は膨大し産期が近づくに従って,益々大きく固く張り,ついにしこりが出来る,甚しい時は乳房だけでなく下腹一面胸部までも浮腫が出来る。いよいよ分娩すれば猶固く脹って,人の頭にさわるような感じになる。
 乳牛の能力を充分に発揮さす為には,このしこりを1日も早く解きほごさねばならない。長くかかっても分娩後12,3日以内にはとりたいものである。このしこりを一月もそれ以上ものこすと,能力のおちることは勿論であるが,乳房炎の原因となることもある。
 しこりを解きほごすには温罨法とマッサージを行う。その方法は産後搾りきりを行った時から,搾乳が完全に終ったならば,摂氏47−48度即ち手を10秒間位つけて居れる温度の湯を用意し,タオル2枚分位の布を適当に折って,この湯につけ軽くしぼって乳房の1区宛をよく温める。それと同時に手の掌と指全部を使って押し上げる様な気持ちでマッサージを行い,搾乳をし出なくなれば又温めてマッサージを行い,湯が冷めれば熱湯を入れて熱つくして何回も繰返して行う,乳房が余り膨大で1人では行い難い時は,牛の両側から2人掛りでマッサージすれば楽である,猶頑固なしこりには次の薬をすり込めばよい,又ワセリンをすり込むと乳の荒れるのを防ぐことが出来る。

ゴマ油合剤の処方
 ゴマ油    4
 樟脳精    3
 アンモニア水 1

 よく混合振盪して塗擦する。
 このマッサージと温罨法を1回15分か20分宛,1日3乃至4回10日も続けると,大概のしこりは解くことが出来る。指の先だけでもんだのでは,表面だけは解けるが深部のしこりはとれない。

六.乳のあげ方(乾乳法)

 乳牛の全能力を発揮さすためには,次の分娩前に於いて60−70日間は,搾乳を休すんで乳牛を休養させねばならない。その為に出る乳汁を人為的にあげねばならない。その技術は乳を多量に出させるよりもかえって難しいかとも思える,その方法に3つある。

 イ.不完全搾乳法

 乾乳しようと思った時から全部乳を搾り切らず一部分宛残して搾る方法で,乳房炎にかかり易く推奨し難い。

 ロ.間歇搾乳法

 1日の搾乳回数を減じ,2回搾乳を1回とし次に1日1回搾乳を36時間目に搾り又時間を延して2日目,次に3日目として1日3,4升の泌乳量となれば搾乳を中止してもよい。この方法は多量に泌乳するもので次の完全中止法を行うと,危険を感ずるものに行えばよい。

 ハ.完全中止法

 1日1回搾乳でその泌乳量5升以下のものは,搾乳を中止しようと決心した時に,常よりも完全に清潔に搾り切って,そのまま搾乳を中止してしまう方法である。
 乾乳法は以上のロ,又はハの方法いづれでもよい。搾乳が中止されると乳房に乳汁がたまって,その圧力によって乳腺が圧迫され,泌乳作用が停止し乾乳の目的を達せられるのである。そのたまった乳汁は日が終るにしたがって吸収される。
 乾乳を行う時の注意は始める4,5日前から,濃厚飼料を減じ1日300−400匁位が全然給与せず,青草の時期に於いては一部乾草にきり換え,水の給与をもひかえる。搾乳にあたっては清潔を第一として搾乳者の手は勿論乳房,乳頭を消毒して搾乳をなし,完全に搾り切りを行い搾乳後は再び乳房,乳頭を清拭し乳頭を消毒し,乳頭孔にはペニシリン軟膏を塗布して,孔を閉塞して細菌の浸入を防ぐ。搾乳を中止して4,5日経って乳房が小さくなったならば,飼料は順次元の給与量にもどし,栄養状態に気をつけ次の分娩にそなえる。搾乳中止後は乳房の状態に気をつけ,腫張したり,赤くなったり,さわって痛がる時は乳房炎にかかったのであるから,直ちに搾乳を初め乳房炎の治療をして,完全にそれが癒ってから再び乾乳をする。

七.乳房炎

 乳房炎は乳牛に最も多い病気でその罹病率は40−50%に及ぶと言われている。これにかかると乳量を減じ,乳質は悪変し,而も病性は極めて頑固であってなかなか治癒せず,癒っても乳量が他の乳房よりも少く,その牛一生に影響する。時によっては,廃牛にしなければならない場合もある。
 原因は細菌の浸入感染によるもので,飼養管理の失宜が誘発する。即ち搾乳の拙劣,分娩後しこりの取り方の不充分,乾乳の失敗,乳房の打撲損傷,牛舎の不潔,手入の不充分,未経産の場合は哺乳中犢同志の吸い合い,種付後妊娠の如何をみるため飴状の乳汁が出るかどうか搾ることや,虻等の給血昆虫に刺傷される等のことから発病する。殊に未経産の場合は,飼育者が気の付かないことが多く,すっかり乳腺組織を浸かされてしまって治癒するため,分娩後搾乳をしても一滴の乳汁も分泌せず,めくら乳房となることもある。浸入する細菌の種類は,連鎖状球菌,葡萄状球菌,杆菌等であってその菌種によって病状,経過に差がある。
 症状は最も多いカタール性乳房炎の場合は,乳頭管から細菌が浸入し,輪乳管にそって病竃が蔓延したもので,初期には乳房の腫脹発赤,疼痛を欠ぐことが多いが,病気が進むとこれ等の症状があらわれ体温は40度以上に上昇,食欲もへり全身症状を呈する様になる,乳質は初めから変化し,薄くなり絮状片を含み,味は塩からくなる。
 フレグモーネ性乳房炎は創傷等より発病することが多く,乳房は腫脹,発赤,熱痛があって,搾乳を嫌う,乳質は初め大した変化はないが,血乳を出す場合がある,乳汁は次第に凝固物を混じ,味は苦味と塩味とを加える。乳房にはしこりが出来,慢性となると硬結が出来る。治癒された場合も他の乳房よりも小さくなる。
 実質性乳房炎は主として乳腺質が犯され,輪乳管,間質に波及する。カタール性乳房炎から移行することが多いが,悪質なものは血行性に発病し,結核菌,放線菌による場合がある。軽症の場合はカタール性乳房炎と区別し難いが,重症のものは発熱(41度以上),食欲廃絶,戦慄し,乳房は腫脹,熱痛,発赤,淋巴腺腫大する。泌乳は激減,凝固物を混じ,粘稠,膿様となり悪臭を放つ。
 化膿性乳房炎,壊疽性乳房炎は共に悪性の乳房炎で,実質性乳房炎より転化することが多い,治癒はなかなか困難であって,壊疽性の場合は乳房の一部又は全部が脱落する場合がある。
 療法,カタール性のものは搾乳回数を増し,搾乳の都度温罨法とマッサージを,産後しこりを取る場合と同じ方法で行い,徹底的に搾乳をし,ゴマ油合剤,10%イヒチオール軟膏等を患部に塗擦する。
 フレグモーネ性乳房炎は,搾乳を完全に行い,鉛糖軟膏,沃度加里軟膏等を塗擦し,リバノール・イスラビン等の溶液で冷湿布をする。
 実質性乳房炎は,搾乳後無刺激性の殺菌薬リバノール・イスラビン等で乳房内の洗滌を行い,冷湿布をする。
 いずれの乳房炎でも早期発見と原因の究明,浸入細菌の種類の見極めが大切で,それによって療法を決めなければならない。最近ペニシリン・ストレプトマイシン・オーレオマイシン等の抗菌薬が発見されて,乳房炎の治療に画期的な進歩を見せたが,素人療法は難しく,熟練した獣医師の診断と指示によって,完全に乳房炎を治癒しなければならない。猶それ以上に自分の愛牛を乳房炎にかからせない様,注意と技術の練磨に精進しなければならない。(完)