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パラチオン系有機燐剤の毒性について(農薬ホリドール等)

 昨年来新しい農薬として使用されている薬剤にパラチオン系有機燐剤があります。この薬剤は二化螟虫駆除剤として県下一円に使用されていることは御承知のとおりであります。本剤は人畜に猛毒で昨年来全国に多数の家畜が患され今年もすでに県下においてもその発生をみている折柄今回農林省畜産局衛生課より次のような毒性,症状,治療法が発表されました。
 家畜に対するパラチオン系有機燐剤(ホリドール等)の毒性については殆んど文献もなく,僅に小動物に対する報告がその毒性を知る基礎になっている状態であるから人の場合も含めて説明する。

一.中毒作用

 本剤の毒性は哺乳動物に対しては自律神経系に深い関係があり,多量を摂取すると副交感神経の末梢に刺激を与えると同時に中枢性に作用する傾向がある。これが神経を刺激するとアセチルコリンが生成され,これが神経を刺激し神経の伝達が行われるのであるが,アセチルコリンが出来過ぎると神経を連続的に刺激し副交感神経刺激症状を呈し,多汗,流涎等が現われるので,平常の体内ではアセチルコリンの生成と同時にコリンエステラーゼと呼ばれる酵素がこのアセチルコリンを分解しているのである。然し有機燐剤が吸収されるとコリンエステラーゼを阻害してアセルチルコリンが分解されずに体内に蓄積するので副交感神経刺激症状が生ずるのである。

二.毒性

(イ)中毒量

 人体に於ける中毒では経口のみならず皮膚,粘膜からも起りパラチオン1回の経皮で中等中毒を起す量は100r,致死量は筋肉内20r,経皮500rと推定されている。小動物に対する致死量は薬剤の種類,給与方法により異るがホリドール水溶剤では皮下注射の場合マウスの致死量は体重1sに対し10−12.5r,ラッテ6.4r,家兎40r,猫15rである。経口的投与の場合はマウス20−30rである。ホリドール粉剤ではマウスに毎日3.78rを4日間給与で4日目に死んだ成績が報告されている。大動物に対する試験は行われていないがホリドール水溶剤(稀釈しないもの実量)5−10gを400s内外の牛馬に経口投与で急性中毒を起すと言われている。

(ロ)症状

 人の中毒症状は悪心,嘔吐,めまい,頭痛,胃腸障害,発汗,唾液流出,縮瞳排尿,排便,呼吸困難,運動失調,精神錯乱,言語障害,昏睡,けいれん等が起り最後に心臓機能の停止により先に呼吸作用が止るのである。家畜即ち牛,馬の急性中毒は暫時にして不安状態となり,けいれん,副交感神経末梢の刺激作用として流涎,落涙,喘息性呼吸困難,嘔吐(馬は嘔吐しない)下痢を起し,一部中枢性昂奮の結果として間代性けいれん,畜搦,呼吸筋麻痺,循環系虚脱を起し,数時間乃至は一夜で斃死する。初期に心臓搏動の減数,血圧低下,瞳孔縮小等を起す。このような急性例では解剖しても臓器の出血以外多くの場合変化に乏しい。

(ハ)家畜の事故防止

 特に注意するところは害虫防除実施要鋼中「防疫」「防疫実施後の処置」にも記載されてあるが有機燐剤撒布中,家畜がこれを摂取(採食吸入等)しないよう注意すること。又薬剤の散布された田畑の畦草や水田の水を1−2週間位は飲食させぬよう注意することが肝要である。
なお毒性のなくなる撒布後の日数については天候(風雨)等により左右されるので明確な日数は示されていない。

(ニ)治療法

 大家畜にする試験は不明であるが,有機燐剤に対し結抗作用のある薬品はアトロピン,マグネシウム塩類である。
 人の場合毎時2−3rの硫酸アトロピンを筋肉内に注射して成功した報告もあるが,皮膚の洗滌,胃洗滌により未吸収の薬剤を早く取去ることが必要であるとされている。又リンゲル,葡萄糖の静注,酸素吸入等は他の中毒の場合と同様に有効であると言われている。小動物試験ではマウス,ラッテにつき体重s当り12rのアトピロンを皮下注射して一部回復した報告もあり,硫酸マグネシウムの効果も報告されているがこれらは緊急措置であって次いで整腸剤,解毒剤の投与が必要である。

三.県内事情

 ホリドールによる人畜の被害は全国にも相当出ているが,岡山県でもホリドール使用後のビンを放置していて子供がそのビンを舐めて死亡した例や,家畜が中毒を起した報告が相当出て居ります。従来の例から考えて事故が発生してから大騒ぎをする傾向が強い様ですが,一寸した注意で大事に至らないで被害は防止出来ますので,事故防止に万全の策を講じて下さい。