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乳房炎と化学療法

農林省家畜衛生試験場北陸支場から発表されている乳房炎の化学療法について参考のため次に登載した。

乳房炎による損失面

一.乳量の減退
 予期以上に泌乳期の短縮(慢性)
二.栄養
 含脂率の低下,蛋白質の減少,比量の低下
三.風味
 乳糖の減少,塩素数の増殖,白血球その他炎症性滲出物,変性分泌物の増量,慢性症でも時に水様,また帯黄色稀薄乳分泌
四.酪農製造
 レンネットにて凝固せぬもの,特にチーズ製造
五.搾乳時間
 搾乳夫の時間的損失と労苦
六.仔牛下痢
七.公衆衛生

乳房炎の原因

 (1)乳頭孔→乳頭管→乳槽または分房下部→分房上部
 (2)乳房,乳頭の外傷,打撲等

一.素因

 (1)泌乳能力の高きもの,Aしぼりのかたいもの(乳頭の硬度),B先天的,後天的括約筋の弛緩,C徳理乳房(後天的には仔牛が吸いあうとか乳房炎),D垂れ乳,E遺伝的

二.乳頭および乳房の損傷

 (1)狭い厩舎では自ら乳房を損傷,A自分の乳を吸う,B仔牛の哺乳による場合,C厩舎衛生の不注意のためフォーク,バケツ等を牛の通路,厩舎に忘れおく,D釘が牛舎,運動場の木柵などにうってある時,これらが破損して釘が出ている時,E柵のいばら,有刺鉄線,F牛が柵をとび越した時,Gブラシ,金櫛などによる乱暴な手入,H他の牛の角などによって傷つけられた時(内出血の際もふくめて),Iあぶ,ぶよなどの吸血昆虫の害(特に夏季,化膿し易く一見傷は浅いように見えても油断は禁物)

三.乳頭内に異物のそう入

 糞,その他の異物

四.搾乳

 (1)搾乳技術の拙劣(不完全搾乳,しぼり残し),A人手の代ること(乳牛の癖),B搾乳時間の不規則,C搾乳器(傷,しぼり残し,消毒),Dあげる際の失敗,細菌が外部から乳頭管に侵入する場合,又はもともと健康あるいは不健康な乳房内に潜在的に存在していた起炎菌が繁殖し易い状態におかれた時
 (註)乳房炎は急性症状が軽くその経過も緩慢であることが少くないのでこれが発見が困難のことが多い。(分娩後長期しこりのとれぬ場合等も慢性症が多く,慢性症は乳房にときどき1−2日ぐらい熱徴を感じ黒布法陽性,細菌数の増加が顕著)

五.搾乳衛生

 (1)搾乳順位(病牛は後廻し),A不潔かつ採光不充分な牛舎,B常時不潔な乳房,搾乳時の乳房洗浄の不充分と洗浄後のふきとり不充分,C床に搾り捨て

六.乳房と温度及び湿度の関係

 乳房を寒冷,湿潤の状態に曝すことは乳腺の機能を弱め細菌に繁殖し易い条件を与える。@床,A敷藁,B急激な外界の感作,たとえば気温の激変

七.飼料

 (1)蛋白質過剰,A成分の平衡を失した飼料配合,Bある種成分の欠乏,C中毒物資

八.他の疾病との関係

 (1)腸炎,A生殖器疾患,Bその他全身症状を伴う疾患

診断

一.臨床検査

(1)乳頭および乳房の外観,大きさ,対称的
(2)搾乳直後しこり(硬結または結締織増生)の有無の検査,しこりは主として細菌毒素によって乳腺組織が刺激され炎症性細胞の侵潤→結締織の増生したもの(鳩卵大乃至小児頭大,さらに全般の硬結)
(3)同様搾乳後各乳頭,分房の損傷または縷管の存否,熱徴および反対に冷感の有無,色調と大きさの相違,弾力性の比較
(4)リンパ腺の腫脹
(5)搾乳時における漏乳(括約筋の弛緩)疼痛の有無

二.牛乳の物理的および化学的検査

(1)黒布法(Black cloth method)また Strip cup 法
 乳中の凝固物,いわゆるブツ,すなわち炎症性滲出物,変性分泌物の検査(ブツの色調,大小および量)
(2)水素イオン濃度
 乳房炎診断用試験紙,水素イオン濃度試験紙,ブロームチモールブリュー(B,T,B)試験液
 製法−一瓦B,T,B85%酒精100tに溶解400tの蒸溜水を加え500tとする。これに N/10NaOH(10分の1規定苛性ソーダ)を滴下し橙色から緑色になってからさらに少し NaOH を加える。(または5% NaOH を約1.5t加える。)この溶液は弱アルカリ性,緑色強い時 N/10Hcl(10分の1規定塩酸)で補正する。
 検査法−検乳5t+診断液1t
正常乳……黄緑乃至緑黄 PH(酸度)6.2−6.4
異常……緑色→濃緑→緑青 PH6.6以下
(3)白血球数
 Breed 氏法(検乳は0.01t)
正常……検乳1t中 15万
異常……検乳1t中 50万以下
 起炎菌の消失しない限りすなわち炎症の存在する間白血球は減少しない(ただし潜在性乳房炎を除く)
(4)カタラーゼ(白血球,ある種細菌,初乳)
 スミス氏醗酵管(検乳15t+1% H2O2 5t,摂氏37度,2時間)
正常……検乳15t中 0.5t−1t
異常……検乳15t中 1.5t以下
 カタラーゼの量は白血球数に最も比例する。
簡易検出法
 検乳5t+6% H2O2 1tにより泡の発生をみる。
(5)塩素数
 ホルスタイン種は大体塩素数が0.09−0.14%
簡易定量法
 硝酸銀溶液(1.3415gを蒸溜水1リットルに溶解)5tにクローム酸加里10%溶液2滴を滴下すると煉瓦用赤色を呈する。これに検乳1tを添加1−2分間以内に赤色→黄色は塩素数0.14%以上である。塩素数の大きい程黄色の発色は早い。この間にいろいろの段階の色が発現する。
(6)その他
 乳糖の減少,粘稠度の低下,電気伝導度

三.細菌学的診断

 細菌数の変遷
 Str, agalactiae(str, bovis, str, uberis, str, dusgalactiae Micrococcus pyogenes)
 Escherichia, Aerobacter

治療

一.実施にあたって注意すべき事項

(1)適確なる診断
(2)薬物の副作用
(3)起炎菌の薬物に対する抵抗性および抵抗性獲得,交叉耐性の問題
 (イ)広い抗菌スペクトラム,(ロ)耐性菌株作出の可能性の少いもの,(ハ)投与方法および使用量の決定(併用および混用,あるいは補助療法等の考慮)
(4)組織損傷の程度
 (イ)病窩の新旧(ロ)乳房炎の場合は硬結の程度とか Str, uberis および Str, dysgalactiae のように乳房組織の深部にまで侵入し薬物の滲透の困難のものがある等も考慮
(5)家畜の個体
 白血球等の細胞の賦活力の減退,組織損傷の修復作用の力の衰微等
(6)乳房炎の場合
 以上のほか,(イ)泌乳旺盛期は治療効果を収め難い。慢性症は乾涸中分娩前6週間より前に治療することが得策かつ賢明,(ロ)治療中および治療後の管理衛生,特に搾乳衛生

二.抗菌剤併用療法の利点

(1)副作用の防止,
(2)混合感染に有効,
(3)単独の抗菌剤の効果の増強
(4)抗菌剤耐性菌株の出現
(5)従来の適応症以外の疾患に奏効