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今年の目標

岡山種畜場長 辛島 忠

 昭和28年は独立第1年の日本として静思と反省の年であり又自主経済確立の年でもあると期待されていたのに拘らず未曾有の大水害,凶作,李ライン,M・S・A等次から次へと打ち寄せてくる激浪の滝の様な飛沫を浴び恰も木の葉の如く翻弄されしかも解決の出来ない幾多の大きな矛盾を内部に包蔵しつつ暗影の深い憂愁な終幕を以って弱々しく閉ざされた。斯くてここに昭和29年を迎えたが世界の変転極りない情勢は暫く置くとしても国内の諸情勢は政治,社会,経済の如何なる観点から眺めても決して楽観は許されず多難と言うよりもむしろ危機的であると見られる不気味な妖雲によってその前途は低く深く覆われるだろう。
 西独の復興は強靱なベースの上にたとえその外観は質朴簡素な外観ではあるが堅牢に強固に打ち堅められた鉄筋凝工建築物で表現されているのに反して,日本の復興は吹けば飛ぶようなしかも人目につく表側のみはペンキでいとも華やかに粧われたバラックを以って比喩されている。
 私達畜産人にとって対照となる所の畜産は国家経済的な観点から考察すると例えそれは小さな存在ではあるが社会経済の内部に於て一つの構成単位である以上は因果的に当然その進むべき路は棘から棘で敷き詰められ覆われているだろう。今仮に焦点を酪農と養鶏に向けて見ると最近に於ける乳牛並に鶏の飼養頭羽数はぐんぐん増加し,牛乳,乳製品の消費需要は激増し,食卵価格は高値で維持されている現実の華やかさに眩惑されその前途に対してはむしろ眩想的なあこがれすら持っている人が何んと多いことよ。その乳牛,鶏が力強く立たなければならない地盤,基礎の脆弱さについて私達は十二分に自己批判せねばならない数多い問題が存在している。
 経営は技術と経済の結節点であると言われている。酪農経営においても亦養鶏経営においてもその経営技術構造を分析し,経済構造の究明解析が行われない以上は経営の合理性は期待し得ないと同時に社会と経済は一日一日目ま苦しく変遷進化するからこれらの諸情勢に照合し且つ経営内の生産諸関係を反省しつつ不断に技術構造を検討して普遍性のある新しい技術の浸透普及が,当然要求される。
 私達畜産技術者としても勿論家畜家禽は農業経営組織中の養畜部門としての一部門であり耕種等の他部門との間に存する経営技術上の連繋性について充分検討し各部門との補充的関係を強固にし,その親和性を一層高めて農業総生産力を拡張する基礎を力強く展開させねばならない,所謂有畜農業の理念より見た養畜でなければならないことは当然ではあるが畜産は農業経営上必要な損失であり又は有用にして無用の存在であると言う旧時代の残夢的な概念を以って現代の畜産を見ることは凡そ無意味なものであるまいか。養畜部門それ自体において充分企業利潤を挙げ得ることが望ましく又当然挙げ得なければ畜産の進歩性は期待することが不可能である。
 飜って本県の酪農養鶏並びに養豚の在り方については数々の批判もあり非合理性のあることは勿論否定の出来ない事実であるがこの非合理的なものを追求することなく放任することは許されない,この非合理性を綜合的な畜産技術と言う自転車を疾走させ追求し検討し是正することがこれ等の経営を安定させる唯一の要件とでも言い得る。以上の論述からこれ等の諸経営について非合理性と認められる主要なものは一般的に見ると先ず牛よりも牛乳を,鶏よりも卵を,また豚よりも肉をと言う観念を持って経営していること自体を挙げなければならないだろう。私達は各種各様の畜産技術を精巧に組立てたこの自転車を走らせ乳,肉,卵よりもまず蕃殖能力の高いしかも飽までも頑健でありその内部に高度の泌乳性産卵性肥育性を具備する乳牛を,産卵鶏を,豚を求め造り出すことに主点を注がねばならない。斯くしてこそ必然的に生産コストの低廉な畜産物の生産が可能となって国内消費市場が拡大され国民大衆の前に親愛な畜産としてその姿が鮮にクローズアップされてくる。しかし乍らこの自転車は走っている間は充分安定が保たれるが停止すれば安定は破れ車体は立ち所に横倒すると同時に経営の不合理性を追求することが不可能となり次第に経営が不振困難となってくることは極めて簡単な論証である。斯様に真理は極めて平凡であるにも拘わらず私達はこの平凡な理論を平凡たるが故にともすれば忘却し,迷路を彷徨し,苦悶を続る。曰く畜産行政の在り方は,種畜場の在り方はと。
 さて編集氏より与えられた題目の「今年の目標」と言うことは恐らく岡山種畜場の今年の目標にありとすれば今日まで申述べてきたこと即ち立派な家畜家禽を造成する親工場であらねばならない。そうして畜産技術と言う自転車部品を毎日毎日逐次改善し組立て乗り安い乗り心地のよい車として関係者に愛用して貰うこと,最後の農家諸志から親しまれ愛せられる種畜場にならなければならない。この三つの本来の使命目的に向って1歩でも2歩でも停滞することなく常に前進させることが取りも直さず今年の目標であり又来年の目標でもあるが当面の問題としては次のような措置を採らねばならない。第1の目標である蕃殖改良機関としての種畜場としてはまず超弩級優秀な乳用種雄牛並びに種雄豚を導入し関係者の深い理解と協力によってこれが後代検定を実施して1日も早く証明された種雄牛を,優秀な遺伝因子を持った種豚群を確保することであり又種鶏関係としてはこれまた米国より基礎種鶏を購買し蕃殖し種雛配付先の本県指定種鶏場の全面的な協力と本県産卵能力現場検定事業を利用することによって優良な原種系統を多数造成することであろう。第2の目的である畜産技術に関する事業としては如上畜産技術の重要性に鑑みて積極的に各種基礎試験を応用技術に修正しこれを博く一般に普及浸透し得るように施設の拡張整備技術員の増員を考慮せねばならない。第3の仕事として関係農家諸志より親しまれ,愛される種畜場になる為には優秀な種畜種鶏を展示し改良の具体的目標を与えると共に飼養管理の理論と応用を実地に示して主として視覚を通じて技術の伝習を行うこと,勿論飼養管理の中には飼料作物の問題と衛生に関する事項も当然含ませねばならない。
 以上諸目標の概要を断片的にしかも抽象的に論及したがこれ等は単に種畜場自身の目標のみでなく本県畜産行政の重要目標となるべきものでもある。乞い願わくば本県下関係者各位の絶大な御支援によって種畜場の為の種畜場と言う傾向にともすれば向けられ易い諸情勢を転換是正させて本然の使命を遺憾なく発揮し種畜場をして終局の大目的である本県農業を燦として光り輝り典型的な高度化農業の確立に寄与せしめられんことを切望してやまない。