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午と馬

競馬生

 年々さいさい花相似たり,年々さいさい人同じからず。
 まこと年月の経過は凡にして非凡,人来り,人去り,世の無情を痛感させることしばしばである。
 いつの世からこの無情の年月に動物の名前を冠して呼ぶようになったのか,なんてせんさくしてみた処で我々庶民の腹の足しにもならず,まして正月の懐具合が改善されるわけでもなかろう。
 理窟は抜きにして今年は午の年,まず目出度しめでたし。馬と言えば蹴飛ばすものと相場が定っている。辰(龍)は天まで昇ると言ってその年は威勢のよい年とされているが,馬が蹴飛ばした処でせいぜい自身の馬糞を隣の2階まで蹴上げれば最上,到底天までとどきそうもない。しかしながら足の早いことは天下一品,まずまず現存動物のなかではトラック競技のチャンピオンと自他共にゆるされよう。この特性を人間共が見逃がすわけはなく何時の時代からかこの蹴飛ばしの背上にまたがり山野をかけ廻って快味満喫を会得したものである。おそろしきは人間の特性でただただ自分一人乗って駆け廻るんではつまらなくなり,相手を物色し,これと競うことにより尚一層快味とスリルを追求するようになった。又これを傍で見物して喜こぶ特性も人間にあったと見え,ここに需要供給のバランスが成立し,両者の合意が見事花を結んで競い馬のデモンストレーションが開始されたものと思われる。こうした初期の頃にはなかなか面白い話がある。(以下競馬雑誌「優駿」より)
 昔々その昔処は英国のさある牧場においていわゆる草競馬が催されることになったものである。
 ところがこの時代の競馬と言えば勝つことが何時も同じで一向面白くもおかしくもない。そこで頭のよいさる人が考えついたのが馬の背負う重さに変化を与えることであった。それはよいとしていやしくも競馬に馬を出す位の者は天狗連ばかりで自分の馬が一番強いと思っているので話が厄介,我も我もで一番重い荷を負うと申し出る仕末,全く収集がつかない。そこで仕方がないからそれぞれ今で言う負担重量を書いた紙切れを帽子の中に入れ,馬主達にそれを1枚ずつ取らせそれを其の馬の負担量とすることにした。
 帽子の中に手を入れる。アチラ語で言えばハンドをキャップの中(ハンドインキャップ)これが何時の間にか押しつまってハンディキャップとなったとか云々………
 次は近代日本での実話……
ある小説の中に競馬の場面が展開し,いよいよスタート,各馬スタートラインに揃いました。やがてスターターの号砲一発!!各馬一斉にスタートしました。
 どうもこの文章にはおかしな処があると気付かれるであろう。競馬のスタートが競輪じゃあるまいし,号砲一発てなことは世界中何処の競馬場を探してもあるもんじゃない。かなりにあるとしたならばおそらく次の様な場面が展開されるであろう。
 ドカン!!只今ネットが上り1番,5番が飛び出しました。アッ6番,3番,2番は立ち上りました。騎手が振り落とされました。馬は狂ほんして柵を飛びこえ逃げて行きます。4番,7番は後向に物凄いスピードで走り出しました。ファンの皆様全く無茶苦茶でござりまする……
 全く罪な小説家もあったもので,いやしくも1,2度競争を見ていれば号砲一発なんて義理にも書けないと思うが,しかしこの話も万更全部責められるべきでない。
 と言うのは或競馬場で濃霧はげしく速歩レースでハンデーの付いている後の方の馬の騎手はスターターの振る赤い旗が全く見えない。そこでやむを得ず号砲一発……以上は日本競馬界で1度あった事実である。
 今年は午の年でもあるまいが,絶えて久しいサラブレッド種牡馬が英国より入ってくる。君の名は……ゲータイム号,現在エリザベス女王の持馬で価格は2,000万円とか,驚くなかれこれで安いのですぞ。新聞の伝える処では英王室当局は特に割安で日本に譲るとのことである。
 今や名種牡馬ダイオライトなく,セフトも昨年昇天し種馬資源枯渇の我が国蕃殖界にゲータイム号の輸入は大きな福音であろう。
 岡山の競馬は陽春ともなれば桜咲く三蟠競馬場で華々しくシーズンの幕を切って落すこととなる。楽しく明るい競馬に皆の力で一層盛り立てて行きたいものである。