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巻頭言

酪農道

惣津律士

 近時新聞はもとより,いやしくも農業とか畜産を論ずる人は何はともあれ,酪農の言葉を口にする状況であって,その熱の熾んな事は驚異的であるが,中には酪農の真の意義を解せず,乳牛を飼育し,乳を搾る事が酪農なりと信じ,而も現在の集乳競争上に浮び上った乳価を皮相的にとらえて酪農狂信症なるものに罹病し,如何な高貴薬を以ってしても治癒出来ない程の重症患者のある事は誠になげかわしいものと私は痛心している。併し乍ら全般的には牛乳の絶対消費量の増大を来すと共に酪農が農村振興に偉大なる効果を及ぼす所の真価が漸次有畜農民に認識せられて来た事は事実であって,時代の変遷に感慨無量を覚える昨今である。
 乳牛の飼育は実に結構である。併し現在の乳高を逃がしてなるものかと,乳牛の経済価値を度外視したような取引場裡に突入して,われ勝ちに乳牛の獲得に専念し,飼料の自給も,飼育技術の錬磨も忘却のかなたに追いやって,利益のためなら乳牛の骨までしゃぶろうと言う風な所謂牛乳搾取者となってはならない。更に伝統ある酪農組合の美わしい団結まで放棄して高い乳価でさそう会社の誘惑にまけるような酪農民であってはならない。
 土地を母体とした酪農のみが健全性をもち,そして農村を明るくするものである。
 1930年米国のフレザー教授はその著「酪農経営法」で牛乳を牛から搾ると言わず,牛乳は飼料から変化製造するものであると述べず,牛乳は畠から生産されるものなりと酪農道の根本原理を端的に喝破しているが,私は常に味うべき言葉と信じている。
 政府は今国会に酪農振興法案を提出すべく準備を進めているが,これの正しい運営が,健全なる酪農の樹立に寄与するものである事を確信し,今こそ真剣にお互に反省し,大地にどっしりと足をおろして,一歩一歩苦しみながら正しい道を建設しつつ進むべき時である事を痛感すると共に酪農に関する認識の是正と団結の力の強固たらん事を切望して止まない次第である。