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孵化場の窓口より

福田種鶏場 小野登志男

 適当な刺戟の賦与は,活力を増大する所以である。
 いきなりこういう風にきり出していったのでは,何のことかさっぱり訳らないと思います。だが孵化場の小さい窓口から,世間を眺めているに過ぎない私が,他のことでおしゃべりができる筈もありませんから,冒頭の,内容がないコケオドシの言葉が,養鶏に関係すること以外の何ものでもないことは御想像の通りであります。
 孵卵機へ収容されている種卵は,検卵等で時々外気に当てられ,放冷される機会を与えられます。華氏100度の恒温で,厳重に3週間経過させるよりも,このようにしてチョイチョイ冷気で刺戟する方が,種卵の活力を増して孵化率が向上するものであります。孵化率がよいほどの場合は,発生した雛は活力に溢れて育雛は楽であります。この種卵の放冷は,母鶏が就巣抱卵した際,食餌等で時々種卵を放置するのを真似たに過ぎません。
 育雛中には,育雛器内の全部を一定の温度にしないで,一部は外気温に近い場所を作って,雛を抵抗飼育することは養鶏人の常識でありますが,これも雛に刺戟を与えて,活力を増すことを期待するのであろうと思います。
 昨年の後半期から,本年に入って現在まで,卵価の推移をみますと,誠にタンゲイスベカラザルモノがあって,その様相は実に複雑怪奇であります。
 養鶏の正常な発展を希望する立場からは,卵が誰の口へも気軽に入るほどの安い値段であって,飼料の価格がそれに見合うものであるならば,それが最も望ましい状態でありますが,養鶏意欲を刺戟し,育雛熱をそそるのは,何といっても卵価が高ければ,飼料の値段はさておいて,一応も二応も好況感がわいて来るもののようであります。
 今春の育雛熱は,大変なものだとの評判であります。事実この窓口でも,昨年9,10月頃,秋雛の最盛期に,もう春雛の予約申込みが殺到してあわてさせられたものでした。これは結局昨年後半期の,異常な卵価に刺戟せられた好況感が大きく響いているのだと思います。
 今私は,好況感という言葉を使い,好況とは申しませんでした。「昨年の養鶏界は,大変好景気であった。」といい切る人もありますが,私は好況感,つまり好人気という方が相応しい年ではなかったかと思うのであります。他の経済界の事情にはうといので,どうか知りませんが,少なくとも養鶏界では,この人気の影響が大変大きいようであります。なるほど昨年の異常な卵価高と,飼料需給面の比較的順調さに幸いされて,非常に好調であった人もかなりあったのでありましょう。しかし養鶏界全体が好況であったとは,どうしてもいい切ることをためらうものであります。
 戦後の,一般庶民の懐工合では,高価な卵を日常消費するには,余りにも貧弱過ぎるのであります。昭和13年に6,500万の人口に対して成鶏飼育羽数が5,000万羽,昭和28年には人口8,700万で推定成鶏4,000万羽とあり,加えて嗜好性の向上による鶏卵消費部門の拡大等,養鶏の前途は洋々たるものがあるとの,基本観測は常に堅持するものでありますが,昨年の卵価高が,飛躍的な卵の需要拡大によるものであるとは,到底考えられないところでありましょう。
 なるほど大衆漁の出廻り減少,果物等の不作高値,菓子類,小麦粉製品への使用増大等,需要面の増加も確かに見られたようであります。しかし度重なる天災地変,あるいはいわれる如き人災的天災による養鶏の被害,気候不順がもたらした病廃鶏の続出または成育障害,初産期遅延等供給減少の方が,より大きく影響したと考える方が妥当ではありませんでしょうか。比較的災害の少なかった岡山県の養鶏家でも,鶏痘その他の病気による被害はかなり広く大きかったのではないでしょうか。全体としての産卵率も,相当低かった筈であります。従って極めて好況であった養鶏家の蔭には,幾多の犠牲があった事と推察されるのであります。いじ悪いいい方をしますと,ある養鶏家の好景気は,別の養鶏家の損害がもたらしたのだといっても過言ではないと思います。養鶏界が好況であったと,簡単にいい切ってしまえない理由であります。
 しかし儲けた人は勿論,損失を招いた人も共に,卵価高という刺戟は確かにうけたと思います。これが好況感,人気だと私は申したいのであります。
 本年に入ってからは,正月以来一時はどんどん卵価が下落しましたので,ああこれで人気も下押すかと考えていましたところ,またチョイチョイ中小反撥があって,かなりな卵価を維持しているようであります。この原因は私にもよく判りません。だがその原因の一つとして,暖冬異変による産卵促進,成長が遅延した初年鶏の産卵開始,反対に寒波来や降雨雪,あるいは旧正月荒天等による産卵減少または出荷減等と,供給面の事情が数えられても誤りはないと思います。
 とにかくこうした刺戟が間断なくありますので,育雛熱は増々盛んであり,孵卵業界は活力に満ちております。
 養鶏界全体としては,卵価の刺戟が活力を維持しておりますが,どの社会にも,知ったか振りをする人がありますように,養鶏界でも「好況の時はどんどん鶏が増えるから,次の年は卵価安で不況が来る。だから好況の年には育雛を手びかえておき,不況の年は鶏が減ることは当然であるから,その年こそ大いに育雛して,次の年に来る好況を当て込まなければならない」。と如何にも尤もらしく割り切って,得々としている人を見受けます。私はここで特にいいたいのであります。養鶏の好不況が,しごく簡単な循環論で判断できるものでありましょうかと。そして,養鶏事情は投機事業ではありません。岡山県の養鶏関係年生産額は20億円にも達し,米・麦に次ぎ,藺草のそれを越すものであって,単位の経営が零細な故に,とかく原始産業の域を出なかった養鶏も,ようやく企業化されようとする胎動がほの見えつつあるようではありませんかと。
 種鶏家の間では,改良蕃殖という言葉が,大きな刺戟であるようであります。魅力は絶大でありますが,労苦が多くて効の少ない,この困難な仕事が,意欲的な多くの種鶏家によって,本格的な研究が実施され,岡山県の種鶏全体に偉大な刺戟を与えられる日を期待するものであります。
 採卵養鶏家の間にも,種鶏家に劣らず研究熱が盛んなようであります。各地の4Hクラブや養鶏組合の人々から,いろいろと難題奇問を頂いて,困ったり,勉強になったりしております。しかし御質問は簡単でも,返事をするとなると,こんな場合もあんな時もあるというので,長い通信にならざるを得ないで困ることが多いものであります。養鶏新聞雑誌の多くには,質疑応答欄が設けられて,小さなスペースでどんどんさばいておられるのを見ると,うらやましかったりその強心臓振りが寒くなったりします。質問者にも,なかなかつわ者共が多く,葉書1枚に,ビッシリ質問事項を細字で書き並べ,回答を強制する場合があります。ケチなことをいうようですが,その労力と時間,通信費用も馬鹿になりません。孵化場というと,一種の人気商売ですから,なるべくていねいな回答文を送っていますが,稀には大変礼儀正しく,返信料封入の質問状を頂いて,よい気持ちになれるのでなかったら,お座なりな回答になり易いのは,やむを得ないことではないでしょうか。
 一つ例示してみましょう。
 白レグ,横斑ロック,ニューハムプシャー,ロックホーン,ハムプホーン5種類の雛を同数ずつ注文して,同一環境,同一飼料配合,同一管理でこれらを試育し,いろいろいわれるそれらの産卵能力を自分の手で確かめて,最も成績の良かった鶏種に来年から統一したいと思うが,どう思うか。との質問に対し,
 お座なりな回答なら
 大変結構だと思います。あるいは,
 それには及ばんでしょう。○○がよいに決まっておりますから。
てな事になると思います。
 ていねいな回答なら,
 大変御尤も千万なようであります。しかし鶏種によって,各々その特長があり長所短所があります。(そして各鶏種の特長を一つ一つ述べる)単に産卵能力のみを採り上げてみても,鶏種によってその産卵能力を発揮するに最も適当な条件が異るのであります。だから種々な雛を同一条件で試養すると,その条件に最も適する雛が,最も好成績を挙げることは当然であります。だからせっかくのおもいつきも,一見合理的なようで,大きな点にぬかりがある訳であります。しかしまたこの方法を逆な立場から考えて,自家鶏舎の環境,自給飼料を中心とした飼料配合,そして自家労力の配分上最も効率的な管理によって飼養する場合は,どの鶏種が最も適当であるかを発見する方法として採用するのであれば,大変結構なことであります。
 という風に答えられると思います。
 とまれこれら養鶏家の研究心が刺戟となって,養鶏採算を有利にし,養鶏発展の契機になると共に,孵化場にもよい刺戟となるなら幸甚というものでありましょう。
 また変った刺戟で,窓口を騒がせることもあります。
 卵で雌雄の鑑別ができたら,という願望は,雛に関係のある者の均しくいだく夢でありますが,学者の説明を聞いて見ますと,実用的には不可能といってもよいほど困難なことのようであります。人間の胎児の性別すら予知することができない現在ですから,さもあろうとは推察できます。鶏も人工受精に方法を講ずれば,雌となる卵と,雄になる卵を自由にすることが可能だそうですが,実用にはまだ遠いようであります。この話はなかなかおもしろいのですが,他紙へ一度書いたことがありますから,ここでは割愛しておきます。
 卵の雌雄鑑別は,熱心な願望と困難な実現という,いわば雛関係者の盲点とでもいわれそうな弱点をついて,もろもろのチミモウリョウが横行して,甚だ刺戟を加えて来るので困ります。他の場合でもこのような条件は,最も迷信や妄想がつけ入り易いもので,インチキ宗教は,このような条件を土壌として生え繁るといわれているようであります。
 卵の雌雄鑑別宗の教祖共は,多数の人が笑い話にすることを物ともせず,至極真剣で自信に満ち,しかも多少の信者を従えている者もあるのですから,大変扱い難いのであります。
 一見して神懸りのようなもの,迷信だと明らかなもの等はまだよろしい。簡単な点では至って合理的な考え方であり,肝心な所で飛躍している,いわば最も新興宗教的とでもいえる方法が最も困りものであります。
 直接押し掛けて来る人,手紙でしつこくいって来る人等誠に賑やかなことであります。
 神棚の御幣で占う方法,メノウか何か怪しげな珠を糸でつるして,そのゆれぐあいで判断するという方法,卵の形で鑑別する方法,産卵時間できめる方法,卵の比重を計る方法,それらを綜合的に,あるいは一部をとって複雑に分析整理し,苦労してまとめあげた一見科学的プラス推理的な方法等々実に千差万別の方法があるようですが,どうも卵の性の決定は,卵の形質等には全々関係がないというのが定説のようですから,いわば定説に叛逆する方法が多いようで,大変お気毒であります。しかしこれらの中から新しい理論,実際的な方法が発見されないとも限りません。せいぜい他人に迷惑を掛けないように,神懸りや迷信を捨てて,根本的な卵の性別決定から研究して頂きたいものであります。
 手紙で度々実験させろといって来るある人に,この意見を述べて,とにかく理論を確立しなければ人を納得させることはできないからと申しましたら「事実は事実だ。理論等というものは,事実の前には自ら頭を垂れて来る性質のものである。」と一頃の憲兵のような,コワイ文句でおどかされました。
 またある人のは,お前のところの種卵を鑑別してやるから直ぐ送れ。鑑別費用は当方で持ってやる。と有難涙のこぼれるものでありました。
 わざわざ御来駕を賜る人々は,「自分の及ぶ範囲では実験済である。大規模な所でその実験をし,更に確信を深めたい。」とおっしゃるのが,どの鶏卵鑑別教祖もの決り文句であります。ところがその多くは,70万個の卵が入っている孵卵機や,1回の入卵毎に扱う2,500貫以上の種卵を見ただけで驚いて退散しますが,物に動じない教祖も中にはあって,どうしても実験をやらせろと駄々をこねられて困ることもあります。
 何れにしても,結局はあまり本気に相手にされないので,変にうらみを持たれて割が合いません。またロクに調査もしないで,あふるような記事を載せるジャーナリズムも罪が深いと思います。特にそれが養鶏関係の新聞雑誌であるなら,よほど注意して頂かないと,迷惑をこうむり人心を惑します。神懸り氏のうぬぼれを深めるだけで,その人のためにもとらないところであります。
 つい先日も,こういう記事になっている御本人がその掲載新聞を御持参に及び,ねばられて弱りました。たまたま従業員の一人とその教祖様が,同郷であることが訳ったのを好機にお相手をその従業員に任せておいたところ,とうとう僅かではあるが卵の雌雄鑑別をやってのけ,その孵化鑑別の結果を通知するよう厳命して帰ったのであります。
 その従業員も,忙しい時ばからしいとは思いましたが,同郷のよしみでやむを得ず引受けて,めんどうな個体孵化をした結果,次のような数字を出しました。
 教祖氏の鑑別した卵の数は  151個
 その中
  雌になるとのたもうた卵  77個
  雄になるとおっしゃる卵  74個
 と鑑別されました。
  途中 第一検卵で無精卵  16個
     第二検卵で中止卵  4個
     第三検卵で中止卵  11個
  を抜きました。
 その結果
 (イ)雌と鑑別した卵から  61羽
 (ロ)雄になる筈の卵から  59羽
 の雛が孵化しました。
 (イ)の雛は雌25羽雄36羽でその適中率は  41%
 (ロ)の雛は雌33羽雄26羽でその適中率は  44%
 これでは中止卵はとにかく,無精卵すら鑑別できず,甘い点をつけて出ただけの雛を規準にしても,上記の通りの数字で,わざわざ鑑別をわずらわして,無鑑別より悪い成績とあっては,教祖の光もないというものです。
 しかし,こうしたアクセサリーにもならない刺戟も,養鶏熱が盛んなればこそと思うならば,腹も立たないのであります。
 サァ,春雛のシーズンはまだ長い。活力に満ちてついて行きましょう。

(2月15日)