ホーム岡山畜産便り > 復刻版 岡山畜産便り昭和29年5月号 > 輸入ジャージー種牛に牛蝿幼虫症発生

輸入ジャージー種牛に
牛蝿幼虫症発生

 昨年長野県,山梨県,岩手県の高度集約酪農地域にジャージー種牛が輸入されたが,これら輸入されたものの中に牛蝿幼虫が認められたと報告があった。
 牛蝿幼虫症は次のような発育環境から動物検疫時が体腔通過時である場合は発見されることなく,けい留を解かれるので,その常在地からの導入後においても発生するおそれがあって,これが蔓延をみるときは,原皮の資質が低下し,原皮生産に大きな損害を与え,その他泌乳量の低下,肉価値の減少等畜産上にも由々しい問題であるので,本年度においてジャージー種牛導入を予定されている岡山県としては,これが防除の徹底を期し撲滅を図らなければならない。
 去る3月畜産局から発表された「牛蝿幼虫症について」の資料を参考のため次に登載した。

米国より岩手県に輸入のジャージ種牛(分娩直前の雌牛)

牛蝿幼虫症について

経済的損失

 モニング(Monning)氏は北半球の多くの諸国に多大の経済的被害を及ぼしていると称し,デイクストラ(Dykstra)氏はその例として次のものをあげている。

一.原皮の資質低下

 幼虫が皮膚を穿孔して孔だらけの皮にするため,その年間の損失は5,000−6,000万ドルという。

二.乳量の減少

 泌乳正常量の10−20%にまで下る。

三.肉価値の減価

 幼虫のついた部位は外観上緑色,ゼリー状で全く食用に供されない。
 その他肉量そのものの減少,家畜の安静を欠ぐために生ずる痩削等をあげている。

牛蝿とは

 牛蝿にはヒポデルマ・ボビス(Hypoderma bovis),ヒポデルマ・リイネアタ(H.Lineata)の2種類がある。ボビスはヨーロッパに多くみられ,リイネアタはアメリカ全土に一般に発生し,稀に人,馬にも寄生する。ボビスは体長約15o,リイネアタは13oで普通の密蜂程度の大きさがある。両者とも毛深く官能性のある口器を持たず頭部及び胸前部の毛はリイネアタで黄白色,ボビスは緑黄色である。腹部の前部は明るい黄色毛で被われ,続いて暗色毛の縞があり,後部は橙黄色の毛がある。

生活環境

 この蝿の発生は,デイクストラ氏はリイネアタでは3月末頃から4月中頃にかけて,モニング氏は一般的に6,7月に発生すると言う。何れにしても温暖な日に最も活動し,牛の脚毛部特に蹄のすぐ上の毛に卵を産みつける。(英語では牛蝿のことをHeelFlyといい,直訳するとカガトの蝿という意味で,ここから出た言葉と思う。)これは約1oの小尾鉤を有し,稀に躯幹の毛にもよく附着する。
 ボビスは1個ずつ産むが,リイネアタは1本の毛に5−6個を並べて産みつける。
 この蝿は執拗に牛を襲い1匹の雌蝿は1頭の牛に100以上を産みつける。牛は通常産みつけられた部位をなめるため,その唾液等が卵殻を軟化させるので約4日で孵化する。孵化した幼虫は毛を伝って脚部の皮膚に至り,貫通した幼虫はしばらく脚上部の皮下織を彷徨した後,成長しながら横隔膜に向って移行する。リイネアタの幼虫は食道又は咽喉部に向って進む。幼虫はそこの粘膜下織で夏季及び秋季停滞して体長約12oに成長し,冬の後半になるとこの幼虫は背部に向って移行して,そこの皮下織に到達する。ボビスは脊髄腔に入ることもあるが,大抵再びそこから出る。
 このように背部皮下に到達すると腫脹が始まり径約3pとなる。アメリカ西部では背に沿って腫脹の出現するのは12月末の頃であるとデイクストラ氏は言っている。腫脹部はその後中央部に穴があき,幼虫はそこで前部気孔盤で呼吸し約30日間続ける。
 腫脹部は幼虫の成長するに従い胡桃大となり,孔も大きくなるが若幼虫は殆んど白色で成長するにつれ黄色から明るい褐色に変化する。幼虫はその間2回脱皮し,全く成長したボビスの幼虫は27−28o,リイネアタは25oとなる。各環節には多くの平たい結節がついており,小棘毛が全環節にあるが,リイネアタにはこれだけであるに比しボビスは両者共ある。
 春になると成熟幼虫は脱胞して孔を通って外界に出る途をつくり,地上に落ち,柔い地面を穿孔して地中に入り,数日間蛹期を過す。蛹は黒色で蝿は5−6週後前端の蓋部を押し開いて出て来る。

病性

 蝿が牛に近附いて産卵しようとすれば牛はその来襲からのがれようとして水の中にまでも飛込むが蝿は執拗に追うため牛は常にいらいらさせられ食欲は進まず,その結果体重が減少し,牛乳生産量も減少して来る。又体をひどく痛めつけたり,すくなからず皮膚の損傷がみられる。
 幼虫は寄生部位の組織を刺戟し,肉は緑黄色浸潤を呈するのみならず幼虫が彷徨した経路までも同じく変化する。このため炎症性変化は脊髄腔や食道壁にみられる。食道壁におこる場合は結締織の増殖により食道狭搾や燕下困難を起すことがある。
 幼虫が宿主に対して毒作用を有するか否かはよく分っていないが,この寄生虫を除去した後患畜は急速に発育することは明らかで,これは春に牛が舎飼から放牧に移される時期に相当するからであると言われている。

症状及び病理変化

 患畜は幼虫が背に沿って出現し腫脹が触知されるまでは発育不全,泌乳量の減少等を除いてこれという症状はみられない。幼虫は黄色の化膿性液体のある腔胞中におり,仔牛や若牛は成牛より多くひどく侵される。成牛は危険を感ずいて蝿から脱れる方法を知っているからであろうが,どの程度に抵抗性又は免疫性が獲得されるかは,はっきりしていない。バウデット(Baudet)は仔牛に幼虫に由来する物質を接種したが,免疫性は何等得られなかった。
 成牛は以前の寄生で死んだ幼虫の体液を吸収して感受性が高くなっているのでその後幼虫抽出中にそれが死滅したり破壊されたりすると,過敏症反応を起すかも知れず,この様な例として流産があげられている。

診断

 診断は背部皮下の幼虫の存在によらねばならない。夏季には患畜の毛にも卵がうみつけられる。

療法

 種々の療法があげられ各国で数多くのものが応用されているが,それらは三群に分けられる。

一.幼虫の機械的除去

 幼虫が腫物から外界に出ようとしているから手指をもって腫脹部を圧迫するか吸収ポンプを用いて行う。これの奏功は幼虫の成長程度と皮膚の厚さにより左右される。必ずしも全部の幼虫がこの方法で除去できるとは限らず,これによって奏功する方法は「カギ編み針」のようなもので幼虫をひきあげて,ピンセットで摘出する方法である。
 これは迅速に行えるので各地でこの方法を選んでいる。

二.各腫脹部を個々に穿孔部から液体か軟膏を注射又は擦込む方法とか固形物を挿入する方法

 パラチクロールベンジンが一般にこの種軟膏の成分である。

三.幼虫殺滅液で背部全体を洗定滌又は擦り込む方法

 これに最も有効な成分はデリスエリイブチイア(Derris elliptiea)の根かグブ(Gube)根(Lonchocarpus ricon)からの抽出物である。その主要成分はロトノン(Rotnone)でそれを少くとも4−5%含有した粉末でなければならない。
 1sのデリス粉末を9リットルの冷水で24時間煎じ時々撹拌する。その後1リットルの水に溶解した軟性石鹸250gを加える。この混合液は1週間以内に使用すること。使用には患畜の背部をよくぬらし固いブラシで徹底的に擦り込む。特に腫脹部にはよく擦り込むこと。
 この方法は新しい幼虫が出現する度毎に繰返えすのであるが,その間隔は約30日で少くとも初冬から始めて,4回しなければならない。又患畜の背部に最初開孔があってから30日後に行うこと。ゲッツ(Gotze)は患畜がデリス薬浴をうけ幼虫が死滅すると過敏症々状がみられるので,彼は2才半以上のものにはこの療法を推賞していない。
 しかし如何なる療法を応用した場合でもその後の幼虫の発育は約14日後に観察を要する。再発見の場合は遂一摘出する必要がある。過敏症々状に対してはGotzeによればカフェイン又は10%カルジアゾール(Cardiazol)或はカルシウム製剤の注射により治療することができる。

予防法

 種々な療法をどんなに応用しても幼虫による損失を防ぐことはできないが,殺滅する時期を選ぶには注意を要する。それ故予防法は春に幼虫が地上に落ちる前に殺滅する事に努めるべきである。これを奏功させるには飼養者全部が協調し広く運動を行うことが必要である。ダビス(Davies)とジョンズ(Jones)はデリスによる洗滌によって1年間に罹病率が90から15−24に減じ,ワレス(Wales)の完全な治療を行った4地区では1頭当りの幼虫が11−16から0.5−1.1に減じたといっている。これらの地区の境界にある未治療牛では依然として90%の罹病率を示した。これは蝿は1地区から他地区へ殆んど移動しない傾向を示すものである。
 H. ratu はCyprusにおけるめん羊,山羊に寄生する同じようなものである。H. crossieはインドの特に乾燥した北西県の丘陵部でめん羊を侵すものである。その卵は躯幹側部の長毛に産みつけられ幼虫は直接皮膚を貫通し約7ヵ月間そこにとどまって発育する。

日本における過去の発生状況

 最近においては昭和22年当時,アメリカから寄贈を受けた牛に導入後において青森種畜牧場をはじめ福岡県及び大阪府の種畜場等で発生しており,又昭和24年輸入されたブラウンスイス種にも岩手種畜牧場,新冠種畜牧場及び北海道各地に導入後発生している。これらの全てはヒポドリンリイネアタ(Hypodorina Iineata)であると固定され,幼虫が背部皮下に出現したのは12日頃から始まっており,幼虫の脱出は3−4−5月に亘っている。寄生部位は背部が最も多く,牛1頭の幼虫寄生数は20−100隻に及んでいる。又腰部,臀部の他,き甲部にも認められている。
 この処置として上記の駆除法を実施する他に,腫脹部を切開し,幼虫摘出後,術部にヨードチンキを塗布して,感染牛の寝わら,汚物等には醗酵消毒を励行し,極力その防遏に努めている。
 その後の発生は全く聞いていないので,今回の発生もその処置を完璧にして撲滅を期すべきである。