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〔落穂〕

ヤロビ農法

 今更ヤロビ農法云々でもあるまいが最近各地にヤロビ農法による米麦の増収が伝えられ農業者の関心は高まり次第次第にこの方法は普及化され本年2月,日本ミチュリーン会が組織されるまでに到った。
 私達が教えられて来た遺伝学の知識からすれば,ゲンの恒常性を否定し遺伝性は体細胞を通じ変わって行くものだ。亦新に獲得された形質は遺伝するものであると言うミチュリーン・ルイセンコの学説を理解することは非常に困難でありまたこれを批評することなどは及びもつかない。従ってこの学説の遺伝理論に基いたヤロビ農法(ミチュリーン農法とも呼ばれる)についても実の所は専門外のことでもあり余り大きな関心を持っていなかったが昨年長野県農業試験場の稲についての試験結果を見て急に興味を覚え早速徳田博士の「2つの遺伝学」を買った。この本を読んで畜産の立場から見て面白いと感じたことを御知らせしたい。しかし前述の様にこの理論を充分理解し得ないのに云々することの責任は御許願って自分なりに判り易く要約して見ると家畜に優秀な遺伝性を作り出す事は絶体にその生活環境と切り離しては考えられない。いかに優秀な遺伝形質でも生活環境が良好でない場合その形質は次第次第に劣悪化して行くから家畜は出来るだけその環境を良好について飼養管理特に発育時の重要な意義を充分理解し万全の注意を払い常に家畜の希望を満してやると共に鋭敏な観察力で忍耐強く不良なるのを淘汰しつづけて行くことである。かくして新に獲得された優良形質は遺伝され固定されると解釈される。
 果してこの学説が正しいかまた両氏によって全国的に否定されているメンデル・モルガンの所謂正統遺伝学が正しいかは遺伝学者の論争に任せることにして実際家畜を飼っている私達には例えば乳牛と鶏で説明すると育成時代に合理的な飼養管理をなし充分立派に育成発育した乳牛,鶏は両親の血統能力から予想せられる以上の泌乳,産卵を示すことは事実でありまた逆に育成時の管理不十分の場合は両親の血統能力をむしろ疑いたい程の能力しか示さない。
 この事実はメンデル・モルガンの遺伝学を教えられた遺伝形質の不変を疑わない私達には簡単に解明することが出来るがともあれ獲得形質が遺伝するや否やはこの両学説の論争の中心点とでも言い得るものであるからこの点は避けることとしても家畜を大切に取扱い飼養管理に万全を期することは,特に育成に充分注意を払うことはその経済性を高める事以外に敢てミチュリーン学説を肯定する訳ではないが遺伝性と環境を切りはなして飼養管理をしている私達に何か大きな暗示が与えられている様な気がする。この複雑な割り切れない気持が「2つの遺伝学」の読後感である。(5月28日)