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〔落穂〕

種畜場の片隅で

宰府 俤

都会とのつながり

 自給自足経済を脱却している現世では如何に片田舎であろうと,あらゆる面で都会とのつながりをもっています。種畜場の片隅で今更「都会とのつながり」などと申しましても,お笑いぐさかと思いますが……
 さて県下にどの位の自動車が走り廻っているのかその数は知りませんが乗用車,バス,消防車,貨物自動車,タンク車,レイキュウ車等々色々の種類がありますがこの数ある車の中で,都会人の忘れ得ない,しかし忘れ去っている一つに近代科学の粋を集めた糞尿運搬車があります。
 都会の真中で無責任に放たれた一流の小便と一塊の糞は誰知る由もなくこの車に全ての運命をまかしているわけですが若し仮りにこの車が長期間動かなくなったとしたならば,決して忘れ去り得ない存在であります。
 水洗便所の無い地方の都会は,またたく間に黄金の洪水となるは必定です。私はこの自動車がとりもつ都会とのつながりの一席を記して連日カン闘する車の人々に深い謝意を呈したいと思います。
 たしか,この車が緑色のスマートな容姿で当場を訪れたのは私がここに赴任して間もない昨年の8月だったと思います。その頃,1等北の奥にある3反足らずの原野を開墾し青刈用燕麦を播く予定にしておりました。何分に礫が多く耕土は浅く赤味かがったこの畑の地力は衰えていて,どんな燕麦が出来るやらと案じていました。幸いにも縁あって何処の美人か何処をさまよった放浪者か,ともかく彼等の無責任な行動の産物を拾得したこの車を此の畑に案内したのでした。一車20石を貯えたこの自動車はいとも満足げにそのすべてを放出し,炎天のもとに乾き切った大地は10数台分を易々楽々と飲みほしました。
 ある人は,その行動を指して非衛生的であると言い,風の便りはその芳香を下手にさしむけ人々に不満の思いを刺激したのでした。
 私とても無智無関心ではありませんでした。その昔,岩波新書の「常識の科学性」という,いとも魅惑の表題につられて無意識に求めた此の書が寄生虫であったという経験がありましたので人々の言に冷やりといたしました。
 ともあれ,此の土地に落された小さき燕麦の種子は芽ばえ長ずるに及んでその勢は物すごく11月頃の生育状態は,原色の衣裳にあくどい口紅の女が投げかける印象そのものでした。或は亦,どす黒いまでの緑色の巾広い葉をもつ姿は燕麦にして燕麦とは感じられないほどでした。今少し,今少しと刈取る鎌をもつことを忘れていた1月の大雪はこの草の精を天にうばい去り寒害の姿はみるもあわれとなりました。思い切れない複雑な気持で一番刈りを始めましたが余りの繁茂に株の中は,ゆだつようになり茎は軟化し腐りかけ再びものになるとは考えられない程の無ざんな刈跡でした。
 すべての結果を春の訪れにまかせ4月に入ったわけですが,これこそ不幸中の幸か混ぜ播きしておりましたコンモンベッチの再生が驚異的で燕麦は化してベッチの畑となり,まずは目出度しと相成ったわけです。
 蛋白含量の多いベッチが乳牛の口に運ばれ乳白色の名の如き牛乳となって人々の口に逆流したのはそれから数日の後でした。
 都会から運ばれた彼女達が私達に差出した贈物はこうなのです………荳科の作物は窒素を固定し地中に蓄える力があるから窒素質肥料は差程重要視する必要はないと聞いておりましたがコンモンベッチに関する限り,しかも2回刈をする場合特に相当量の窒素を与えておくことが必要ではなかろうかということです。燕麦は寒害をうけましたがベッチは燕麦のおかげで寒害をうけることなくそのため1回刈は反当り300貫位でしたが7割程度がベッチで更に2回刈ではベッチを700−900貫収穫しました。
 公衆便所に捨てたあなたのハラカラはかの自動車によって,いとも尊い牛乳と技術を此の世に残したという糞尿物語,題して「都会とのつながり」此のあたりで筆を擱きます。