ホーム岡山畜産便り > 復刻版 岡山畜産便り昭和29年8月号 > 乳牛増殖の知識

乳牛増殖の知識

 乳牛の発情・種付・妊娠は,どんな仕組みで起るものか,又乳牛を増産する上に必要な知識のあらましを説明しましょう。

一.乳牛はいつ頃から繁殖に使ってよいか

 めす牛は生後1年位になると発情をあらわすようになります。普通フケルとかサカリが出るとも呼ばれます。発情しますと外陰部が赤く大きく腫れ透明な粘液を出します。又動作が落ち着かず他の牛に乗りかかるとか,他の牛が乗っても平気でいたりします。妙な声で鳴くことも発情のしるしです。時には食欲がなくなるものもあります。この頃に発情があると一寸見たところでは種付して繁殖に使ってもよさそうに思われますが体格も小さく体重はせいぜい250−300sですし,もしこの頃に妊娠しますと母牛は発育が止まり乳が出ても乳量が少ないので経済的に損ですから種付をひかえなければなりません。又折角妊娠しても胎児を育てきれず妊娠の途中で流産することがあります。順調に発育した牛ならば18ヵ月位になりますと大体,体格は充分に発育し,体重も400s位になります。発情も大体21日毎にくり返えします。この頃を繁殖に使ってもよい時期,すなわち繁殖適齢期としています。然し個体によっては中には栄養や発育の関係から18ヵ月に達しても繁殖に使うには未だ無理なものがあります。又21日目毎にくり返えすはずの発情が季節によって春秋は少し長くなったり夏冬は稍短くなったりする傾向があります。

二.発情はどうして起るか

 めす牛が発情をあらわしますと種付を行います。この発情はホルモンの力によって起るのです。
 ひところ世間をにぎわしました例の脳下垂体からは色々なホルモンが出ますが,そのうち生殖器に作用するホルモンとして,卵胞刺激ホルモンと黄体形成ホルモンの二種があります。先ず卵胞刺激ホルモンが卵巣に働きますと卵巣にある小さな卵胞が急に大きくなり,卵巣の表面にまでふくれ上ってきます。これをグラーフ氏胞と呼び,その中に透明な水の様な液が一っぱい充満しています。この液の中に卵胞ホルモンと言って、めす牛に発情を起させるホルモンがあります。このホルモンのため外陰部が赤く腫れたり,透明な粘液を沢山出します。又おす牛に近づくようにさせます。又子宮の粘膜を厚くさせたりして,妊娠に対する準備がなされます。ついで大きくなった卵胞は脳下垂体から出る黄体形成ホルモンの力によって破れて卵が卵巣から飛び出します。卵胞が破れて卵が飛び出すとき,卵管の先端(剪綵)が拡がると同時に,強い吸引力で卵を吸い取ります。これが排卵です。排卵した部分には黄体形成ホルモンの働きによって黄体(おうたい)というものが出来ここから黄体ホルモンが出ます。黄体ホルモンは妊娠をつづけて行くために必要なホルモンです。黄体のある時は勿論発情をあらわしません。妊娠をしていない場合は,この黄体は間もなく小さくなりついで別の卵胞が出来ます。このようにして発情をくり返します。

三.種付の時期

 発情をあらわすといつでも種付をしてもよいように思われますが妊娠させるためには種々の条件が必要でそう簡単には考えられないものです。
 その理由を次に述べましょう。

1.めす牛の生殖器に入った精子はどの位の時間受精する力をもっているか。

 普通体外に出た精子は冷蔵庫等で摂氏4−5度に保存すれば1週間位は充分,元気のよい状態で生かしておけますが,温度の高いめす牛の生殖器内では,大体24−36時間位しか元気よく生きておりません。

2.卵の生きている時間

 卵の生きている時間は精子に比較しますと,きわめて短く10数時間以内と考えられていますが,これより更に短いものと思わなければなりません。

3.精子が生殖器管をさかのぼって卵管に到着するまでの時間

 種付をして子宮内に入った精子が卵管,即ち受精する場所にまでさかのぼって行く時間は,早いもので2時間半位といわれていますが,元気のよい精子が卵の周囲に相当数集まるには7−8時間位かかります。

4.排卵する時間

 発情があらわれてから終るまでの時間(発情持続時間)は,一様ではありませんが大体20時間前後です。卵巣から卵がとび出すいわゆる排卵は,発情の終る前2時間位から発情が終了して6時間位までに起ります。
 以上のことから考えますと種付する時期は,発情の終る数時間前から発情の終了直後がよいことがわかります。このことを立証する農林省農業技術研究所の研究成績をあげてみましょう。(別表参照)
 この表からでも発情の終りに近づくにしたがってよく妊娠して居ります。しかし,発情のあらわれる時期になっても発情が強くあらわれないものもあり,又発情があったと気付く頃は既に発情が終りに近づいたため種付の時期を失うということが往々ありますので乳牛を飼っている人はふだんから乳牛の発情のくせをよく注意していて発情が何日頃あらわれるかをよくおぼえておいて種付の時期を失わないことが大切です。現在人工授精が非常に普及しておりますが,人工授精が自然交配に比較して数倍すぐれているのは種付時期をよく選んでめす牛の子宮内に精液を確実に注入するからです。

種付の時期 発情開始前 発情開始から
7時間まで
7時間から
14時間まで
14時間から
発情終了まで
発情終了から
7時間まで
発情終了1時間
前から発情終了
後3時間まで
種付頭数 4 15 22 21 16 15
受胎頭数 1 5 8 14 12 14
受胎率 25.00% 33.30% 36.40% 66.70% 75.00% 93.30%

四.妊娠のしるし

 種付をして次の発情があらわれる21日目頃に発情のない場合は一応妊娠と考えられます。妊娠すると発情のないことは卵巣に黄体があるからであります。しかし妊娠をしているものでも発情するものもあります。又発情がないからと言って安心していても妊娠していないものもありますから早い時期に獣医師に妊娠診断を受けて確めてもらうことが必要です。
 妊娠して6−7ヵ月頃になりますと乳を出しているものでは乳量が減少し,右下腹が大きくふくれて来て外側から判るようになります。その前に妊娠を知るためには発情のなかったことを記憶しておくと共に獣医師の検査をうけて確める以外にはありません。よく種付をして2−3日で出血することがあります。これを牛の月経といっていますが出血と妊娠は全然関係がありません。分娩をしたことのない,いわゆる未経産の牛ではよく出血をみますが分娩を経験した牛ではたまにしかみられません。又妊娠3ヵ月頃アメ色の粘ばっこい液を外陰部からたれ下し,尾につけています。これをよくオガラミ或はオバガラミといっています。しかし粘液を出さないものもありますので全部が妊娠の確かなしるしとすることは少し無理なようです。妊娠期間は280日前後ですが,個体によって多少長い短いがあることはご承知の通りです。種付をしていつ分娩をするかを知る方法としていろいろ表が出来ていますが簡単に分る方法は,種付した月数から3を引き日数に6を加えますと分ります。例えば4月15日に種付をしたとすると翌年の1月21日が分娩日になります。
 分娩が近づきますと乳房は急に大きくなり4本の乳頭はよく張ってきます。尾のつけ根のあたりがおちくぼみ胎児が動く状態が外から見えるようになります。又外陰部は赤く大きく腫れ濃厚な粘液がたれ下って来ます。これらのしるしがみられるようになったら分娩の準備をせねばなりません。
 胎児が生まれた後,後産が出るのは大体6時間前後ですが,その後産が1日経っても出ないものは一応異常があるものと考えられますので獣医師に診てもらいましょう。
 分娩後正しい発情が帰って来るのは大体分娩後60−80日です。

空胎を予防するには

 牛を空胎にさせずに毎年仔牛をとるには,みなさん自身が,みなさんの牛を自分の子供のように,可愛がりよく知っておくことです。
 可愛がると言っても,運動もさせずに,濃厚飼料を沢山与えることではありません。充分に運動させ,そうして栄養のある飼料,特に良質の草を与えねばなりません。
 運動させなかったり,或は濃厚飼料を沢山与え続けますと,乳牛は卵巣の病気を起したり,お産の時に難産をしたり,また後産がなかなかおりず,子宮の中で腐ったり,しまいには子宮の病気をひき起したりしてとうとうはらまない牛になってしまいます。このように乳牛の不妊の原因は牛の方にあるのではなく,畜主の飼い方に原因するものが大部分であります。
 欧米諸国では,わが国のように空胎が多くありません。これは充分運動の出来る放牧場や牧草畑をもとにした酪農業で牛に無理をかけない飼育管理をしているからです。
 わが国に欧米諸国と同じことは望めませんが,朝,晩ヒキ運動をさせたり,日中は外で日光浴させたり,ちょっとした空地を利用して牧草の種子を播くなり,協同して放牧場や運動場を作ったり,採草地を作るなどの努力が必要です。
 又その牛の能力以上に無理に沢山の乳を搾ろうとしたりすることもよくありません。機械でも無理をすれば故障を起します。まして生物である乳牛に無理をさせ能力以上のことを要求し続ければ故障を起し,ついには卵巣や子宮を悪くして,妊娠しなくなるのはあたりまえです。
 今迄は18ヵ月以上たっためす牛について述べましたが,将来乳牛にしたてようとする仔牛の飼育管理は,これ以上に注意しなければ将来の能力に大きく響きます。
 仔牛が育成中に,病気になりますと,発育が遅れて,それにともなって生殖器の発育も遅れます。
 順調に育ったものですと,生れてから初めての発情は早いもので生後6ヵ月,遅くとも13ヵ月位で来ます。それが発育期間中に重い病気をしますと13ヵ月どころか,繁殖適齢期の18ヵ月をすぎても発情が来ません。
 角は立派でも,体格がそれにともなっていないとか,外陰部の大きさが体格と釣合わず非常に小さいような牛がよくありますが,このような牛は大抵,育成期間に病気になったものです。
 ですから乳牛を購入するような場合は,こんな点にも注意することが大切です。
 空胎はこの他に種付の時期が適当でなくてもなります。このことは「種付の時期」の項を見て下さい。