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〔落穂〕

一.蒜山高原に寄せる

 真白な入道雲は紺青の空に悠々と浮び,南に向って緩に流れる広々とした緑の草原は恰も磨きあげた水晶を通して見る様に澄み切った,しかも馥郁と芳しい香気すらを漂わしているこの高原の空気を通して鮮明な姿をくり拡げている。
 足許の草族の中から名も知らないピンク色の可憐な花がはずかし気にかすかな微笑を送っている。亦時折り彼方の山影から廓公の牧歌的な鳴声が伝えられてくる。全く夢の国をさまよっているのではないだろうかと思われる程の静寂と平和そのままの姿である。
 牧道両側の楢の木立の下には真夏の強い日ざしを避けたジャージーの一群が,ここかしこ女鹿を思わせる様な優美な姿態を静にゆったりと横たえ怜悧な瞳を人なつかしげに輝している。
 汗ばんだ顔に快い微風を受けながら牧野を通りすぎ葉影をさわがしている櫟林を潜りぬけ部落真近に辿りついた。青々と言うよりむしろ黒々と逞しい程の生育を示している青刈玉蜀黍と青刈大豆を混播した飼料畑が点々と見受けられるそれに多分エンシレージ用に栽培しているのであろう。眼を水田に転んじて見るとしっかりとしかも広く張った株には既に重たげな穂を着け一面に柔かな波を打っている。所々にオーチャードとクローバーの混播らしいものが見られるのは水田の転換栽培であろうか,用排水路の小さな提塘も赤クローバーで美しく粧われている。
 各農家は一様に小綺麗に改造された畜舎を初めとして糞尿分離の為の尿溜,簡易堆肥舎及びサイロ等々乳牛導入に伴う一連の諸施設が簡素ながら便利よく設けられている。家族の方々の顔にも亦話の中に包み切れない喜びと営農の将来に対する明るい希望が満ちている。

 この描写は私の心に画いている2−3年後の蒜山高原の農村風景である。私は今回の蒜山原のジャージー導入については数々の批判を聞かされた。また低乳価の急速に走りつつある現状も,乳製品の巨額な滞貨も市乳の需要は頭打ちとなっていること等々今後の酪農経営を困難にする幾多の悪条件が逐次畳積されつつあることを充分承知しているだけに逆に蒜山原の高度集約酪農の将来は必ず私の心に画いている夢を実現してくれることを確信している。凡そ何事でも経営条件の悪い時に始められた仕事と言うものは妙なものでその成績は遅々として進まないが将来必ず強固な基礎の上に立派な成果を挙げている。まして単作寒冷地帯の山地農業における乳牛の存在価値は暖地農業における乳牛のそれとは比較出来ない程営農上その価値は高く評価され得る所の大きな論拠を持っていることから考えても,またわが国に於ける牛乳並びに乳製品の潜在需要は無限である事実を併わせ考えて見てもその確立安定にはその進むべき路に耐え忍ばねばならない幾多の障害があるとしても必ず明るく拓らかれて行くであろう。(7.10)