ホーム>岡山畜産便り > 復刻版 岡山畜産便り昭和29年9月号 > パラチオン剤による中毒発生調査概要 |
稲のメイ虫駆除のために去る7月まかれた,パラチオン剤(ホリドール)で,鶏,牛等が死んだり衰弱して,相当の被害を受けているので,これの調査に乗りだしたが,今までに県で取扱った調査の状況は次のとおりである。
被災鶏1,185羽の7例であるが,このうち死亡は41羽である。種数は単冠白色レグホーン種で雛40羽が含まれている。第1例は浅口郡金光町佐方,平田龍太郎さん方の500羽のうち2羽死亡したが,これの死亡直接原因は卵ツイ症と診断した。第2例は倉敷市白楽町,武内克巳さん方の350羽のうち100日の中雛40羽が羽をたれ,呼吸数を増して衰弱がひどく3羽が死亡した。第3例は岡山市浦安,龜高幸一さん方で岡山県養鶏連が求めてきた,鶏22羽の症状がおかしいので,しらべた処,パラチオン中毒と判明,廃棄処分にした。第4例は玉島市赤崎,高田辰夫さん,出宮英夫さんの1,550羽の内被災鶏は850羽で死亡は11羽である。このうち出宮さんの場合は同氏の話によると風のない日,しかも鶏舎から150mないし200mはなれた水田にまかれており,最初は今春大阪府で発生した,ニューカッスル病または流行性下痢症などパラチオンの中毒症状と似た病気ではないかと疑われたが,呈色反応の結果陽性と判定した。高田さん方では11日頃まいたパラチオン剤で1,200羽のうち6,70羽がトサカの色があせ,食欲がなくなり,産卵率が低下し,消化不良で水用便を呈し,このため5羽が死亡している。一方出宮さん方では7月16日頃まいたパラチオン剤で350羽のうち150羽の成鶏全部と中雛の6,7割が高田さんの場合と同様の症状を起し,うち6羽が死亡した。なお出宮さんの場合は鶏の飼料作物も散布された田より150mぐらいの所から採取しておる。
主なる例を上に述べたが,これを総合して症状を見ると次のようである。
原因と思われる散布の日から20−30時間後,早いものは数時間後より,食滞を起し,元気はなくなって鶏舎の一隅にたたずんでおる。羽毛は逆立して水用下痢を起し,昏睡状態となり,死亡してゆく。
剖検所見の主なるものは次のとおりである。
肝臓は腫大し,質は極めて脆弱となり,小豆大の出血,壊死巣が認められる。胆嚢は腫大している場合が多い。脾臓は腫大並びに充出血している。腸は点状出血が大部分認められ,カタール症状が現れている。肺臓は下葉の充出血と水腫を来している。腎臓は軽度の充出血をしている。その他卵巣に充出血壊死のものも認められた。
成鶏30羽に対し硫酸アトロピン1−2錠(1錠に硫酸アトロピン0.5ミリグラム含有)の内服又は1−2筒(1筒に硫酸アトロピン0.5ミリグラム含有)の皮下注射(リンゲル,生理的食塩水等で稀釈して)をしたものは経過が良いようである。
(写真説明)
パラチオン禍の鶏解剖畜産課員
岡山市下牧上谷(旧牧山村)西崎竹野さん所有の黒毛和種,2才の去勢牛,体重約60貫の牛がパラチオン中毒で7月19日死亡した。これは7月13日メイ虫防除のためパラチオン剤をまいた水田から約2m離れた下方で牛を2,3時間放し飼いした処,15日ごろから症状が現われた。
食欲がなくなり,胃の運動が停滞した。頸部をのばし呼吸困難の状態を示し分泌物亢進により流涎した。継発鼓脹を起し,尿は頻繁になり,便秘をともなった。
脾臓は稍腫大し,断面より木タール様の血液を洩出し,脾材は明瞭であるが,濾胞は破壊されており,内容排出後はシワがよる。
肝臓は稍腫大し,幾分脆弱であり,右葉上縁は右腎に癒着し剥離が困難である。肝周辺部は充出血している。
胃及び腸は極度に水分に乏しく乾いた内容を認め,腸には特に乾固の内容物を少量認められた。
肺臓は両肺共下葉に大豆大から拇指頭大の気腫が著明に認められ,肺全面の4分の1に及ぶ充出血をその部分に認められた。肺の変化は二次的なものと思われ,呼吸逼迫に原因すると思考される。又一般に血液の凝固は不完全であった。
なお牛の場合は1例なのでこれを基準にすることは早計であるが,参考のため記した。
パラチオン毒物の検出方法は次の方法によった。
材料を細切磨砕してベンゾールで20−30分抽出し,これを濾過する。次にアルコール灯等の弱火でベンゾールを蒸発させ,乾固は乾固一歩前で終るようにする。この蒸発乾固の場合,引火することがあるから注意しなければならない。
乾固したものへ,エチールアルコール10tと水10ccを加え,充分撹拌する。これに5規定の塩酸(5NHCL)2ccとアエン未0.2−0.5g加え,弱火で10分間加熱し乍ら撹拌し,再び濾過する。これに亜硝酸ソーダ1ccを加え撹拌後10分間放置し,同じくズルファミンサンアンモン1ccを加えて撹拌後10分間放置する。これに試薬N−(1−ナポチール)−エチレンジアミン数滴を滴下して撹拌する。
以上で呈色反応は終り,陽性の場合は赤紫色になる。
この反応はチアゾール,ダイアジン,アルバジル等のズルファミン剤,パラニトロフェノール(ベンジン,チロチジン,アニリン,アントラニール酸,ピクリン酸,トリオール,ペラニトロ,トルイジン等)等については同様の呈色反応を見る場合がある。これに対するパラチオンの鑑別としては,呈色反応液にベンゾールアミルアルコールを加えると,パラチオンによる呈色はアミルアルコールに色が移行する。その他のものはその移行が認められない。
(表)パラチオン製剤被災家畜家禽調査表
番号 | 住 所 | 氏 名 | 家畜別 | 飼 養 数 | 被 災 数 | 死 亡 数 | 製剤の 種 類 |
散布月日 | 距 離 | 発症月日 | 死亡月日 | 備 考 |
1 | 浅口郡金光町 | 平田 龍太郎 | 鶏 | 500羽 | 2羽 | 2羽 | 粉剤 | 29.7.12 | 強風 15m | 29.7.12 | 29.7.13 | 剖検 |
2 | 倉敷市白楽町 | 武内 克 己 | 鶏 | 雛のみ 90羽 | 40羽 | 3羽 | 粉剤 | 7.13 | 4m | 7.13 | 7.14 | 剖検 |
3 | 岡山市浦 安 | 龜高 幸 一 | 鶏 | 22羽 | 22羽 | 22羽 | 粉剤 | 7.15 | 20m | 7.16 | 7.16 | 剖検 反応+ |
4 | 都窪郡庄 村 | 不祥 | 鶏 | 3羽 | 3羽 | 3羽 | 乳剤 | 7.16 | 3m | 7.16 | 7.16 | − |
5 | 玉島市阿賀崎 | 高田 辰 夫 | 鶏 | 1,200羽 | 500羽 | 5羽 | 乳剤 | 7.11 | 微風 250m | 7.13〜15 | 7.18 | 剖検 反応+ |
6 | 玉島市 〃 | 出宮 英 夫 | 鶏 | 350羽 | 350羽 | 6羽 | 乳剤 | 7.16 | 150m | 7.17 | 7.18 | 剖検 反応+ |
7 | 岡山市平 井 | 山本 五三郎 | 鶏 | 166羽 | 166羽 | 6羽 | 粉剤 | 7.19 | 6m | 7.19 | 7.22 | 剖検 反応+ |
8 | 岡山市下 牧 | 西崎 竹 野 | 牛 | 1頭 | 1頭 | 1羽 | 乳剤 | 7.14 | 2m | 7.15 | 7.19 | 剖検 反応+ |
9 | 上房郡北房町 | 上田 弘 | 鶏(雛) | 360羽 | 180羽 | 11羽 | 粉剤 | 7.19 | 140m | 7.2 | 7.23 | 剖検 反応+ |
10 | 玉島市阿賀崎 | 高田 辰 夫 | めん羊 | 2頭 | 2頭 | − | 乳剤 | − | − | − | − | 罹病中 |
11 | 岡山市今 | 不祥 | 山羊 | 1頭 | 1頭 | 1頭 | 粉剤 | − | − | − | − | 連絡のみ 詳細未調査 |
計 | 牛 | 1頭 | 1頭 | 1頭 | ||||||||
めん羊 | 2頭 | 2頭 | − | |||||||||
山羊 | 1頭 | 1頭 | 1頭 | |||||||||
鶏 | 2,691羽 | 1,263羽 | 58羽 |
註 本調査は直接畜産課に連絡のもののみである。