昭和28年度高度集約牧野としての改良事業は国より本県に対して20町歩の割当があったが，その内久米郡大井町宮部下管理牧野に県から12町２反歩（事業実施面積８町５反４畝）の事業承認を得て，38万７千余円の補助を受けて総経費70余万円で大井町宮部下牧野を開墾し，優良牧草の栽培を行っていたがこのほど事業を完了し，継続事業として今年度さらに12町歩余を開墾して，優良牧草の栽培を続けることになった。
　大井町におけるこの春播種した優良牧草の生育状況もよく，好結果をもたらしているが，この高度集約牧野の概要は次のとおりである。

３回目刈取後の牧場の一部
アングルトーザーによる耕地

一．土地の概要

　宮部下の30余町歩は先人によると和牛試験場の予定地でもあったといわれ，傾斜は10−20度，土質は津山畜産農場によく似た埴壤土で，地続きの開拓地を試験場で調査したことがあったので，その土質を参考にした。この狩衣（カリギヌ）の土地は標高220−240ｍ，平均傾斜10−20度，母岩は粘板岩，植生は疎である。土壌は埴質壌土で酸度は極めて高く
甚だしい地点においては置換酸度102（ＰＨ4.3）という県下で最高の値を示している。従って置換石灰の含有量は極めて少く0.003�rである。燐酸吸収係数は1,600−1,800でかなり高い。
　このため当地区の改良対策としては，先ず第一に石灰を施用して酸度の矯正を行い，燐酸，良質堆肥の増施が極めて必要である。燐酸施用量は過石換算で反当12−13貫の施用を必要とする。尚土壌腐植の含有量は甚だ少いので反当300−400貫の施用は絶対に必要である。

二．着手までの準備

　宮部下牧野が高度集約牧野に指定されてからは，水田助役が中心になって，普及所の小林技師が技術面を担当したが，一つの事業を初める上には相当の目に見えない苦労がある。この部落はほんの一部の人を除いては，「牛の餌はワラさえあればよい，肥やすにはワラに麦を煮てやるだけでよい」という，昔なりの考えをもっている人が多く，「草刈場に牛の餌を植えたのでは，田に入れる刈草がなくなる。この辺の様なねばい土の田には荒い柴草を刈って入れなくては農作物は良く出来ない」等反対の発言者も初めはあったが，大勢の力によってよくここまで来たものである。
　集約牧野改良を計画した最初に，機械にとる帯状耕起の腺で進み，28年10月には一部の人にクローバー，禾本科牧草の試験圃場を依頼した処，これが本年春の計画の目安となり，周囲の人々に最もよい説明となった。この試作試験は９月中旬に４尺の帯状耕起を行い，基肥として反当堆肥を300貫施肥し，３日後に第１回として禾本科（イタリアンライグラス，オーチャードグラス，マウンテンブロームグラス）の種子を２升，クローバー類を２合，第２回目にクローバー類４合（内ラジノクローバ２合），第３回目に禾本料を３升播種し，鎮圧した。その上に薄く切藁を散布した。この場合基肥としてあらかじめ石灰を反当50貫施用した。（施用できない場合は12月上旬散布がよい。）追肥として12月中下旬に反当尿素２貫，溶性燐肥5貫，塩化加里1貫を施用し，霜柱の防除に留意した。

三．作業の開始

　土地全面耕起のためには機械に依存しなければならないので，水田助役の尽力によって，森林組合が林道開発に使用するアングルトーザーを借用することになり，各方面の協力を得て３月初旬から作業を開始した。障害物の除去等を終って鍬入れは今次計画で最目抜である「美敷田」で万人の注目のうちに行われた。文化の象徴であるエンジンの響が初春の霜柱をゆすぶって，低い峯伝いに流れ，60ｔの怪物が土を削って行く有様を見ていた人々は，その人々がこれから切りなさなければならない土塊があまりにも大きいという不満と失望，事業完遂に対する疑惑，それに加えて企画者に対する怨嗟を含んだ微妙な感情で一瞬ざわめいた。それは地表の木の根やササを中に入れた巨大な海苔巻のようなものである。このような高さ４尺，長さ２間位の土塊が次々と作られては海の波の様に並んで行く。人々はこの波に呑まれてしまったかも知れないが，これを喰いとめたのは指導者水田氏の努力と強い闘志による処が大きかった。氏は自ら鍬を取って土塊に向った。ササ根を拾い出さなくて切り崩す丈で20分はたっぷりかかる。これに部落民は従って鍬を取り，やっと気運は出て来たが，未だこの膨大な地域を鍬のみで処理し得るとは考えられず，焦慮と苦悩の末，デスクハローを試用する事にし，数日後には各方面の儘力により現物が到着したが，この計画は次の様な原因から失敗に終った。

　（一）デスクハローは僅か５分から１寸位の土に喰い込む程度で，開墾地の砕土には適さない。
　（二）土塊の波が余りにも大きいためハローはわずか土塊の頂上を掻く程度である。
　（三）アングルトーザーは索引に適当な機械でなく特にバックは効かない。

アングルトーザーによる耕起

　以上の点からデスクハローによる砕土を中止し，人々は万策つきて土塊と取っ組んだ。一部の人々は案ずるに日が暮れ組合長の瞳は毎日の稼動人数に従って一喜一憂であった。加うるにこれがため手不足となり，麦畑は草に覆われ，薪も思う様に取れなかった。いくら手間を入れない様にしても，反当８人歩や10人歩はかかり，最も丁寧にすると20人歩もかかった。そして開墾用犁等で基肥を鋤込むのがよく，今から考えると肥料は全面に散布せず，播種溝へ埋め込んだ方が効果的であった。

四．播種

　長期予報は旬日を出でずして長い雨が来ると報じていた。春播の下種は早い程よいといわれ，事実４月に入ってから10日播種がおくれた所は年内の刈取が１回は違った。昨年秋の試作地の様子からみて，作物ができぬことはない。すでに禾本科の長いものは当時1尺位に延びていた。そこで県の係官の指導により栽培の計画を立て，普及所において酸度検定を行い，試験場の成績を準用して「別表１・２」の計画書を各人に配布し，購入肥料を手配した。

（別表１）施肥量

〔註〕追肥は毎年実施すること。堆肥は開墾地には不可欠のものであるから基準量
以上施肥すること。石灰として炭カルを施用

（別表２）播種量

〔註〕禾本科と荳科を各１種類あて混合播種する場合を計画した。

　砕土がやっと完了した頃には１，２日前迄の緊迫した空気と異り，笑顔で朝の挨拶を交わすようになった。まず最初にデモンストレーションによって肥料の使い方，各飼料作物の特性，混播の必要性，混播の方法等について説明し，この土地に対する燐酸の必要性と石灰，堆肥の施肥等について判りやすく説明した。しかし聞き馴れぬ名前，見馴れぬ種子のため間違いが生じ易すかった。

五．改良の成果

　昨年から計画して１年，水田氏と地元民の熱意を協力によって小さい乍らも第１年度の事業が完成した。今年は春から天候に恵まれ，整地期間は晴天が続き，４月末からの多雨は生育を危ぶまれていた牧草の成長を極めて順調に進め，すでに反当500貫から1,000貫の青草を収穫することができた。そして早いところでは８月上旬までに３回刈取った処もある。
　多雨の後に来た熱暑のため一時は牧草の生育もいためられたが，地元民の熱心な肥培管理のよって夏も無事に終り，その成果も着々と揚っている。
　今年度は更に高度集約牧野の成果を揚げるべく継続事業として12町歩を改良する計画である。そしてこの牧野によって40頭の乳牛飼育が可能となる。現在同町の乳牛飼育頭数は60余頭，宮部下部落はその約３分の１の20余頭を占めているが，この牧野完成後は県北部地帯の乳牛のモデル地として発展する日も，そう遠くないことと思う。
　以上は大井町における高度集約牧野の大要であるが，本年度特に注意を要する点は次のとおりである。

（一）この地域における堆肥と燐酸の効果は顕著である。燐酸としては溶性燐肥を用いたが，鶏糞はこの意味から優秀な肥料である。
（二）石灰は必要な成分であるが，この様な土地では一度に必要量を施肥することはできないので数回に分けて施肥が必要である。
（三）土壌の状態がよくないので，根瘤菌が寄生しにくい。堆肥の増施と，特にルーサン等には根瘤菌の接種も必要である。

　なお試験地の収穫成績を参考のため別表３に登載した。（久米北部地区農業改良普及所，小林技師提供資料による）

（別表３）試験地における収量成績

混　　播

単　　播

〔註〕無石灰区，石灰区は収穫ができないので身丈のみとした。その他の収量は反当換算による。