ホーム岡山畜産便り > 復刻版 岡山畜産便り昭和29年10月号 > 岡山種畜場講座 乳牛の飼い方(五)

岡山種畜場講座

乳牛の飼い方(五)

渡辺技師

 この乳牛の飼い方については今本,岡技師両ベテランの執筆により進められて来たが今回両氏の転出に伴い三転してその後塵を拝するものであるが素より浅学菲才加えて現場勤務の糖糟の間に拙文を連ね杜撰,粗漏等多々あると思われるが御容赦を願って続講することとする。

四.仔牛の育成

(一)仔牛育成の意義

 酪農経営における仔牛の育成は最も重要なものである,純粋繁殖の場合生産仔牛は必ず育成する必要がある。一般に雌牛の完熟年令は5才であるから10頭の雌牛に対して毎年2頭位の割合で新しい優れた仔牛を育成すればよい。
 多くの酪農家は純粋種より雑種を飼養しているので,牛乳販売を目的とした場合仔牛の育成を好まぬ傾向がある。然したとえ雑種牛でも優れた系統のものであればこれを育成した方が有利である,仔牛の育成に使用せられる牛乳の量は約全生産量の4%位である,自分の雌牛の後継者を得るため外から入れることもあるが,これは相当の費用を要するので,自分の所で生産したものを育成するのが一番経済的であり,安心であり,又楽しみなものである。

(二)育成仔牛の選択

 雌仔牛を分娩から成牛になる迄育成するのは相当な費用と労力がかかるから余程能力のある又体格の良いものを選択してかからねばならない。即ち母親の能力の優れたものが基礎的条件であるが更にその系統のものが揃って優れていることが望ましい。然しこうしたものが必ず優れているとは限らないが多くの経験からいってこの様な目標を立て,仔牛を選択育成する事は当然である。尚生活力の旺盛な仔牛はその発育は目立って良好であるが弱々しいものは思いがけない疾病に侵され易いから注意せねばならない。更に重要なことは,単に能力として泌乳だけでなく,脂肪率の低い傾向の系統は出来るだけ淘汰する方針で高脂肪率の系統を選ぶべきである。

(三)仔牛の栄養要求

 仔牛の育成上の問題の内,基礎的重要性のあるものはその仔牛の発育に対する知識である。
 栄養に関する新しい知識は実際上の飼育に当り是非心得ていなければならぬのであるがその中でも最も大切なことは,仔牛の消化管に関することであると同時にエネルギー,蛋白質,鉱物質,ビタミン及び水等に関する知識である。

A.胃の構造

 牛は反芻動物であるから胃は4つの部からなっているが1,2,3胃は食道の分化した前胃であり4胃が真胃である。
 仔牛の胃の構造は成牛の場合と相当その趣を異にしその大きさや容量等に著しい相違がある。成牛では第1胃の大きさは胃全体の約80%を占めているが生後2−3週間位の若い仔牛では第3胃と第4胃の合計は第1胃と第2胃の合計の約倍量である。これ等4つの胃の大きさの比例は年令の進むに従って速かに変るが生後10乃至12週位の仔牛のものは第3胃と第4胃を合わせたものは第1胃と第2胃を合わせたものの約半分になり更に12ヵ月になるとこれ等の比例は大体成牛のそれに近くなってくる。第4胃は所謂真の胃である。ここで消化が行われるのであるが哺乳中の仔牛では摂取した牛乳は直ちにここに入り消化せられる。又若し給与した牛乳の量が第4胃の容積より多い時は余分の牛乳は第1胃に待機せられる。このように余分の牛乳が第1胃に置かれると消化不良を起す要因となる故に牛乳の給与量は一度に多量を与えないように注意せねばならない。

(表)発育中の仔牛の胃内容積の変化

初生仔牛 3  週 3ヵ月 6ヵ月 12ヵ月 成  牛
第 1 胃 1.2立 3立 10−15立 36立 68立 50−200立
23.80% 37.50% 58.50% 68.80% 75.50% 80.60%
第 4 胃 3.5立 4.5立 6立 10立 12立 8−20立
71.00% 56.00% 35.20% 18.50% 13.30% 8.10%

註 %は全胃に対する数値である。

B.仔牛の必要とする飼料とエネルギー

 仔牛時代の消化管はその容積が小さいので一時に多量の飼料を採ることを避け大体生後5−6ヵ月になる迄は特に大量の粗飼料を利用することができない。一般に元気な仔牛でさえ10ヵ月になる迄粗飼料は余程差控え栄養の給源は牛乳や脱脂乳及び濃厚飼料によって補う。

C.蛋白質の栄養要求

 仔牛の体の中の蛋白質量は生後6ヵ月以上になると急に増加するから,この時代の蛋白質要求量は比較的多くなりモリソン氏は試験の結果100ポンド(1ポンドは0.454s)の生体重に対し仔牛は1対3.9から1対4.5の栄養率を推賞している。これは年令の進むにつれて次第に広くなり1,000ポンドの生体重位になれば1対8.2から1対8.4になって差支えないといっている。更に給与蛋白質の質も大切な問題で乳汁中の蛋白質よりよい蛋白給源はないといわれている位であるから牛乳代用飼料を使う時は余程の注意を払うことを忘れてはならない。

D.鉱物質の栄養要求

 仔牛時代の骨格の発育は急速に行われるもので特に骨格の中の灰分の含量は生後5ヵ月から著しく上昇してくる,骨格の主成分はカルシウムと燐酸であるから飼料の中には石灰と燐酸を充分補給する必要がある。牛乳の中にはこれ等の成分が充分含まれているが,離乳後にはその飼料中に充分な量を含ませる様注意が肝要である。沃度は極少量ではあるが仔牛の発育に必要である。沃度欠乏地帯になるとその欠乏症として甲状腺の腫脹する病気に罹ることがある。又鉄や銅は特に血液中のヘモグロビンを造成する上に必要なものであるが牛乳だけでは不足しているから,長い間多量の牛乳だけで仔牛を育成すると貧血症の症状を呈するようになる,乾草や穀類を牛乳と共に給与すれば特別にこれ等の成分を補わなくても良い。
 又苦土は牛乳中には比較的少ないのでこれ亦稀ではあるが多量の牛乳だけで仔牛を育てると血液のマグシウムの欠乏により一種の痙攣を起すことがある。乾草や穀類の中には多量の苦土が含まれているからその必要はない。
 次に食塩であるがこれは仔牛が穀類や乾草を食い始める頃から特に必要でこれの給与を怠ると仔牛の発育は順調に進まなくなる。

E.ビタミンの栄養要求

 ビタミンB・Cは既に仔牛の体内で生成せられるのでその必要はないがAやDは特に幼時に於いては必要欠く事の出来ないものである。なおこれ等必要とするA・Dは牛乳中に含まれているが,その含量は雌牛の消化する飼料の含量によって異なるものである,特にビタミンAの不足飼料によって母牛が飼われた時はその生産仔牛は元気がなく分娩後も下痢に悩まされる事が多い。ビタミンDは骨の形成上又クル病を防ぐ上に必要なものであるがこれは日光浴をすることにより紫外線の影響によい体表にエルゴステリンを形成しこれがビタミンDの作用をする。尚水は仔牛育成上必要なので常に清水を用意せねばならない。

(四)哺乳仔牛の育成

 仔牛は人工的に育成するものと母親と共に一緒に置いて育てるものと2法がある。一般には仔牛は人工的に育てられているが,唯極めて稀な場合純粋種牛で非常に優れているものは母牛と共に同居させ大切に育てることがある。

A.仔牛育成の最初

 仔牛の育成が何んだ方法であっても最初は必ず母親から搾った初乳を飲ますのである。その為に分娩後2−3日間は仔牛を母親と同居さすと都合がよい。或は分娩後直ちに母子を分離する時は人工哺乳をする。

B.初乳

 初乳は生まれたばかりの仔牛にとって非常に大切なものである。これを飲むことによって仔牛は各種の疾病に対する抵抗性を増し特に消火器病に対し効果がある即ち初乳の中には各種の疾病に対する免疫素が含有せられているからである。又初乳はその中に灰分や蛋白質が常乳に比較して多く更に初乳球が含まれているので生後間もない仔牛はこれを飲む事によって下痢の作用を現わし胎便の排出に役立つ。又初乳の中のビタミンAの含量は常乳に比較して10−100倍に達しこれを飲むことによって発育が促進せられるものと認められる。蛋白質含量も多く17%に達し濃厚な黄体を呈している。

C.出産直後の仔牛に対する注意

 普通の場合は母牛は生まれた仔牛をよくなめて体の面に着いている黄色の粘液を乾かすものである。然し厳寒の候であるとか母牛が元気のない時は乾燥した柔かい葉や乾草でこすって拭きとるのである。又仔牛が分娩に際しその鼻や口についている胎膜や粘膜を取り去ることが出来ない時は速やかにとってやる。新生の仔牛は病原菌に非常に感受しやすいもので臍又は消化器がその侵入の経路となる。分娩が終ると母牛は立ち上がるがその時適当な処で自然に切断される。然し余り臍帯が長い時は体から2寸の処で切りヨード丁幾を塗布するが良い。臍の緒はこれを縛る人もあるがむしろ縛らないで自由に漿液を垂らして早く乾燥した方が良い。冬の分娩等では其の儘放置しておいても故障はめったに起こらないが夏は消毒が特に必要である。

D.人工哺乳の教え方

 仔牛を母牛から離した後少なくとも10時間位は乳を与えないにする。これは仔牛をひもじくさせるのであってそのために非常に簡単にバケツから乳を飲むことを教えることができるからである。
この場合常に仔牛を優しく取扱い真に愛情をもって育てるようにしなければならない。
 人工哺乳に当っては先ず母牛から搾った新鮮な温かい乳約5合位を清潔な容器に入れ仔牛から出来るだけ離すようにしてその前におく。普通の仔牛であれば容器の周りを嗅いで見て自然に乳を吸い始めるものである。然しそれをしない時には2本の指を指頭を上にして乳のバケツから乳を飲むことを教えることができるからである。この場合常に仔牛を優しく取扱い真に愛情をもって育てるようにしなければならない。
 人工哺乳に当っては先ず母牛から搾った新鮮な温かい乳約5合位を清潔な容器に入れ仔牛から出来るだけ離すようにしてその前におく。普通の仔牛であれば容器の周りを嗅いで見て自然に乳を吸い始めるものである。然しそれをしない時には2本の指を指頭を上にして乳の中につけてからそれを仔牛の口の中に入れてやる。それでも乳を吸おうとしない仔牛はその頭をあげて乳を茶さじ1杯注ぎ込みそれを繰り返す。仔牛が指を熱心に吸い始めたならば手をゆっくり乳の中に引込みその時に2本の指の間を軽く拡げればその間から乳を吸い上げて飲むようになる。数回飲み込んだならば指を口から離す。それでも乳を飲み続けようとしない時は仔牛は頭をあげるから上述の操作を数回繰り返す。
 仔牛に与える乳は初乳期の約1週間を過ぎたならば必ずしも母の乳でなくても良い。然し乳の温度は必ず摂氏35℃の温度にして与えることが大切である。そうしないと消化器を害する恐れがある。(以下次号)