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岡山種畜場講座

養豚講座(五)

花尾技師

まえがき

 養豚講座を受けもつことになりましたが前担当者の記述と重複するところがあるかと思いますので,前もっておことわりしときます。豚は御承知のように野猪からならされたものであり,最も古い家畜でもあります。
 第二次世界大戦勃発直前の世界の豚の頭数は約28,500万頭でした。欧州は戦前各大陸中第一の養豚地でしたが戦事中輸入飼料が困難になり又濃厚飼料が食糧の面に転用されて急激に減少し,終戦の時は戦前の60%に減ってしまったといわれています。お隣の中華民国は欧州,米国と共に世界の主要養豚国として知られており,1935年中国の豚は約7,600万個と推定されていました。
 中国では豚のことを猪といい戦事中中国に行われた方は中国養豚の実際を見ておられると思いますが,他の国のようによい飼料をやるのでなく,人の食糧に全くならない作物や或は廃棄物,それどころか石炭滓の中をあさってよく生命を保ち,なお立派に肉を付け子供を育ててゆく,野性的ではありますが,実は偉大な消化力をもっていることがわかります。このことは戦事中も甚しい減少を見ることもなく済んだ原因だと思います。中国での食肉は豚であり(漢民族)ますので食生活に豚はなくてはならぬものであり豚と生活とが,しっかりと結びついているわけであります。
 日本の養豚はどういうふうかと申しますと勿論年々進歩しております。それも他の家畜のように政府の手厚い保護奨励をうけることもなく殆んど自力でもってすくすくと一人立ちで今日の地位までのしあがってきたのであります。これは豚が日本においても@生肉としてすぐれており,良質の肉,脂肪を豊に生産する。A厩肥を多量に生産する。B繁殖力が旺盛で又飼料の利用範囲が大きい等非常にすぐれた特性をもっている関係でありますし,どんな農業経営にも豚を取り入れることができるからでもあります。即ち農業経営に役にたつよい家畜であるということがいえます。

種付についての知識

(一)豚の生殖器の特徴

 豚は他の家畜と比較にならない程,極めて旺盛な繁殖力をもっています。
 雌豚の生殖器は卵巣,輸卵管,子宮,膣,外陰部及び乳腺でしめられており,子宮は犬猫と同様分立子宮であり牛馬の雙角子宮とは違っています。又子宮頸が特に長く約15pもある点が他の家畜と違っております。
 雄豚の生殖器は睾丸と陰茎からなっており,副睾丸,精嚢,摂護腺等がこれに附属し,輸精管で副睾丸と尿道とを結んでいます。豚の睾丸は身体の大きさに比較して大きい方であります。又牛のようにだらりと下らず身体にくっついています。尿道球腺もよく発達して一種の粘性分泌物を出します。豚の精液量は他の家畜とは比較にならない位1回の射精量が多いのです。牛の5tにくらべて250t−300t,多いのは500tを射出します。従って交尾にかなり長い時間を要するわけです。岡山種畜場での4−8月までの39回射出精液量平均は,352tで最高500t最低230tとなっています。

(二)発情及び性周期

 雌は大きくなるに従って雌らしい体と性質になってくるし,卵巣内の濾胞は次第と発育し卵子が成熟してきます。濾胞が成熟の頂点に達すると破裂して卵子が卵巣の外に飛び出します。このことを「排卵」といっています。
 濾胞が極度に発育しますと発情を表します。豚はもう一人前になりぼつぼつ子供を産む準備が出来てきているしるしです。
 発情は濾胞に出来た発情ホルモンの刺戟でおこるものであります。
@発情の徴候は動作が変って,何となくおちつきがなくなる。
A外陰部から赤くなり,陰部は大きくふくれはちきれそうに丸味をおびてきます。
B陰部から粘液を出します。
C尻に手をやっても別にきらわずじっとしています。
D興奮してえさを食わないのもあります卵子が濾胞液と共に流れ出ると発情は自然に止まります。
 初発情は個体の違いもあり,飼養管理とか季節品種等でもちがっていますが,大体を示しますと生れてから6−8月であります。中華民国の豚は発情が早くおませで仔豚とおもっている間に隣の室から,雄豚が(中国の豚は身体が軽い)隔壁を飛び越して管理者の知らぬ間に幼雌にタックルしていることがあります。
 発情がおきるようになって一定の間隔をおいて発情がくりかえされます。これを性周期といっています。豚の性周期は21日目毎に繰り返されます。経産豚は幾分長く未経産豚は短いものです。
 発情の続く時間は40−70時間(2−3日)位であります。(おすをのせる時期)此の期間中最も発情のよい時に種付をしなければなりません。

(三)種付適合期

 初の発情があるからといって体が完成したのではありません。体の発育は永久歯の生え揃う時を完成と見ています。豚は18ヵ月で完成することになります。
 あまり若い時に種付すると母体の発育がおくれ母親は小さく幅の狭いものとなります。又生まれた子供も元気な力のある子供とならず発育もよくありません。しかし経済的な面も考えて初種付の時期を生後10−12ヵ月年令を標準とし身体の出来(27貫−30貫位)具合とをよくにらみ合わせ種付することが肝要です。

(四)産後の種付の時期

 豚は産後子供に乳を吸わしている間は発情しません。ところが子供を離す(離乳)と1週間位で発情するものです。年3回子供をとる場合は分娩後第1回の発情の時種付しなければなりません。

(五)種付季節

 豚は牛と同様1年を通じて何時でも子供をとることができますが飼っている方の立場からいいますと,11月,12月−5月、6月に種付して3月,4月−9月,10月の2回分娩さす方法が最もよろしい。
 夏生まれた子供は暑さのため蚊や蠅に苦しめられるので,充分その設備をしないと発育がおくれます。又寒い季節に生まれると仔豚は寒さに弱いものですから(特に県北の高冷地)気をつけてやらないと育ちがおくれ又寒さのため凍え死ぬことがあります。寒さを防ぐためには湯たんぽを入れてやる等して育てねばならないので余分に手数がかかるわけです。なお寒いときですと青物に不足するので育成にも困るわけです。春子と秋子とでは春子の方が育成結果はよいようです。
 分娩時期は春秋のお彼岸頃を目安とするよう心かけて種付すればよろしい。

(六)種付

 受精は精虫と卵子とが融け合うことで精虫は子宮頸から子宮,輸卵管をとおって輸卵管膨大部に前進し卵子と合って受精します。
 それでは種付はいつがよいかということになります。まえにもいいましたように発情は2−3日続きます。排卵時刻は発情してから30時間後であり,卵が出てしまうのに2時間位を要します又雌の生殖器内での精虫の受精能力を8時間位あるとして,これ等のことをもととすると種付の最もよい時は雄をのすようになって半日から1日の間に行うのがよいことになります。(以下次号)