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岡山種畜場講座

農家自家用向き山羊乳の加工(二)

佐藤技師

四.山羊乳チーズのつくり方

(一)山羊乳チーズについて

 山羊乳は個体から生産される乳量が少いので,余程纒って飼育されていなければ加工用に纒った乳量を集める事は困難であります。元来農村で簡単に出来る山羊乳の貯ぞう加工法には,チーズ,バターがありますが,バターの方は山羊の脂肪球が小さいのでクリームの分離が悪く牛乳のように器具を余り用いないで静置法によることは困難で,どうしてもクリーム分離機を必要とします。其他の器具を合わしてバター加工には小規模に行っても7,8万円は必要でしょう。それで自家用に山羊乳を加工する場合は,割合資金がかからず出来るチーズの加工を行った方が有利です。チーズ加工には原料乳はなるべく新鮮でなければなりません。出来れば搾乳後3乃至4時間位迄のものが良いです。それで相当量の乳量を集めるに困難を来すことと思うのでチーズ加工は季節的には冬期に行うのが良いのです。

(二)山羊乳チーズ加工の準備

1.スクーターの調製

 良質の山羊乳チーズをつくるのには良質の乳酸菌を純粋培養してつくったスクーターと言うものがなくてはなりませんこれは千葉の国立農業技術研究所畜産化学部から分けて貰うのがよいです。(岡山市北方大和町,日本微生物研究協同組合においても販売しております)これを種にして三角ビン(容量100t)を清潔に洗浄して新鮮良質の山羊乳又はその脱脂乳の容量の3分の2程度(約70t)を入れて綿栓をし,これを湯の中で30分間加熱殺菌します。殺菌が終れば徐々に冷却して30℃とし,この温度で6−16時間放置して再び前に同様に殺菌します。このようにして最後に30℃に冷却したならば清潔な場所でこれに分けて貰った純粋培養をした乳酸菌を植えつけます。それには滅菌したピペット又は細い硝子管を以て原種を1%内外入れて良く振とうして細菌が充分行き渡るようにします。
 雑菌が入らないように手早く綿栓をして30−32℃に保温して20時間清潔な所へおくと山羊乳はゼリー状に凝固します。これをマザースターターと言って10℃以下の冷暗な清潔な所(冷ぞう庫がよい)に保存しチーズをつくる時に更にこれから必要量のスクーターをつくって行きます。
 このマザースターターは2週間程で乳酸菌の活力が弱くなるので新しく植えかえをした方がよいです。長く貯ぞうする必要があるときは滅菌した炭酸石灰の少量を加えておくと酸過剰による乳酸菌の死滅を防ぐことが出来ます。チーズをつくるときには沢山のスターターが要りマザースターターを増殖する必要の事は前にも述べましたが,これには山羊乳を三角瓶又は牛乳瓶等に入れ30分間湯の中で殺菌して30℃内外に冷却してマザースターターを接種して発酵させます。

2.レンネットの調製

 山羊乳を凝固させて硬性チーズをつくるにはレンネットが必要であります。レンネットは牛又は山羊のまだ乳以外の飼料を食べない時期の仔畜の第4胃から採取すると最も良いものが得られます。屠殺したとき第4胃を第3胃の下部と共に切り取り内容物を絞り出し,表面に付着する脂肪や結締織を除き,空気を吹き込んで膨ませ陰乾しをして保存します。乾燥したものは細切し適当な容器に入れ一方食塩の5%の水溶液をつくり更にこれに硼酸を2%加え細切した胃が浸る程度に入れます。時々振とう撹拌し約1週間室温に保存します。夏季25℃内外であれば二昼夜で充分あります。それを濾過し浸出液を着色瓶に入れ光線を防ぐと共に冷暗所に保存します。

(三)山羊乳チーズのつくり方
1.簡単なチーズ加工に要する器具

○簡易なチーズバット
 銅鈑錫鍍金の箱(錻力製でもよい)
 容量約六升
○チーズ框
 木製の框,周囲に穴がある,天と底は無し容量チーズ二卦度位
○カードナイフ
 ○棒状寒暖計

2.軟性チーズのつくり方

 農家で最も簡単に出来る半固形体の食品で,風味もよく其の中に乳固形分を濃厚な状態に含んだもので数日間の貯ぞうが出来ます。普通コツテイジチーズと呼ばれるもので所謂生チーズであります。新鮮清潔な原料乳を用いなければなりません。普通脱脂乳を用いる場合が多いのですが,勿論全乳でもよい。チーズバットを用いますが無ければ搾乳バケツでもよいからその中に原料乳を入れます。先に述べたマザースターターよりつくったスターターを3%内外加えて23℃位で10−12時間保ちます。加温には火鉢でも炉の上でもよいから温度を調節し乍ら温めます。発酵が進むにつれ原料乳は乳固形分(カード)と液体(ホエー)に分れるからその時容器の壁を手でおさえてカードがはがれて来るようになるとカードナイフでカードを賽の目に切ります。カードナイフが無ければ手で静かに砕きます。
 それから徐々に加温して温度が40℃位になってカードが硬くなったならばホエーを排除します。排除後は冷水を注加してカードの癒着を防ぎ,この時酸味が強かったならば更に水洗すると良いでしょう。風味をつける為原料カードの量の2%内外の食塩を加えます。出来たものはそのまま食用にするが,カルトン(蝋印厚紙の箱)に入れるとか又軽くてつぎに入れて圧搾すると取扱いが便利です。尚スターターを加えて乳固形分とホエーに分離し軟い豆腐状の乳固形分を取出し豆腐のように味噌汁に入れるとか胡麻塩を振りかけて農家の副食品として利用するならば,又蛋白給源として利用価を高めることが出来ます。即ち大豆の蛋白質の豆腐の代りに乳蛋白質を利用して乳豆腐が出来るのです。又乳酸菌を用いずに酢酸を加えてカードを固めても豆腐状のものを得ます。勿論食用に出来ますが,風味の点から乳酸菌をもってつくったものに及びません。

3.硬性チーズのつくり方

 山羊乳チーズは牛乳チーズと同様の方法でつくりますが,硬性チーズは牛乳の場合程ではないが種類は沢山あります。硬性チーズは硬い組織と肉質を有し貯ぞう性に富み従って商品としても立派なものとなります。その代表的なブリックチーズとチェダーチーズのつくり方を述べて見ましょう。

一.ブリックチーズのつくり方

(イ)原料乳の処理
 原料乳は出来るだけ新鮮なものが必要な関係上山羊乳を少量宛集める場合には汚染される機会が多く従って変質の憂があるので出来るならば共同搾乳場で新鮮なものを清潔に搾乳するがよいです,
 先ず原料乳をチーズバットに入れて火鉢の上でも炉の上でもよいから加熱します。乳温が20℃になったならば乳量の2−3%のスターターを加え時に撹拌します。2時間位20℃の温度で加熱してから乳を凝固させる為にレンネットを加えます。山羊乳は凝固の状態が軟い為これを完全に凝固させる為にはレンネットの量も牛乳に比べて多く加えた方がよいです。
 レンネットの乳を凝固させる力は抽出した液によって多少異っていますが,概ね乳100Kに対し60−70tを20倍の水に溶して添加すればよいです。添加後は撹拌してレンネットが一応行き渡る程度になれば中止します。
(ロ)カードの裁切(細切)
 レンネット添加後20分−40分でカードは完全に凝固します。凝固の程度はチーズバットの壁に接した所を手でおさえてカードがきれいにはがれて来ればよいのです。充分に凝固してホエーが分離するようになれば水平と垂直のカードナイフを用いてカードを賽の目に切断します。
(ハ)カードの加熱
 細切後賽の目にしたカードは始めは軟いが出来るだけ静かに撹拌し乍ら5分間に1℃宛温度を上げる位に徐々に温度を上げて行って最後に40℃内外になると(加熱時間約2時間)カードの表面に皮膜を生じカードは10分の1程度に縮少して固くなります。この時加熱を止めます。山羊乳チーズは固い強靭なカードが出来るように心掛けないと,ともすれば軟性カードとなり易く収量を減ずる傾向があります。
(ニ)ホエーの排除
 カード核が上の様になりますとホエーを排除します。この際カード粒はチーズバットのホエーの排除口と反対の高い所に集めるか,或は布製の中に入れて充分排除します。
(ホ)カードの加塩
 次に細切したカード粒を一様にバットの表面に拡げてカード量の2%の食塩を加えます。加塩は篩を通して均等に行き渡るようにすると同時に異物の混入を除くことも出来ます。
(ヘ)カードの型詰及び圧搾
 型は成るべく小型のものがよろしい。型の内面には布を張りつけて後これにカード粒を詰め込み上面にも布を立てて蓋をして2日程水平に圧搾します。圧搾は最初は軽くし,脂肪の損失をなるべく少くします。圧搾の途中,型より取出して皺延しをして上下に反転して均一のものとします。
(ト)チーズの熟成
 型より取出したチーズは整形をして清潔な場所におき毎日反転して表面を拭いよく表面が乾燥し硬い皮膜が出来ましたならばパラフインを塗布するか又は燻煙室を用い堅木を使用し30℃内外の温度でニ昼夜位行います)成熟は15℃程度の穴倉に入れて貯ぞうし2−3ヵ月で食用に供することが出来ますが一般には6−12ヵ月充分風味が出ます。完全に熟成したチーズは通風のよい冷たい所に貯ぞうして過熱させないようにして随時食用とします。

ニ.チェダーチーズのつくり方

 このチーズも前のブリックチーズのつくり方と同様ですが,ホエーを排除後更にカードを堆積餅状とする所謂チェダリングを行う所がちがいます。即ち原料乳の処理,カードの裁切,カードの加熱ホエーの排除はブリックチーズの方法と全く同様ですが次の操作であるカードの堆積(チェダリング)及び細切は次のようにします。
 ホエーを排除して集められたカードは20p内外の厚さに堆積して互に癒着せしめます。
15分毎に上下に反転し4回程行うと餅状になりますので,この時再び細切します。山羊乳チーズは一般に組織が悪いのですが,この操作をすれば組織が緻密になり品質が良くなります。次に行う加塩カードの型詰圧搾熟成は全てブリックチーズと同様の方法で行います。

(四)山羊乳チーズの生産量

 山羊乳チーズの生産量は原料乳の鮮度やチーズの種類等で異るが大体次のようです。

6  月 7  月 8  月 9  月 10  月  
生チーズ歩留 7.70% 8.1 8.1 9.4 10 夏季は乳固形分が少ないのと同時に
チーズを硬くつくる為歩留が悪い
同一ポンドの乳量 3升 3 3 2.7 2.6
(五)山羊乳チーズ加工副産物の利用法

 山羊乳チーズ加工の際には多量のホエーが副産物として出来ます。これを其の儘飼料に利用するのもよいのですが,更に食品として加工するのは又有意義なことと思います。その特殊の加工品としてホエーチーズがあります。
 ホエーを煮沸してアルブミンを掬い取り一方残りの液を蒸発して水分を去り約4分の1の量にします。その中に先に採取したアルブミンを加えてよく撹拌混合して冷却しますと塊状となります。それを一定の型に入れて固めたものであります。冷却のとき急に行って乳糖の結晶が大きく出るので組織が悪くなりますので冷却は緩慢に行わなくてはなりません。乳糖が多量にあるので甘味のある加工品ですが脂肪をおぎなう為クリームを加えると更に風味がよくなります。又製品を乾燥すれば貯ぞう性のある食品が出来ます。