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落穂

旅2題

 惣津課長の御骨折で,今回津山畜産農場と岡山種畜場に,優秀な乳用種雄牛を新たに1頭宛繁養することになった。図らずもこの種雄牛の購買を仰せつかって,8月22日岡山を出発した。同行者は北海道の道産子と申しても差支えのない位に,北海道の隅から隅までを熟知している北酪の工藤技師であったことが何より心強い限りであった。

(一)北海道の乳牛を見て

 長い間終始畜産の仕事をやって来たがこの仕事の内で最も頭を痛めるのは,外ならぬこの種雄牛の購買と言う仕事である。特に苦い経験を過去に持っているだけに,一層この感が深い。単にその個体の示している体型・資質等の表現型で購買が決定出来るとすれば割合にあっさり割り切れるのであるが,その泌乳能力等の所謂因子型については,厳密に言えば後代検定によらねば判定出来ないことは事実である。しかしながらこれは通常購買対照牛は若令の為望み得ないことであるから,可及的にその個体の属する系統の能力を詳細に調査せねばならないことは常識である。その常識論から途中東京で下車して,北海道乳牛の草分けの一人とでも言い得る釘本博士を千葉の御宅に御伺いし,数々の貴重なご意見を拝聴し登録教会の小林局長,小林技師を訪ねて種々大切な資料を頂いて愈々北海道に乗り込んだ。
 購買牛の選定にあたって1度見ても2度,3度と見ねばおさまらない。仕事熱心の工藤技師が右から,案内役でこれまた牛狂人と自他ともに認めている,登録教会支局の高木技師が左から言う調子で両側から尻をたたかれ,ひっぱり回されるのであるから,知らず知らず内に行動半径が拡張され,その御蔭で石狩空知,胆振地方の洗練された基礎牛即ち北海道の代表牛があり,また日本の代表牛とでも言い得る種牛を沢山見ることが出来た。其の上一糸乱れなく整理されている支局の資料でこれら基礎牛の血統能力を刻面に調査させて貰った結果,今更ながらその優れた能力と,その秀でた血統を知らされた。
 以上いささか前置きが単調冗長に過ぎた嫌はあるが,これらの北海道乳牛を行って見て,調べて自分自身として次の様な結論が導き出された。尤もこれについては相当の批判が下されることは勿論覚悟はしているが。
 最近我が国で米国より乳用種雄牛を続々と輸入していることは,血液の更新と言う単なる改良上の消極的な意見・理論は暫く置くとして,我が国乳牛の経済性を昂めること即ち酪農経営の合理化を前提として泌乳量の増加,乳脂率の向上等を真剣に考えれば,現存の我が国の優秀な種牛を組織的に,系統的に活用して行くことが,まず第一に考えなければならない。とすれば種雄牛の外国購買は1~2特定のものを除き全面的に再検討せねばならないことではあるまいか。

(二)泥炭地を見て

 工藤技師と高木技師から今日も明日もと一刻の休みも与えられず,牛を訪ね胆振東部地区を随分歩き回った事実歩いて損をするのは靴の底革が少し減る位で,歩けば歩く程知見が広まってくる。この意味で両技師に感謝こそ捧げるべきで文句のモの字すら申し上げる義理ではない。御蔭で開道80年に及ぶ北海道の開拓史に於いて,今尚泥炭地たるが故に未利用地として放任されている勇壮な原野を眼の前に見ることが出来た。この勇壮な原野は坦々として打ち続く広漠5万町歩(岡山県原野総面積は略1万町歩)亘る原野で農林省が世銀調査団に愛知用水,八郎潟の干拓と共に融資対照として提示されているだけに,特に関心を以って観察した。時恰も自由党では政調会案として農林水産新対策を発表し,食料自給度の拡大を先ず第一に取りあげ,これが一環として畜産対策を大きく打建てている即ち未墾地の開発に関連して畜産を取り上げていることは至急尤もな当然の揹置で今更目新しく感激は覚えないとしても畜産関係者の責任の大きさを改めて自覚させられる。
 この泥炭地は単に独り北海道振興の問題として留まらしめるのみでなく,国土の大部分を占める2,500万町歩に及ぶ山林原野の開発に畜産を大きく役立たしめて食料の国内自給度を拡大させ,我が国農業政策の最も大きな盲点として指摘されている未墾地開発の問題等で発展させねばならないことを痛感させられた本県畜産人に課せられた現実の問題として蒜山原野の開発は,この意味に於いても揮身の努力を傾倒せねばならない。(9月10日)