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蒜山の片隅で

宰府 俤

 本誌“落穂”の欄に岡山種畜場住人の某氏は,蒜山高原に寄せる,と題して2~3年後の蒜山高原の農村9景を描写し氏が心に画く夢の実現を確信して筆を擱いている。
 氏が本県に赴任される前,九州は久住の高原で有畜農業経営に挺身された貴重な体験を通しての認識と経験の集積が,今日の当地区高度集約酪農によって展開される高原乃至は山地農業の一大改革に異様な関心をもち且はその確立安定に対して人一倍の自信を披露されたものであろう。我々は,あげて氏の触手を待つこと切なるものがある。
 県南の暖地農業と決別して既に60余日,仲秋の名月をこの蒜山高原のススキを添えて観賞したのは数日前,吹く秋風は一しお冷気を増している。
 運ばれる風が冷気をつのり,寒気と雪の足音が近づくにつれて,全てが未知なる単作積雪寒冷地農業のベールは1枚1枚とはがれていくにちがいあるまい。暖地農業地帯生まれ,育くまれた私自身その複雑な経営構成は知るよしもないが,此の地帯の真相を眼前に待ちもうけるにおいては前者を見,知る以上に恐ろしい身ぶるいさえ感じてならない。
 私は当地に来る以前,この蒜山を尋ねた多くの人々に,その一鱗でもと何かと聞き質したことがあった。
 農業事情は勿論ながらそれ以上に興味をよび,欲望したことは映画によって代表される当地の娯楽施設であった。
 かつて東北の寒村に一冬を送った乏しい経験からするならば,勿論その当時は大東亜戦の渦中であり時代の流れをはなれて思考の対象とはならないだろうが,すべてが濁酒を友として桃源の園と化していた。
 さきの種畜場住人の某氏はこの濁酒について,島崎藤村の詩集を引用し,愛着の感情を,浮き出している。
 ともあれ,未だ知らずの蒜山の濁酒は別稿に譲るとして,聞き尋ねた映画の顛末を記して,蒜山地区集約酪農建設のプロローグとしたい。
 この地に来る映画はすべて村の公共施設において上映され,川上村においては公民館,八束村においては中福田所在の大宮座がそれである。或は八束村内でもずっと下にくだって映画の上映される施設があるかも知れないが私自身知る処でない。
 かかる二つの施設を利用して上映される映画は輪換放牧の型態をとっている。即ち川上公民館と八束村の大宮座は大体1週間の周期をもって交互に開館しているわけである。草だちのよい放牧地の輪換は概して2週間の周期において営まれるけれど,事映画に関する限り毎回満員御礼の繁栄ぶりでずっと一輪換期を縮めて1週間~5日間である。この映画は普通2本位で大人1人様70円である。これを仮にたとえて記すなれば,一牧草に2頭のジャージー乳牛を放して一週間の輪換放牧が行われていることになり,ごく上等の放牧地であるならば1頭に四反歩の放牧地がいるとして2頭で8反歩,しかも2週間の周期は是非必要であってみれば映画なみの周期でゆけば2倍の1町8反歩が入用である。
 呵呵,大笑し,人情映画に涙する観衆に幾人かかる牧野の改良,管理に思いを至す人があろう。勿論,ジャージー牛導入農家の方々は映画どころのさわぎではないとこの観衆と絶縁していれば話は又別問題であるが。
 4反歩の牧草放牧地が,よく1頭のジャージー牛を飼養する力を持つことを映画の名において,訴えたい。
 話は再度逆転,我々は幼にして活動写真という言葉を知らされ,時代劇はチャンバラ物と結びつけて,馴染んで来た。併し,長ずるに及んですべてを映画という名詞で呼称することを習った。
 或いはかかる言葉を弄するは当地方の皆様方の憤怒を招来するかも知れないけれど,映画と活動写真の定義を物申し,1日も早く映画の名において,明るい画面聞きとれる肉声の活動写真をこの谷に呼びよせたいものである。
 「画面暗くして声,聞きとり難きを活動写真」という。近くに湯原ダムの完成を見,ジャージー乳牛は導入されんとしている。幾百人,同郷の土の犠牲において湯原ダムはなしとげられ,電力は豊富である。乳牛導入による農業経営改革の槌はうちおろされんとし農家経済は豊かにならんとしている。すべて光明の灯火,近きに迫りつつある。
 活動写真をして映画たらしめる好機まさに我が側隣に存在しているのではなかろうか。(9月13日記)