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巻頭言

回想

惣津律士

 昭和29年は間もなく終らんとしている。すべり出しは良かった年ではあったが,夏季に3回も台風に襲われるような不良な天候に災いされるし,更に月と共にデフレの様相は深刻味を加えて,その影響を受けてか,乳価は矢つぎ早に低落して,酪農の危機来るとまでさけばれるような現状が見られ,必ずしも良い年ではなかったようである。
 しかし一方に於てはかねてから待望のジャージー種牛が元気な姿を作北の地に現わし,数多くの問題をはらむ酪農界に一石を投じた事はまさに特筆すべきことであろう。私は去る10月31日と11月1日蒜山高原と津山市で行われた引渡式に臨んで,今後の農業経営の在り方に強い暗示を与えた光景を今ここに目前にうかべて,当時の感激を回想したいのである。あの両日は稀に見る秋晴れの好き日であった。くっきりと威厳を誇った蒜山,さては天狗寺山峯の下で,可憐にして,特徴のある顔をしたジャージー種牛を囲んで高らかに三唱した万歳の声がいたいまでに耳によみがえってくるのである。
 ジャージー種牛が入ったかと言って,その地帯の農家の経営,経済が直ぐ良くなるものではない。しかしこの牛の特質を充分に把握して能力を最大限に発揮せしめると共にその生産物を最高度に活用して他の家畜家禽の普及増殖をも企図し,かくして,この牛を中心として農業経営全般の思い切った改革を行うに於てはじめて,その導入の意義がある事を私共は確認しなければならない。たしかに酪農経営に於て乳価の占める地位は大きい。しかしながら乳価のみに支配されるような酪農経営であってはならない。
 私は和牛に於ても,乳牛に於ても,その経営面に於て有畜農民自らがもっともっと掘り下げて研究しなければならない事を本年ほど痛感した事はない。そして又団結の力の必要を本年ほど痛感した事もない。
 凡そ重要事業の達成への道には楽しい時もあるし,苦しい時もある事は世の常である。苦難の時を何んとかして克服する所に健実なる基礎が樹立せられる事は古今の鉄則である。29年はまさに試練の年であった事を回想しながら,明年は最良の年であれかしと祈るのである。