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人工授精はエリー・イワノフ氏(モスコー獣医学校教授)が馬の人工授精を行ってから発達の糸口となって各国で研究せられてきたのであります。
日本では牛の人工授精が実用化されて普及していますが豚ではまだそこまで一般化していません。最近になって種畜場,保健所などが中心となって次第に実際化してきていますことは喜ばしいことです。
では豚の人工授精の研究は日本ではいつごろから始められたかと申しますと昭和13年以後で基礎的並びに応用研究についてすすめられ,日本独特の人口膣と注入器を考案してよい成績を挙げるようになりました。
(1)よい種雄の精液を何頭分にも分けて使うことができるので改良が早くできます。
(2)精液を相当遠方のところまで送ることができるし発情しているめす豚を種おすのおるところまで牽いてゆくという手数がかからないですみます。
(3)交尾で伝染病をうつすことが少なくなります。
(4)おす豚の精液を検査してから種を付けられます。又めすの発情の不整のため種付するときがつかみにくいものは一発情中に同一の種を何回も分けて注入する事もできますから受胎率が向上します。
(5)めすの体が小さくて種付にこまるというようなことがありません。
(1)特別の技術者と設備がいります。
(2)自然交尾より時間と手間がかかります。
(3)器具の消毒,洗浄をよくしていないと,かえって伝染病をうつすことになります。
精液の取り方 は豚の場合は人口膣で取る方法と人口膣をつかわないで取る方法と2つあります。人口膣をつかわないで取る方法は擬牝台とビーカーをつかいます。おすが擬牝台にのりかかるように発情めすの粘膜を台にぬりつけてならしておきます。おすがなれてくれば粘膜をぬる必要はありません。おすが台にのりかかると口からあわをふいて陰茎を出しますからねじのような細長い陰茎の先を清潔にした右手で強くおさえます。そうしていると豚は精液を出してきます。前もってビーカーにガーゼをかぶせておきこれに精液を受けて入れるのです。豚の精液にはカンテンのようなものがでてきます。これは膠様物質といってクーパー氏腺から出るものが主で,帯灰白色で粘着性があります。この膠様物質は人工授精には関係ありませんのでガーゼでこしとるわけであります。前号でもお知らせしましたように豚の精液の量は非常にたくさん出しますので500㏄入りのビーカーを用意せねばなりません。
人口膣による精液の取り方 人口膣は畜産試験場式のものはゴムチューブで円筒をこしらえ,これをもつのに都合のよいように竹筒をはめたものでそのはしは陰茎の大きさより細くしとくことです。
東京都の農場試験場式の膣は豚の子宮の型を人口膣の中に取り入れて考案されたもので膣にあたるペッサリーは円錐形で精液を取る瓶か人口膣筒の中にはめられて子宮の役目をするようになっています。これ等による精液の取り方は発情のめすをつかうか又は擬牝台をつかいます。
擬牝台は高さ62-65㎝4脚付きで左右の巾が55㎝長さ80-100㎝程度として,おすがのっかる上部はめす豚の胴の状態に丸みをもたし27-30㎝の巾としたものでよろしい。なお豚があがるので丈夫などんごろすのようなものをこれにまきつけておきます。これで準備ができたのです。そこで種おすを擬牝台にのせおすの陰茎を人口膣筒に手早くさし込まし拇指と4指で陰茎をつかみ強くにぎると射精します。外気の寒い時は精虫に悪い影響を与えるので精液瓶は温湯を入れた2重瓶を用いています。採取用器は水洗し,乾燥滅菌しておかねばなりません。精液を取ったなら一応検査する必要があります。まず肉眼で量,色臭気,濃度,水素イオン濃度(6.8-7.2)などを見,顕微鏡で精虫の活力,生存量,奇型について調べます。精液は原液のままで摂氏15-20℃で保存します。受精に用いてよい保存日数は2日位ですが保存温度の調節が困難な時は取った当日に注入します。なお精液の取扱い中は日光の直射をさけること,水を混入しないなどに注意しなければなりません。
精液の注入方法 めすの外陰部を微温湯でよくふいて,左手で陰唇を開き右手で注入器(図面の注入器)をもち最初の10-15㎝の間は先の小硝子管で尿道外口を傷つけないよう注入器を稍斜上に向けて入れてゆきそれから水平にし僅かに左右に廻しながら入れます。先が子宮頸の下端にあたりましたら注入器を左右に動かして押込みます。子宮頸の皺襞2つ目の部位に先が達したら圧迫を加えつつ静かに注入します。豚では普通1回の精液の注入量は40-50㏄で目的を達します。
輸卵管で卵子と精虫がうまく会って受精されますと受精した卵子は輸卵管を通って子宮に下ってきます。そして子宮の襞(子宮内膜)に安全に大きくなってゆく床をこしらえます。これを着床といっています。卵子はだんだん大きくなってゆくために子宮襞から栄養をとります。受胎からお産までを妊娠といっています。
はらみますとめすの体は平常といろいろかわってまいります。卵巣では黄体がだんだん大きくなって黄体ホルモンの作用(力)で発情をおこさせないようになります。今まで規則正しく3週目毎にくりかえしていた発情がぴたりと止んでしまします。これではらんだものとしてよいのですが,時に予定していなかった日に発情を見ることがあります。これは一応はらんだのですが流産した時にこういった事がおきます。妊娠が進んでいた場合ですと豚の食欲がなくなったり又よく気をつけていると排出されました胎膜などを見ることができます。又第1回目の発情を現わさず2回目に発情してはらんでないことを発見することもあります。これは第1回目の発情を見のがした場合が多いと思います。種付を確かめるために種付後の3週目と6週目の月日を豚房の適当の場所に掲示しておくことが必要であります。
はらみのめすは①一般に動作がのろくなり自分の体をいたわって性質もおとなしくなります。②食欲がすすんできます。③胎児が大きくなってくると母豚のお腹が大きくふくれてきます④お産が近づいてきますと乳房がふくれてくるし分娩の前になりますとしぼると初乳がでてきます⑤腹に胎動が見られますし又手で触れますと胎児の動くのが感じられます。⑥局部がゆるんできて分娩に必要な準備ができてきます。陰部のゆるみと骨盤の組織がゆるんできてお産の道をつくるわけです。
余り肥り過ぎている場合は骨盤膣の中の脂肪細胞がゆるんでこないためお産の道が開くのを邪魔して難産をおこすことになります。
はらみ中は飼養と管理に注意し平素の手入を念入りにしてやります。手入れは垢をとると同時に血液のめぐりをよくしてやることができます。常に豚に接してやると豚もよくなついてきますのでお産のときの取扱いがたやすくもなります。妊娠が進んでから転んだり他の豚とけんか等をしないように注意し運動に差支えぬように運動場柵の修理や石ころなど取り払います。運動は日課としてぜひ実行しましょう。運動は自由運動でも追い運動でもよろしい。千葉県では子供が追い運動をして非常によい成績をあげております。
はらみ豚は,腹の仔が次第に大きくなっていくのですから次第に増し飼いをしてやらねばなりません。初のお産の豚では種付した当時給与量の4割を,2産以上のものは3割を増してやります。
受胎によってどの位体重が増えるか,又はらみ中の胎児はどの位大きくなっていくか月別に畜産試験場で調べたのによりますと次表のとおりであります。
豚はたびたびいいますように仔の数が多いし妊娠期間も114日(妊娠期間は3月3週3日とおぼえておきます。)で牛,馬,緬羊よりも早く生まれます。そこでえさを与えるについて次の点に注意して下さい。
(1)えさはいろいろな飼料を混ぜて与えること。
(2)蛋白質の不足をさせないこと。
(3)青草などをかかさぬようにし時に便秘に注意すること。(妊娠が進みますと便秘がちになりますので大麦,荒糠を控えます。)
(4)腐敗したえさ,凍えたえさ,めの出た馬鈴薯(ソラニン毒がある)などは流産のもととなります。又妊娠の末期の浣腸も同様の結果となります。
(5)分娩予定の1週間位はやっていたえさの量を次第に減らし,分娩の日には種付した当時の3分の2から半分位に減らします。
(表)受胎による体重増加割合
経 過 | 交 配 時 | 受胎後1ヶ月 | 受胎後2ヶ月 | 受胎後3ヶ月 | 分娩直前 |
㎏ | ㎏ | ㎏ | ㎏ | ㎏ | |
体重 | 146.3 | 163.7 | 175.7 | 187.8 | 199 |
割合 | 100 | 112 | 121 | 128 | 136 |
(表)妊娠中胎児の月令別発育表
胎 令 | 30 日 | 60 日 | 90 日 | 出 生 時 | 備 考 |
体 重 (g) | 2 | 100 | 550 | 1,100 | |
体 長 (㎝) | 3.5 | 17 | 30 | 32 | 鼻端から尾根までの長 |
この表で見るとはらみのおわりごろの1ヶ月が最もよく大きくなっていることがわかります。体児が100日位となりますと生まれるときとあまりかわりないぐらいの体つきとなります。