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岡山種畜場講座

飼料作物講座(六)
田畑転換栽培の話

辛島技師

おことわり

 本講座担当の渡辺技師が9月から10月にかけて,各地の畜産共進会へ審査の為出張した関係上,申訳のないことですが原稿の準備が出来なかったから取り敢えず私が今回に限って代講することに致しました。

まえがき

 急転直下,乳価安と言うきびしい現実に直面した酪農経営の現状から,この乳価対策は流通飼料の対策と共に国に於て大きく取上げて解決せられるべきものであることは勿論ではありますが,酪農家自身に於てもその経営の内部諸条件,特に優良な青刈飼料を自給増産することは,酪農の伸展上当然取るべき本来の路ではありますが,蓋し当面の緊急措置と謂わねばなりません。
 斯様な立場から,最近特に活発な動きを見せている田畑転換栽培をテーマとして,特に転換畑の飼料作物栽培を重点として筆を進めて見たいと思います。
 水田に飼料作物を栽培する体型としては,もっとも普通に見られるものであるが,稲-麦と言う普遍的な耕種方法の中に,資料作物を間混作して地力の維持増進,労力配分の調整,自給飼料の確保等を主要な目的としたもので,これについて本県に於ては妹尾金吾氏,牧野勉氏等の全国的に著名な実際家を擁しているので本県酪農家の皆様は既に充分この方法については,御熟知のことと存じます。この体型と,これより一歩飛躍したものが,これから申上げて見たい田畑転換栽培と言う型であります。裏作として麦作を全然行わず,青刈飼料作物のみを作付けする場合は,当然前の体型に付属しているものとして御解釈願います。
 但し前以って御断りせねばならないことは,筆者自身は,この栽培方法については2-3例を観察調査した程度に過ぎず,自分自身で生きた,実際の体験を持っておらないので,従ってこの話も至らない点が多々あると思いますから,予め御了承願いたいと存じます。

本論

 田畑転換栽培と言うことは,今更特記する程の新しい栽培法でなく,酪農の伸展に伴い飼料作物の栽培と言う問題が大きく浮かび上がって来たことに付随して,強調せられる様になったものと存じます。事実私は昭和7年に富山県下の冷水浅耕土地帯である下新川郡でこの転換畑に西瓜,蔬菜を栽培しているのを見ました。同地方は畑面積が著しく狭小で,所謂寒冷単作地帯で農家経済は相当逼迫していたことから換金作物として有利な西瓜,蔬菜の栽培を着眼し,水田を畑に転換してこれ等のものを平均略2ヶ年程度栽培し,再び田に還元して稲を作っています。その結果として水稲の収量を従来の単作田に較べて増加すると共に,農繁期の過酷な労働が分散されて加うるに換金作物の販売による収入増加で経営が安定することとなって,次第にこの方法が普及される様になりました。
 また有名な大和西瓜の産地である,奈良県の大和盆地では昭和4年頃は転換畑は実に1,200余町歩に達する盛況で,これもまた近郊農村の特徴として,有利な蔬菜と西瓜が栽培されていました。現在は僅に550町余歩に減少しているそうですが,これには現行の米の供出制度が多分に制肘している訳です。
 北海道,秋田,山形,富山並びに奈良県等において,この田畑転換栽培で有名な実践者の方々が申している。この栽培法の利益を取りまとめてみると大体次の様になります。
(一)土壌各層の養分が容易に吸収利用される。
(二)雑草が少なくなり,除草の労力が軽減される。
(三)病虫害の発生が割合に少い。
(四)経営が多角化されて,その安定度が強くなる。
(五)農繁期の労働ピークが崩される。
 次にこの栽培方法に関する試験報告としては北海道農業試験場,山形県農業試験場,農林省関東東山農業試験場のものが有りますのでこれら各種試験の結果を要約しますと,
(一)転換畑は普通畑に比較して一般に作物の育成が良く増収を示す。
(二)転換畑第1年目は塊根,塊茎を目的とする作物は不適当と見られるから,これは第2年目以降に作付した方が望ましい。
(三)還元田は乾草の量が著しく減少する。しかも転換畑として長期間利用していたもの程これが少なくなる傾向がある。排水が好ましくない田を転換畑として1ヶ年利用し,これを翌年田に還元した場合は乾湿両性の雑草が生じ易い関係上,雑草の種類.茎数は連作田に比較して多いが,その重量は一般的に少い。
(四)還元田の反当収量は一般に連作田に比して増収が認められる。
 以上に要約されますが,特に干心を要する最後の米反当収量の増収については,山形県農業試験場の成績を参考まで表示しますと,下表の通りであります。
 以上の様に還元田は単作田に比して相当の増収を示しているが,この理由としては次の様に指摘されています。

(表)還元田の米反当収量
 (イ)無肥栽培区(昭和25-27年3ヶ年平均)

項 目 単  作  区 還 元 田 区 還  元  田  増  収
試験区別 容    量 比    率
畑 2 年
還元1年目区
2.257 2.769 0.412 117
〃 3 年
〃 1年目区
1.873 2.781 0.908 148
〃 4 年
〃 1年目区
1.748 2.503 0.755 143
〃 2 年
〃 2年目区
1.873 2.107 0.234 112
〃 3 年
〃 2年目区
1.748 1.995 0.241 114

 (ロ)普通肥科区(昭和25年-27年3ヶ年平均)

項 目 単  作  区 還 元 田 区 還  元  田  増  収
試験区別 容    量 比    率
 
畑 2 年
還元1年目区
3.37 3.145 (一)0.225 95
〃 3 年
〃 1年目区
2.52 3.117 0.597 124
〃 4 年
〃 1年目区
2.572 3.005 0.433 117
〃 2 年
〃 2年目区
2.52 2.826 0.306 112
〃 3 年
〃 2年目区
2.572 2.696 0.121 105

(一)作土が厚くなること
 還元田の増収原因としては,土壌の物理的化学的の変化,或は前作肥料の残効等が考えられるが主として前者の物理的改善即ち作土が厚くなることが大きく影響されるのを認められる。
(二)地温が温まること
 還元田はその土壌の熱伝導が速かとなり単作田に比して深部まで地温が高まる。
(三)土壌水分が少ないこと
 還元田土壌の団粒化孔隙量が増大して落水期に於ける土壌水分含有量が少なくなり稲によい影響を与える。
(四)稲胡麻葉枯病の発生が少ない。
 要するに田畑転換栽培は実験的にもまた応用化の場合でも土地生産力,農業労力の配分調整,農家所得等の各点から批判しても,従来の単純な耕種方法に比較して,相当すぐれていることは確認出来るが,何故この栽培法が一般に普及されず,全国的に見て転換される面積が僅か七万町歩程度に過ぎないかと言う主な理由は次の通りではないかと思われます。
 (一)田畑転換栽培は最初から,その効果を明に充分期待することは困難である。
 (二)水田面積に対して米の供出を割当する現行の制度では畑に転換して水田の減反分に対する割当量は何等かの方法で,たとえば保留分をさくとか,または他より融通を受けるとか等によって解決せねばならない。即ち今仮に平均3石の収量がある水田1町歩を毎年2反宛畑に転換し1ヵ年(事実は裏作表作裏作の3回で1ヵ年半になる)飼料作物を作り,田に還元する。還元田の増収率を25%としたならば,5年目で減反2反歩に対する収量の不足を8反の還元田増収によって補充することが出来るとしても,事実4ヶ年間15石減反による終了不足が生ずることとなる。
 (三)灌漑排水施設を整備せねばならない。

 従って,この栽培法を取り入れて青刈飼料作物を栽培し得る酪農家としたならば耕地面積を相当広く,資金的に余裕のある所謂富農層に限定される様に思われますが,草資源に恵まれない為に家畜の飼養が困難であり,従って米の反当収量が一般に比較して少い農家では,転換畑によって青刈飼料を獲得することが出来て,乳牛の飼養が容易となり,この乳牛の導入によって普通田の反当収容が著しく増加する場合は,減反による米収量の不足と言うことは左程大きな問題とならないから,この意味から考えると,この栽培法は相当の普及性があるものとも考えられます。然しながら酪農家の方々がこれによって飼料作物を栽培する場合には当然次のことを十分考慮して頂きたいと存じます。同時にその効果が必ず挙る様に他の条件を整備充実して頂かねばなりません。例えば飼料作物に関する栽培技術,乳牛の飼養管理並びに繁殖に関する技術等と言うことになりますが。即ち,
 転換畑に栽培した飼料作物の経済的価値,これは主としてその反当の栄養収量如何と,乳価と,産犢価格と,飼養している乳牛の粗飼料の利用性如何によって,主として決定づけられるものでありますが,この経済価値が米-麦作或は米-換金作物等のその地帯の在来の一般耕種法による純収益よりも上廻ることが必要となって来ます。今少し端的に申上げると農家所得がより以上増加せねばならないことになります。
 以上田畑転換栽培について,その概要を説明して来たが,本県南部地帯の酪農経営の実態及び農業生産構造を不具化せんとしている諸般の情勢を顧みると,例えこの栽培法の応用についてはこれを制肘する幾多の困難な隘路はあるとしても,すでに邑久郡国府村の牧野勉並びに久米郡三保村の玉木八郎氏によって実行され,みるべき成果をあげている。乳牛を通じ本栽培法を取り入れて耕地の総合生産力を昻め,酪農経営の力強い本然の姿を一層鮮明にして,農業の将来に明るい示唆を投影して下さる酪農家が逐次増加して頂くことを切望してやみません。