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落穂

養鶏の将来

風知生

(一)或る若き養鶏家よりの質疑

 御便り有難う存じます。先生には益々御壮健の趣何によりと御喜び申上げます。なおその節は「岡山県の養鶏」を御恵送下さいまして厚く御礼申上げます。早速読ませて頂きましたが,産卵量は第4位で,産卵率は全国第1位と言う,本県養鶏の目覚しい躍進振りを見て,私達のやっているこの可細い養鶏が,斯くも華々しい成果を形作っているかと思うと全く嬉しくなって参りました。しかし同時に本県の養鶏が,引いては私達の養鶏経営が破綻することなく,何時までやって行けるだろうかと一抹の不安を覚えます。これは青年らしからぬ消極的な気概だと,御叱正を受けるかも知れませんが。しかし私達の村で乳牛を飼っている人達が,現在の乳価安におびやかされ焦燥している姿を見るにつけ,また10月11日附朝日新聞の社説にまで取上げられている「酪農の危機」を読みますと,全く他人事とは思われず,たとえば食卵の市場建値が400円までに下落した時のことを,考えますれば肌寒さを覚えない訳には参りません。
 確か5月中頃の新聞と思いますが,金融界の偉い方々は,農村は只一つのデフレ恐慌から隔絶されている真空地帯だと言っていますが,私達の様な不勉強な男には,この言葉は誉められているのか,貶されているのか,とんと判断はつきかねますが,ともあれ斯様な見方は,東京や大阪の真中から,しかもプリズムを通して私達の農村の皮層を御覧になられた結果ではないでしょうか。
 御承知の如く,それ自体が飽和状態で行き詰まっている農村人口に,更に都市から逆流されてくる失業人口が加えられて,農家経済は益々困難となりつつあります。其の上に鋏状価格差は拡大されますし,これ等の要因が積み重ねられて極端なことですが農業の生産構造は不具化の傾向を辿っています。
 これ等の暗い渓間の現実の姿は,高い山翳で分厚く覆われて見えなかったので,農村にはデフレ恐慌なしと,割り切った結論を出したのではないかと思います。
 私達には資本主義とか修正資本主義とか言う様なことは,これを理解するだけの頭もありませんから,ましてこれを批判することなどは及びもつきません。現実において自分自身の進むべき途を迷い,何かを捕らえねばならないと足掻いている農村の現状を眼の前に見ているだけでなく,事実農村の中層階段に属している私自信すら,農業をどの様な方向に進ませてよいか,その目標をともすれば失いそうです。という訳で最近では,今後の農業は,個々の農業経営内部の合理化云々と言うことでは凡そ解決し得ないので,農産物に対して国家補償制が,確立されなければならないと考える様になりました。私達の養鶏も有畜営農の観点から取り入れた農業組織の一部門では有りますが,私達の農業立地から見て,この養鶏部門は,それ自体単独の収支に於ても正当な労働報酬を期待しているだけでなくある程度の企業利潤すらを獲得したい目的で,この養鶏をやっている訳ですが,これは有畜営農の既成概念では割り切れない所に養鶏の企業性があると思っているからで有ります。
 昨年は比較的に飼料価格が安価に比較して割合に低廉であった関係上,ある程度の目的が達せられましたが,昨年に比して約3割以上飼料が高騰しています現在では,企業利潤はおろか,正当な労働報酬すら期待し得なくなりました。私達の農業から,この養鶏が離脱した場合を考えますと,事実他に兼業収入の極めて乏しい私達の村では,農業をやって行く自信が無くなりそうです。斯様な苦悶は唯一人養鶏部門でなく,農業そのものの苦悶ではないかと思います。斯様な見解から養鶏対策として1日も早く,飼料需給安定法の強化と,食卵の支持価格制の設定を強調せなければなりません。斯様に申上げますと,先生は必ずこの考え方は,余りに他力本願で君の養鶏も先が見えている。その様な-急速に実現しそうもないことに執着を持つより,自分自身で解決出来るものが,まだまだ多分に君の周囲を取り巻いているのだ。俟つは自分自身の腕と頭ではないかと,御忠告下されることとは思っていますか,養鶏の将来を考えれば考える程斯様に強調せざるを得ません。御多忙中誠に恐縮ですが,先生のこれに対しての御高見を聞かせて頂きたく存じます。

(二)私からの応答

 御元気で何よりと存じます。大変むつかしい御質問を頂いて,偽らない所を言うと,どの様に御返答したら良いかと,いささかたじたじの態です。貴君の如く何もかも割り切って,物を考えねばならない性分は,尤もこれは青年として大変好ましいことで有りますが,現実に割り切れない矛盾は政治にも,社会にも凡そ人間の住む所には当然存在しています。
 恐らく貴君自身の生活それ自体の周囲にも,客観的に批判すると矛盾が相当織り込まれているでしょう。と言う訳でこの数多い矛盾を,私達は自分自身の直接な努力で,解決出来るものは,ぐんぐん押し切って解決せねばなりません。政治に,経済社会に存在する矛盾と言うものは,その解消は歴史的,時間的な過程を経なければなりませんから,私たちは勿論これに向って強力な堅い共同体となって辛抱強く当らねばなりません。余りその結果をあせると,自分自身を苦しめ,反って元も子もなくして仕舞います。貴君の如く頭の進んだ青年は,高い理想を胸に画き,これに向って猪突式に驀進する傾向を多分に持っています。所が肝心な自分の足許を見ずに,頭が先へ先へと進む調子に足が運ばず,誠に不安定な姿勢となって顚倒し,運悪く打ち所が悪ければ不具となり,落伍者となり勝であります。
 養鶏の将来に対し貴君の焦燥していることは,当然私達関係者も酪農の将来と同様大いに案じていることです。これらを一挙に解決すると言うこと自体が,私にはむしろ大きな矛盾ではないかと存じます。貴君の言われる所の個々の酪農経営内部の合理化云々だけでは解決しない現在の農業の困難さは世界の食糧情勢,政治の進み方,経済社会の動き方等々複雑にからみ合った種々要因から,勿論私にも良く判りますが,私は先ず生産の合理化を検討し,次に吾々自体の力で改善可能の生産物流通の合理化について努力する必要は確かにあると存じます。大変失礼なことと思いますが,誠に貴君の養鶏経営について見ると,第一に生産の面から見て私は余りにも流通飼料に偏存していることを,指摘せざるを得ません。次に飼養されている鶏の産卵能力を,経済的可能飼養期間を検討して見て頂きたい。その結果は恐らく貴君自身も満足すべき状態にないことが御判りだと存じます。第二として申上げたい事ですが,貴村の養鶏家諸君は飽くまで個人本意の経営で生産物の流通についても,勿論共同出荷と云う事は考えられてもいないでしょう。これも一つの大きな矛盾です。農村養鶏の将来は生産についても,流通についても,より強い堅固な協力態勢の下に於て且つ消費者の要因と消費の拡大を前提として進む所に,将来が約束されるのではないかと存じます。
 今日の暗い重苦しい空模様は,明日の澄み切った碧空につながっています。大いに元気を出して,農村養鶏の将来をより明るくする為に,貴君の手の届く所にある現在の数々の矛盾を勇敢に排除して頂く事を切望して擱筆致します。