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田と山と牛

安東友哉

 津山に出て居た時,急に岡山行の用事を思い出した。汽車はどうも気が進まない。久しぶりに津山街道を走って見るのも面白かろうと,中鉄バスに乗り込んだ。幸い急行ではあるし車体はよし乗客も案外少なかったので気持ちは悪くない。津山口を出放れると急に山村の景色が展開する。昔から殆ど変わらぬ平凡な農村である。バスは暫く水田の間を走って居たがだんだんに限界が峡まって左右から迫る山や丘の間を縫って進む。それらの山が少し遠ざかったと思うと,ちょっとした盆地が出現する。それを過ぎると又山である。
 この街道沿いに限らずこんな景色は全国各地の山村に共通して居るのだが,ささやかな盆地は寸尺の余地のないまでに水田化して居る。その周囲の山寄りの傾斜地には根気よく開拓された畑が層をなして重なり合って居る。そして平坦部の片隅や山裾の所に藁葦,瓦葦とりどりの農家があるいは終結しあるいは点在している。村外れ山蔭に鎮守の森かお寺でもあればそのまま日本農村の典型図が出来あがる訳である。
 車窓から風が這入ってくるので晩夏と言ってもそんなに暑くもなく,頭の中に色々妄想が往来する。一体この辺りの盆地はさして広くもないのに人家は相当多いようだ。あれだけの農家でこの田や畑を分けて耕作するとなれば,平均面積は5,6反か7,8反であろうか,どちらを見ても格別特用作物と言う程のものもないようだから恐らく米と麦が収入の源泉であろう。生計も楽ではあるまいと余計なことまで気になって来る。
 盆地を過ぎると又峡い谷に入る。あまり高くはないが相当傾斜の急な山が次から次へと重なり合ってどこまで拡がっているか判らぬ程だ。この山の面積は一体どの位あるのだろうか,先刻見た耕地に比べたら恐らく10倍以上もあるのではないか。日本は土地が少いと口癖のように言うがそれは平坦地のことで山地は幾らでもあるのではないかなどと考えながら周囲の山々を見直すとどこにも大きな木がない。よくもあんなに伐ってしまったものだと思う。近頃の作州地方では汽車やバスから見掛けられる所には用材になる程の木は殆どないと言っても過言ではあるまい。偶々こんもり繁った森があるかと思うと大抵は鎮守の森か何かである。それ以外にはやっと薪炭になるかと思われる落葉樹か,堆肥用の草や灌木か,精々坑木かパルプ材にある程度の痩せた松位のものである。あの広大な面積を持つ山地がこんな状態に放任されていては農村の富まないのも致方がないなと言う気がする。何とか之を活用する途はないものであろうか。山の利用と言えば早速頭に浮かぶのは植林だがこれはそう簡単には片付けられない。何故かと言うとこの辺りの気候や地質は杉や檜には適しない。植えて見ても成育も遅く材質も悪い。それに50年70年もかかる気の永い仕事は一般には歓迎せられない。外に良い方法はないだろうか。妄想は次から次へと移動していく。近頃国や県ではしきりに牧野改良とか肥料木飼料木の栽培と言う事を勧めている。杉,檜や松の育ちにくい土地でも牧草は茂る。日本の山は急傾斜のものが多くて放牧地にはならないが,飼料を生産する事は可能である。それを以てうんと牛を飼うと言う算段である。無畜農家の解消とか酪農振興とか言う政策も之れと一体を爲すものである。
 津山街道のバスの中から沿道の情景を観ているとこの牧野改良の構想がひしひしと胸に迫る。この地方の山々は森林の造成には向きそうもない。さりとて開拓して耕地にするには余りに険阻である。牧草の栽培こそはあるいは最善の活用策であり,同時に農村窮乏の打開策であるかも知れないのだ。私は今まで頭の中でもやもやしていた問題がすっきり解消した様な気分になって急に眠気を催してきた。所がバスが福渡の町にさしかかって旭川の清流を眼下に眺めた瞬間に又一つの疑問が湧き出してきた。牛を沢山飼育するのは良いが,その生産品は一体どうなるのか,狭い農地しかない所では役牛の需要は行詰りつつありはしないか,牛肉も牛乳も日本ではまだ日常生活の内に溶け込んでいないのではないか。牛を飼っても果たして営農が成り立つかどうか,この疑問に逢着して眠気はすっかり消えてしまった。車中で茫然と考えるには余りにも大きく切実な課題だからである。
 この問題と取り組んでみると吾々はどうしても日本人の食生活の建て直しが先決だと考えざるを得ない。生産量の不足する米,増産の最も困難な米にばかり依存する生活は何よりも先に改めたいものである。話は少々横路に入るが私は今日農村経済を豊かにし,併せて日本の対外収支を改善する近道は農家自身が年々3千万石の食用米の内1千万石を自発的に節約して販売に廻し,これによって一般消費者の需要を充たすと共に引いては1千億円の外国食糧の輸入を不用にすることであって,農家自身の空腹は牛乳と麦と馬鈴薯と野菜油とを増産確保することによって容易に防げるであろうと言う夢を持っている。そして機会ある毎にこれを唱道している。つまり食生活の改善であるがこの大事業が起動に乗るならば牛の飼育による営農は完全に成功するであろう。
 田から山,山から牛へと考えている内に頭が少々痛くなって来たがバスは早くも野々口辺りを過ぎ辛香の大峠にさしかかったらしい。もう妄想などは打切って赤松の林でも鑑賞しようと思ったとたん,眼前に広莫たる平野が展けてきた。そして其の間に無数の温室が端然と棟と連ねている様が手に取るように見える。マスカットで有名な野谷村であろうか,私は今通ってきた北部の山村とこの南の農村との間にある,あまりにも大きな営農の相違を眼前に観て唖然とした。恵まれたものと恵まれざる者,振興と旧態,企業農業と労作農業と言う言葉が頭の中を馳せ廻って来るのだ。しかし今一度落ち着いて考えてみよう。マスカットやメロン作りは今時勢の波に乗って如何にも華やかに経営せられているがもともとこれらは生活必需品ではないのだから何かの調子で行詰ることがないとは言えまい。又そんな場合にこの地方の農家は素早く別の作物に転換する用意もしていることであろう。所が山の方の農家にはそんな芸当の出来る人は至って少ないのではないか,とすれば他を羨んだり真似をしてはいけない。山村は山村らしくあの広い山地を活用して将来大いに牛を飼って生活必需品の供給に邁進した方が安全ではあるまいか。マスカット2,3粒と牛乳1合とどちらが価値あるか正当に判定せられる日の来るのも遠くはあるまい。
 バスは終点に着いた。車中2時間の妄想も漸く終った。(筆者は英田郡美作町議会議長)