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有備無憂

備前牛亨

 畜産に社会性を持たせ,政治に反映させ,改良に宣伝に,畜産の枠を集めての絢爛たる畜産共進大絵巻,開催地か作州の中心部津山とあって蠢く人の波,そう広くもない市内の道路も徳守神社の祭典や花火大会を除いては,稀に見る人出であったかも知れない。
 育成家丹精の審判場はタイトルマッチの獲得へと,今日も早朝から数日中に決する勝敗を祈念しつつ毛櫛が軽やかに動く,甘いアースの香りが共進会の情景を一層浮出さす様にも思える,容赦なく降り注ぐ大雨,小雨,新聞の天気予報に唯一の期待をかけ,明日への戦果を祈るのも雨具を持たない筆者より家畜が濡れる出品者の気遣いが思いやられる。
 私は種雄牛を育成した乏しい経験からすればあの出品者のきらびやかな晴姿の蔭に如何に大きな努力が払われているか,審査に望んだ私は何時も敬虔の念を捧げずにはおられない。出品者は年々相見える顔ぶれもあり一頭に3人もの附添等見られ,昨年の雪辱組が臥薪嘗胆しての出品やらダークホースを狙う人々が互いに覇を競う真剣な様相が伺える。
 牛と共に寝た仮厩舎は初秋の深夜の幾つかの電燈を頼りに静かに牛の寝息を捉え,安堵の仮眠に入る。朝の雨空をうらめしそうに見上げ無心に草喰む牛の手入,処狭しと一頭の牛に数人が群がり人も牛も湯煙が立ちそう,しばらくして息つく暇もなく審査が始まる。審査員の動静やメモの運筆までが気にかかる審査場の一スナップである。息づまる様な一瞬,綱を頼り正肢勢を一呼吸一呼吸見守る牛と人との根比べ,数回の審査は型の如く終わり人事を尽して最後の審判を待つ出品者の胸中,此処に,真理をたづね勝敗の岐路を伝えるマイクの響の強くまた弱く喜びと落胆,巻土重来を期し赤,青,白賞旗とりどりに四散する人々に幸あれと祈る。
 共進会は年中行事として一過性のものではあるが,その持つ意義は重く明日への原動力でなくてはならない。共進会を通じて種々の創意と工夫,批判がなされ,改良の糧とならなければ開催の意義も使命もないと思う。
 開催方法についても共進会の意義を強め一層多彩なものにするため系統牛の展示,同一種雄牛を父に持つ出品の展示(これはその種雄牛の後代検定ともなり,集約化せる人工授精の現今においてはなお更この必要があろう。)により改良方針の確立,更には次代を背負う青少年の審査競技会による畜産熱の向上を企図して一層有意義にしたいことを希望する。