藏知　毅

第一信

　御見送りと電報を頂き有難とうございました。10月17日夕方無事入港しました。当日は沖で一泊，本日午前８時岸壁に着きました。
　伊豆－笠原－硫黄－マリアナートラックービスマルクーソロモンーニューカレドニアと殆んど一直線に南下しました。ソロモン沖海戦の勇者に黙禱を捧げつつこの附近の島々の遷り変りを眺めました。
　往路は波静かで殆んど大きなゆれもなく，全く申し分の無い航海でした。忙しい共進会の最中に全く申訳の無い様な気がしました。タスマン海も大したことはなく，２日程ゆれましたが10－15程度でしたので元気で居ることが出来ました。
　17日は朝からニュージーランドの島や陸が次々と見え，全く瀬戸内海の景色を見ている様でした。唯違うのはスロープがゆるやかなのと，段々畑が無いのと，島一面が緑に覆れていること，人家が殆んど見えないことでした。時々魚の大群が泳いでいましたが，岡山地方で言う魚島と言う言葉をそのままに思い出しました。それにしても漁船を1つも見ないのには驚きました。
　オウクランドへは夕方６時に入港しましたが御承知の様な港の景色で，丘に建った家々がとても美しく見えました。丁度“緑の丘の赤い屋根”と鐘の鳴る丘の歌そっくりに，人形の家の様な人家を眺め，とても面白く感じました。丘の緑，樹木の濃緑，クリーム色の壁，赤い屋根，これ等の色がよく調和して，一幅の絵を見る様でした。日本のゴミゴミした町ばかり見ている眼には何んと羨ましき限りです。夜の港の景色も亦格別でした。昨日は日曜日でしたので明りも少ない様でしたが，それでも町の燈と海の燈で全く美しい模様を絵き，20日ぶりに到着した眼をよろこばせてくれました。
　本日10時上陸して早速オウクランドの町を見物しました。町行く人も案外のんびりとしています。対日感情も殆んど無く，全く安心して歩けました。マレイ人を沢山見掛けましたが日本人によく似ていますので町そのものも親しみを感じられる様でした。ドメイン公園。大戦記念博物館等を見物しました。一面の芝生の手入れもよく行き届き，全く羨ましい様です。博物館の中も世界の文化，動植物，魚類等を紹介している他，戦利品も沢山あり，日本のものが置いてあるのには一寸変な気になりました。町には相変わらずボロ自動車が走って（５人に１台）います。日本で見る様な高級車は１台も見られません。物価は相当高く，安いのはバター位なものです。金の使い方に弱っています。馴れる迄に一苦労です。
　明日は仙波さん（中国種畜牧場長）のお伴をして牛買いに行きます。ではいずれ又，皆様によろしく。
10月18日夜

蒜山に着いたジャージー牛

第二信

　その後皆様お変りなく御活躍の事と存じます。私も元気で居ります故御安心下さい。
　予定が早くなり，20日オウクランドを出発，21日ハンガリーに到着，23日ハンガリーを出港して，26日朝ニュープリモースに入港しました。オウクランドに居る間に仙波場長のお伴をしてプケコへ附近の農家で購買をやりました。購買の方法は最初にローン商会の係員が選抜しておいたものを吾々が立会い，多数の牛の中から気に入らない分を次々と除いて行き，最後に購買希望のものを細密検査をやり決定します。更にその後でブルセラの検査，結核の検査等を行います。それ等の衛生検査に合格して初めて最後の決定が行われることになります。購買官はローンから提出した名簿（牛）により能力，血統等を出来るだけ詳細に調査していますので，血統書あるもの及び高級雑種（純雑種に近い雑種）のものならば充分信用がおけると思います。
　購入原価は大体血統で65ポンド，高級雑種で35ポンド，平均50ポンドで買っています。
　種牡牛は何れも血統の正しいものを使って居りますが大体一牧場にメス10－15頭にオス１頭の割合で放牧しています。一牧場は大体３－５町歩位で時季によっては更に電牧（乾電池使用）で小さく区別して放牧しています。季節種付で10－12月に種付をしますので，目下何処の牧場へ行って見てもオスをつけています。若メスには大体同じ位の大きさのオスを入れている様です。
　牧場は実によ整理され，牧草は主としてペレニアルライグラスとホワイトクローバーの混播が多く，時にオーチャードが入っています。いずれも５寸位でよく手入が出来ていて気持が良いです。どの牧場へ行っても牛舎，羊舎は無く，搾乳場と農具舎位ものです。牛も緬羊も年中放牧で寒い時には牛舎の代りにガウンを着せています。大体どの牧場へ行ってもこの頃ガウンを着ているのは大切な牛か分娩前の牛と見ていい様です。
◎ところで一寸心配になれましたのはもう換毛を始めていますのでこれから蒜山地区へ入るとしますと相当牛が弱ると思いますので，第２回以降に入る牛に対してはガウンを準備させる様に御指導願います。
　ハンガリーでは主としてバター工場と市乳関係を見ました。市乳の牧場も見ました。40－50頭の牛を次々と搾乳している処は全く見物です。これ等を大体２－３人で１時間半位で搾ってしまいます。勿論搾乳機械を使ってですが，毎日の新聞にこの搾乳家を募集しています。一寸アルバイトをやれば半年や１年位の生活費は出そうです。
　28日から30日迄ハミルトンで家畜の共進会がありますので，ここからバスでハミルトンへ行き又バスでウエリントンへ出る予定です。
　皆様の御健在を祈り上げます。

第三信

　次第にお寒くなって来たことと存じます。皆様お変りありませんか。私もお陰で元気で方々を走り廻っています故御安心下さい。　
　ニュープリモースからバスでハミルトンへ来ました。
　道々の景色はとても美しく，初夏の気分も満喫しています。牧場の緑りは特に美しく，点々と遊ぶ緬羊の群，牛馬と全く牧場気分の中をバスは40マイルから50マイルのスピードで走っています。道路は実によく整理されて申分ありません。ハミルトンでは63rd動物ショーを見学しました。乳牛，緬羊，馬，豚，犬，鶏，山羊等の出品の他，剪毛競技，ナシヨナルダンシングの競演，ウッドコッピング競技，護羊犬の訓練競技，馬のジャンピング競技，ポニイ（子馬）のジャンピング競技（子供）等多種多様で家族総出で見物しています。朝早くから自動車で家畜車を引張り，家族と家畜とが一緒にショーグランドに来ています。競馬場の隣りにショーのために畜舎が別に作ってあり，毎年此処で開催されるわけです。全くいい機会に来たものと思いました。
　ジャージーは逸物が揃って居りいい勉強になりました。審査は年令別に牝牡別に数段階に区別してあり，それぞれを審査員１名で審査します。10－15頭一群になっていますが，その中で１－４等まで４頭を決定してそれで終りでとても早く審査が終ります。その後で各クラスのチャンピオンを出して，総体的にグランドチャンピオンを決定します。他の家畜の場合も同じです。
　ローベロック氏のチャンピオンをとった牛などは全くすばらしい牛でジャージー種のいい点が判りました。
　ホルスタイン種はお粗末なものが多く，日本の方がはるかに水準が高い様に思いました。チャンピオンをとった牛も岡山の牛より悪い様に思いました。
　肉牛はアンガスとヘレフォードでしたが，ヘレフォードの方が良い様に思いました。肉牛地帯は一般に町より離れた不便な山岳が多いのですが，草を充分活用して居りますので放牧のものでも相当肉付が良い様に思います。群をなして家畜市場へ連れていって居るのを見受けますが皆可成な栄養をしています。如何に草が良いかということを示すものだと思います。
　ショーの第３日，30日午後ハミルトンを出発しバスでロトロアへ行きました。午後遅く着きましたので温泉場は休み，店は休み，全く淋しい町を見て歩きました。街中何処へ行っても湯が沸いています。31日朝早く行ってみましたが１ヶ所だけ開場していましたが時間の都合で入湯出来ず見物だけしました。日本ならば大変な事でしょうが人口の少ない国ではまるで温泉なんか問題にしていません。昨日は又バスでロトロアからウエリントンへ来ました。バスで約600マイル位走ったことになります。山岳地帯には何万町歩に及ぶ未開地が（平坦な高原）あり，如何に人が少ないかと言うことをつくづく感じました。山の利用は申分ありません。牧野の緑が美しいです。では又皆様の御健康をお祈り致します。
11月１日

第四信

　御無沙汰致して居ります。内地はもうボツボツ寒くなって来たことと存じます。皆様お変りも無く御活動のことと御喜び申上げます。私も相変らず元気で居ります故御安心下さい。
　ウエリントンに滞在中天気が悪く外へあまり出られませんでしたが，公使館や本屋を漁って種々な本を買ったり，国内事情を話して貰ったりして勉強をしました。
　公使館では特にパーティを開いて招待して下さいました。日本人で他の商社の人が一人と，聖ルカ病院の女の人が一人と吾々一行４人，船の人５人と公使館の人々でした。夜２時頃迄話して帰りました。
　11月４日は早朝からバスでパルマストンノースへ行きました。此処でローヤルショーを見物しました。４日から６日迄３日間開催されますが，船の都合で初日だけを見物しました。此処もショーのための特別な施設があり，畜舎から審査場や広場，馬の競技場と全部纒っています。
　ハミルトンの場合は競技場に附設してありましたがここはショーのためのものです故会場全体は小さい様に思いましたが，設備はこちらの方がずっと良く出来ていました。出品家畜も数が多く，肉牛，乳牛，馬，緬羊と相当な数です。出品家畜もローヤルショーにふさわしいものが多かった様に思いました。割合に肉牛が多く，ジャージーが少いのには驚きました。乳牛も各種のものが出ていますので参考になりました。審査は矢張り一人で一部門を受持ってやっていましたが，相当時間を掛けていました。面白いことはハミルトンでジャージーの審査をしていた繁殖者が此処では出品者になっていてジャージーを出品していました。
　ホルスタインは矢張り相当物が落ちる様です。体積，品位，資質に重点が置かれていた様です。緬羊はさすがにいい物が多く，出品数も一番多かった様に思います。コリデールが少くロムニマーシュが多いのには驚きました。北島は矢張りロニムの方が人気がある様に思います。
　例によって，家族総出のお祭り騒ぎで大変な人出でした。全く畜産の国であるということをつくづく感じます。特に子供達が家畜に親しんで居り，仔畜の出品は殆んど子供が連れ出ていました。ジャージーの仔牛，緬羊の子供，それ等を色とりどりの女の子や男の子が連れている姿は日本人に是非見せたいものの１つだと思いました。
　この日時間を割いて，牧草試験地を見学しました。種々な牧草も植えてありましたが，結論的には各種の試験をした結果ライグラスとクローバーの混播が一番この国に適しているので試験は専らこれらの牧草を中心にして，収量の増加と，夏季の雨の少い時の対策，年間青草の給与が出来る様にするための試験，反芻獣の鼓脹症に対する試験等を行って居りました。子供達が見学に来ていましたが，熱心に牧草の話を聞いて居りました。これでこそ牧草が良くなり家畜が良くなるのだと関心しました。
　５日ウエリントンを出発，６日朝リテルトンに到着しました。昨日一寸クライストチャーチに出て来ましたが今日は乾草や敷藁の積込みがありますので一寸外出が出来ません。いずれ又，皆様の御健康をお祈り致します。
11月７日　リテルトンにて

別信

○…ニュージーランドはちょううどいま日本の晩春，初夏の候というときですが，湿気が少いので暑さを感じません。ウエリントンでは冬服を着ていますが寒いくらいです。それでいてお天気のいい日にはとくに土曜，日曜日ともなれば海水浴をやっている人々がいるものですから全く驚かされます。どこへ行っても花盛りで洋花のほか日本の八重ザクラ，フジ，ツツジなどもたくさんあり，ちょっと外国へきた感じがしなくなるときがあります。

○…いままで北島を回ってきましたが，北島は平タンなところが多く，どこまで行っても緑の牧場がみえます。農業即畜産があり，畜産を除いた農業は成り立たないし，農業のすべいが畜産であるといっても過言ではありません。日本の４つの島の４分の３ほどの面積の国にわずか200万人が住んでいるだけ。したがって土地はあまっていますし，人は足りないので農業経営もいかにして労力（人力）を節約して，しかも広い土地を有効に利用し，収入をあげるということに全力を集中しているようです。なにしろ新聞の第一面が求人広告。新しい家付で週何ポンドという広告はザラにあります。
　１日８時間労働で日当3,000円ないし4,000円，土曜，日曜は休み。休日勤務は倍額になっています。それでも日曜日などは働く人がなく，船の荷役は全然できないので１日あそばなければいけない状態です。

○…こんなに人夫賃の高い国ですから機械力を極度に活用しています。農家でも自動車と小型のトラクターは必ず持っています。面白いことは耕地が殆どないことで農家所有地のほとんど全部が牧場であり，放牧地です。大体１戸平均120ないし150エーカーをもち，これに地区によって乳牛が入り，メン羊が入り，肉牛が入るのです。これらが混合されたところもありますが，乳牛70なしい80頭，メン羊300ないし400頭くらい持った農家が多いようです。大きな土地を持った者は大部分メン羊を，小さい農家は乳牛を持っているのが普通です。したがって牧野（放牧地，採草地）の整理は実によく行われており，山の上にも道路の側にも，河のほとりも，いたるところ木サクか，生ガキ，石ガキで区分されています。低地は排水をやり，急傾斜地は等高線にそって整地して，牧草をつくっています。
　牧草のあるところには必ず家畜がおり，公園の中も，競馬場の中にも，また運動場の中にもメン羊や乳牛が遊んでいます。

○…牧草はほとんどペレニアル・ライグラスとホワイト・クローバーを混ぜたものです。道路の側の草でも雑草ばかりが生えています。したがって飼料作物など作っている農家はいままでみちところでは一軒もありません。牧草地が荒れてくるとトラクターでプラウをかけて耕起し，すぐその跡へ牧草の種子をまきます。

○…乳製品は安く，国内で消費する場合は政府の補助があるのでバター１ポンド100円くらいです。しかし外国へ持出すと，とたんに税金で250円くらいになるので，せいぜいバターを食べています。市乳も１パイント（約２合６勺くらい）が４ペンス（16円くらい）で，市民は大体１日平均３本くらい飲んでいるそうです。原料乳の価格は脂肪買いですが脂肪１ポンド５シリングですから3.2％に換算すると約１升21円くらいになります。市乳の脂肪率は大体3.5％くらい。ホルスタイン種とジャージー種とを混合して飼育しています。バター工場は全部ジャージー種で農場からはクリームで送っています。（原文のまま）