ホーム岡山畜産便り > 復刻版 岡山畜産便り昭和30年2月号 > 岡山種畜場講座 養豚講座(七)

岡山種畜場講座

養豚講座(七)

花尾技師

分娩

 お産は人でも家畜でも大役であります。種付してから病気しないように又流産させぬようこまめに飼養管理してきたのですが,これを無事にお産させて立派に育ててゆくことが繁殖養豚をやってゆく上において最も重要な仕事です。種付をし,安産させ,その仔を育ててゆく,この3つの事柄の上手下手によって利益をあげるか否かが決定されます。
 はらみ豚は日がたつに従ってだんだん腹の仔が大きくなってきます。母豚の動作が静かになり一層腹が大きくたれ下って乳房は大きく腫れてぴかぴかと輝いて滑かになってくるし,乳まめをおすと乳を出します。乳房全体に熱をもってきて乳首は柔らかく感じます。又尾のつけ根の両側が陥ちこみます。これは骨盤全体がゆるみ薦坐靱帯という靱帯がゆるんでくるためです。いつ仔がこの世に出てもよい用意が出来たわけです。局部(外陰部)が赤紫色にかわり口が開いて口からは,ねばい粘液を漏すようになってきます。

(一)お産の準備

 種付してから分娩までの期間は114日ですから種付したらお産の日どりを豚房に書いておいてお産の目安をつけておくことが肝心です。この予定日を参考にして豚の状態をよく注意します。豚は大体予定日か,その前後1日位に産れるものです。お産前は自分で敷藁を集め準備にかかり不安そうな顔つきをし,えさも平素のように食べなくなります。又糞塊の小さいものをする等の変った点が見られます。こうなるとお産が近づいたわけです。
 お産の準備としては次のことが必要です。
 (1)お産の室を準備し,室は清潔にしてできれば消毒しておけばなおよろしい。
 (2)産室は広い室がよいのですが経済的な面も考え間口2間に奥行1間半の3坪位がよろしい。(豚も60貫もあるものが多数の仔を産むことを考え)少なくとも1間半に1間半(2坪余)が必要です。
 (3)室内には仔豚の避難する枠をこしらえておきます。仔豚は母にくっつきまといますし,仔豚の肢の力が弱い関係もあるし,母豚の習性として物によっかかって横臥するし,よく仔豚を圧殺するおそれがあるのでこれをさけるためつくるわけです。適当の丸太木(径2−3寸)で豚舎の内側に床面から7−8寸壁から同じ位に離して十字に組合せておきます。又産室を2本の丸太木で境をし仔豚だけこの室には入れるような隔木をつくります。これは圧死を防ぐのと仔豚の飼料を親豚に食べさせぬためにつくります。
 (4)仔豚を取りあげて入れる箱を用意します。取あげ箱といっていますが箱の大きさは仔豚10頭余が入る程度のものです。箱でなくても籠又は樽様のものでもよろしいが箱の中に柔かい藁を入れておきます。
 (5)生れた時に出来れば体の重さを秤っておくと将来の参考にもなりますので秤の用意と秤る時の入れ物を準備します。
 (6)分娩室内には仔豚の肢にもつれないよう5−6寸位に切った,新しい藁を入れます。
 (7)仔豚が生れた場合体全体をふいてやるため1尺角大の布を数枚用意します。
 (8)臍の緒を切る鋏又は挫折鋏の準備
 (9)臍の緒を切った後につける消毒薬として,ヨード丁幾又はマーキュロクローム(赤チンキ)
 (10)電灯又は懐中電灯。夜間のお産にそなえて産室に電灯がつくようコードを引っぱっておく。
 (11)夏とか気候のよい時は水でもよろしいが冬にはお湯を用意し,母豚の陰部や,お産手伝いで汚れた手を洗うのにつかいます。(きれいな湯水であること。)
 (12)極く寒い時のお産の場合は産室を温かくすきま風のは入らないようよくかこっておき,湯タンポの用意もします。
 (13)母豚はよく管理者に馴れさせておき,乳房と肢はきれいに洗っておくことが望しいことです。
 (14)分娩室に入れる前に外寄生虫がおるときはD・D・T又はB・H・C粉末でとってやるよう心がけましょう。

(二)産道とは

 産道といいますのは骨盤からできていてくわしく申しますと骨盤は無名骨,薦骨,尾骨の一部でこれを骨盤靱帯で結び合っています。骨盤でかこまれた中の穴を骨盤腔といっています。この中に膣とか胎児のはいっている子宮がおさまっているのです。膣と子宮を骨盤産道に対して軟部産道と呼んでいます。

(三)胎児の発育

 胎児は卵膜(胎膜)で包まれて保護されて大きくなります。卵膜は胎児と子宮との間にある膜でこの膜は脈絡膜,羊膜尿膜から出来ています。
脈絡膜とは卵膜の一番外側にあってこれには胎盤がつき,子宮の胎盤とくっついて胎児が栄養分をとっています。脈絡膜の内には尿膜があり尿膜水を貯えており,その内にあるのが羊膜といって「羊水」が中にあり,胎児は羊水中に浮んで外から衝撃を受けても大丈夫のように保護されています。

(四)お産の経過

 お産が始まりますと前に述べました様になんとなくおちつかず不安な様子をし陣痛がおき苦しみを訴えます。母豚は室内をぐるぐる廻るとか室の中の敷藁をくわえ一方によせるとかの動作をしてきます。こうなると分娩が近づいたわけですから母豚のそばについてよく見てやります。軽い陣痛によって子宮が開いて胎児が出るこしらえをし,続いておきる強い痛みがはっきりしてきますと胎児が生れ出てきます。
 産む時は母豚の姿勢は横に寝て産むものですが立ったまま産む時もあり,又立って産んでいてすぐ横に寝,後を続けて産み終るのもあります。お産は5分−10分毎に1頭ずつ産むものです。中には連続的に産み,30分−1時間位かかる場合もあります。全部産み終るに2時間から3時間位ですが時たま長い時間6−7時間もかかるのもあります。仔の数の多いため長い時間を要するわけです。10時間という例もあります。お産は昼ばかりと限りません夜産む場合がむしろ多い様です。仔は頭からも尻からも出るものです。牛や馬の逆仔は難産となりまして獣医の手をかりないと難しいものですが豚の場合は産は比較的軽く自分の力で出るものですし難産も殆んどありませんので心配はいりません。
 お産といいますと早く生まれてしまえばよいがとなれない人はおちつかずいらいらするものですが何もあせることもなく自然に生れ出るのを待っておればよいのです。牛や馬では難産で親仔もろ共に殺すことさえあるのですがこれでも正産ですと無理に手出しをしない方がよろしいのです。
 母豚が仔を産んでいる間は静かにし側でさわがぬことです。豚の中にはそのためにお産が長びいたり,仔を咬み殺すことさえあります。哺乳にも悪い結果となります。
 胎児が出ますと胎盤は胎児とのつながりを絶たれて血液が通っていたのが止まり,母と仔の胎盤も離れるものです。
 仔が出てきますと手早くその仔を受けとって用意していた乾いた布で呼吸をたやすくしてやるため一番先に鼻と口をよく拭いてやり次いで体についている粘液と粘膜を拭きとって早く濡れている体を乾かしてやらねばなりません。特に寒さの厳しい冬には早く乾かさぬと凍死さすことになります。又時に羊膜(嚢)をかぶったまま出たものはすぐ膜を破って呼吸が出来るようにしてやらぬと殺す結果になります。なお仮死状態で生れるものもあります。こんな場合は鼻の孔に口をつけてふいてやるか後肢を握って倒にして軽く振ったり,焼酎,アルコールの類で口の辺を拭いて刺激を与えて生きかえらせます。寒い時ですと入浴位の温い湯の中に浸してやるのも一方法です。仮死状態になりますのはいきを始めないまえに産道の中で臍の緒が切れて出る場合によることが多いのです。又豚には黒子といって胎児が子宮の中でかなり大きくなってから死んだため胎児は真黒なミイラのようになって出るのです。黒子ができますとその近くの胎児が特に大きくなってお産に時間が長くかかることになります。
 仔の体がよく乾きました臍の緒を4p位のところで切るのですが臍の緒の中の血液を指でしごいて空にして坐切鋏又は鋏で切るか消毒した指でひねり切ってもよろしい。そして切口にはヨード丁幾又は赤チンキ(マーキュロクローム)等を塗ります。
 秤があれば生れた時の体重を秤っておきます。こうして1頭ずつ取上げ箱に入れておきます。寒さの厳しい時ですと箱の中に湯タンポを入れて暖かくしてやります。箱の中の仔豚は1ヵ所に集って静かに寝ついている状態がよいのです。暑かったり寒すぎたりしないように仔の状態を見て換気と温度に注意してやりましょう。
 仔が産れてしまってから普通30分−2時間位で後産が出てきますが稀に仔豚が生れている時に一部の後産が切れて出ることもあります。後産や前にいった黒子は早く取り除いて親が食べないようにします。後産を食べたため食仔癖がつくことがあります。これでお産が終るわけです。親豚はお産で疲れていますので麩湯(少量の塩を入れたもの)を飲してやります。