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ニュージーランドの印象(二)

藏知技師

二.ジャージー牛の購買

 オークランド上陸の第2日は仙波中国種畜牧場長のお伴をしてジャージー牛を購買に出掛けて行った。牛の選定についてはニュージーランドローン商会が農林省購買の下請をしているので,その傘下の各出張所,支店の畜産係員を総動員してその受持区域内の各農家を調査して予め何処の農場に何頭位販売出来るものが居るかを書き出し,登録牛についてはその血統及び母牛の能力等を調査して,農場毎の調書を作成して購買官に提出すると共に,ローン商会で購買日程を作って購買官を現地に案内するわけである。この日もこの予定表に基いてプケコへ地方へ行くことになり8時半頃ローンの事務所へ行く。オークランド支店の畜産部長ダルトン氏に会う。(彼にはその後ハミルトンの共進会場や宿舎等の世話をして貰うし,方々を案内して貰ったり,最後に牛の積込等について大変お世話になったのである。)9時過ぎプケコへ支店のミスター・ラムベスが自動車で迎えに来てくれる。中型はローンの会社から個人に貸与されたもので使い始めてからまだ3週間位しか経っていない由である。乗心地の良い車である。前日見たボロ自動車に較べて確かに立派なものなので感心する。
 車はオークランドの町を南へ下って鉄道に添って走って行く。中心地を出ると人家も疎らになって来る,皆1軒建で殆んど全部が平屋で15坪から20坪位の大きさである。屋敷を充分にとって,相当な間隔で住宅が並んでいる。家の周囲には芝生があり花を作り,生垣を作って,これ等の色が家と芝生,花とよく調和していて実に美しい。中には政府の手で建てた同じ様な型の家が並んでいる処もある。政府で建てて払下するのである。聞くところによると今頃では木造と煉瓦造りと大体同値位になるので新しい家は殆んど煉瓦造りである。町に出るとよく売家の広告が出ているが,土地付家具付で300万円から500万円位である。政府払下のものは月賦で買えるわけである。市外へ出ると農家が見え出した,農家と言っても住宅は普通の住宅であり,家の周囲がすぐ放牧場になって居り,牛や緬羊を放牧しているだけである。プケコへの道はどちらを見てもこの様な農場の連続である。自動車はこの様な景色の中を時速50マイル-60マイル位のスピードで走って行く,途中に大きな屠場と精肉工場や煉乳工場がある。
 プケコへのローンの事務所へ着く,オークランドから18マイル位離れている。早速お茶を御馳走になる。ニュージーランドには法律でお茶の時間が決めてあって朝10時と午後3時又は4時には必ずお茶の時間で休憩しなければならない。労働者も官庁も銀行も商店も皆一斉に休憩である。その時間に居合せた者も皆このお茶を御馳走になる事が出来る。このお茶の時間を取り上げたらストライキが起きるそうである。それ位よくお茶を飲む国民である。このローンの事務所へ入って見て驚いたことにはこの商会はまるで町の雑貨屋と言った感じの店であって,広い店の中には日用品から,農機具,肥料から種子から,食料品から建築用材に到る迄何んでも置いていて農民にサービスをしているのである。ラムベス氏の事務室に入って行くと牛の飼養管理や寄生虫駆除の面白い漫画が貼ってある。この室で今日見に行く農場のリストについて更に詳細に調査をする。此処から農場の方へ電話で連絡して最初ミス,カメロンの農場へ行く。(ミス,カメロンの農場については後で記す)連絡してあったので販売牛が1ヶ所に集められていたので一行はその中に入って牛を選定したのである。最初これ等の牛について全体的検査をして,毛色,外貌等で気に入らないものを全部この群から除外して行く,この様にして気に入ったもののみを残し,更にこれ等について1頭々々触診をして細密な検査を行い,不合格なものは更に除外して行く。この様にして最後に残ったものを一応候補牛として持って行った一連番号の入った耳標を付けて行くのである。この耳標の入った牛を更に国の獣医師が立会して血液検査を行ってブルセラの反応の出なかったものを選定して決定するわけである。従って血液検査の結果反応が出れば一牧場全部を除外することも起るわけであるし,反応牛だけを除外することもあるので,耳標番号は飛び飛びになり欠番も出来るわけである。今回の場合は一応ブルセラ病の予防注射を行ったものも,注射後6ヶ月を経過しないものは全部除外したわけである。これは従来の成績を見るとニュージーランドで合格したものでも検疫中に反応が出るものがあり,明らかに予防注射の反応であると思われるものでも,反応を示すものは一応全部保留となっているので,今回はそれ等の保留牛を少くするため予防注射後6ヶ月以上経過したもののみを選定したわけである。
 決定した牛は輸送期日の決定する迄その農場で飼育され,輸送日が決定すると農場から積出港迄の輸送から,積込迄の一切の世話はローン商会が一手に引受けて行うわけである。大型の家畜輸送用のトラックに20頭位積込んで港迄輸送して来る。購買が広範囲に亘っていて集荷が困難な場合や,船の荷役の都合等で積込みの出来なかった様な場合には,特定な放牧場を借り受けて集荷した牛をそこに放牧しておくわけである。今回の場合もこの様に集荷する必要があったので,オークランドの近くのバラクラに一応集荷し,更に此処からトラックで運搬して船に積込むのである。


購買牛の検査

三.農家の規模と実例について

 ニュージーランドの農家と言っても千差万別である。地帯によって飼育する家畜も異なるし,面積も変って来るし,所によっては耕作をしている地帯もあるので一概には言えないが,果樹をやったり,煙草を作ったり,小麦を作ったりするのは特殊な地帯であってそれはほんの一少部分に過ぎない。大部分は緬羊と牛の地帯であり,大別して北島は中央の山脈を中心にして西側と北の方は乳牛地帯であり,東側は緬羊地帯である。南島は北部の一部で果樹をやり,東側は緬羊の産地であり一部に小麦を作っておる。農家の規模も南島の方が大きく,緬羊の大牧場は南島に多い様である。此島では1農家の面積は大体120エーカーから150エーカー(50町歩から60町歩位)位である。これに搾乳牛が80頭位と育成牛が3-40頭,緬羊が300頭位,家によって肉牛を100頭位持っているのが普通である。都市の近くは主として市乳供給地帯であり,主としてホルスタイン種が飼育され,エアシャー種,デーリーシトホン種,ジャージー種等が混飼されている。大部分はホルスタイン種6分にジャージー種4分位の割合に飼育されている。市乳地帯の外側で稍集乳に時間のかかる地帯が原料乳地帯となり,ここは殆んどジャージー種である。この地帯から外にかけて肉牛地帯があり,アバーディンアンガス,ヘレフォード,ショートホーン等が飼育されている。このもう1つ外側に緬羊地帯があるわけである。然し緬羊は山地から平坦地にかけて全般的に飼育されているので,何処に行っても見られるわけである。然し専門の緬羊の大牧場は大部分は稍高原地にあり,2,000頭3,000頭と飼育している様である。(緬羊については又別に記す)
 農家は隣家との境は主として大きな樹が植えてある。松,杉,檜,柳,ユーカリ,柏等が大部分であるが相当密植してあり,枝が互に交又して生垣を作っている。放牧場の内側は高さ7尺位の所から下は全部枝を落してあるので,そこから上の方の枝が広く拡がっているのでその下が丁度家畜の休み場になり,夜や,雨降りの時はその下に入って休んでいる。農場の全面積が殆んど放牧場であるが,この農場を大体10ヶ位に大きく区割をしている。この境は生垣か石垣か木柵であるが,生垣にはバーバリー(へびのぼうず,と言うひいらぎの葉を小さくした様な葉で枝に沢山棘の出ている灌木である。)かハリエニシダが多い様である。石垣の所は放牧場の内部の石の多い所を整理して出て来た石を積み重ねて石垣を作っているのである,巾3尺の高さ,5尺位な石垣が延々と続いている景色も見事なものである。木柵の方は2間置位にコンクリートの柱か,木の太い柱を建てて,14番線位な針金を五段張り,一番上に有棘鉄線を張っている,何処へ行っても見られるのはこの木柵であって野を越え,山を越えて延々何百マイルにも及ぶ木柵は一寸日本では見られない風景である,よくもこんなに木柵を作ったものであると感心する他はない。放牧地の改良と共にこの国の畜産生命であってみればなるほどとうなづけるわけである。
 この10に区切られた放牧場を,実際にしようする際には更に2-3に区切ってその1区割毎に毎日放牧して行くわけである。この小さい方の区切りは大体電気牧柵が使用されている。この電牧は殆んど全部がバッテリーを使用したもので携帯用のバッテリーの入った電牧機があり,必要に応じてこれを使用するわけである。電線は14番線を使用し,1個のバッテリーは6ヴオルトで6ヶ月位は使用出来,有効巨離は最長2マイル位である。(機械が12ポンド,バッテリーが4ポンド計16ポンド16,000円である。)このバッテリーを使う時は電線は1本か2本位しか使用しないので,その線に電牧機を接続しておくと,電牧機は何時も電気が流れているのではなく,間隔的に流れるので経済的である。家畜がこの線にふれると電気が流れて電戟を与えるので家畜は恐れて絶対に近寄らないのである。この様な簡単な電牧機は将来日本でも使用出来ると思えるので研究する必要がある様に思う。
 普通の農家は20坪から30坪位な住宅と15坪位な農夫の住宅と搾乳所と農具庫位があるだけで畜舎というものは殆んど無い,良い処で豚小屋と鶏小屋とを持ったものもあるが大部分の家畜は全放牧であって畜舎は全然無いのが普通である。サイロも無い牧場が多い。エンシレージを作るのにもサイロは使用しないで2間4方位に牧草を積み上げるだけであるが乾燥して雨が少いのでこれでエンシレージが出来るわけである。エンシレージは11月(日本の5月)に作り,夏季の乾燥期と冬の間に使うのである。サイロなしにエンシレージを作ったりするのは一寸夢の様な話である。南の島では乾燥期に備えてルーサンを作付けしている地方もあるがほんの一部分である。
 放牧地は機械の入る処は耕転機を入れて全部一度起耕してその後へ牧草の種子(1エーカー当りイタリアン・ライグラスかペレニアル・ライグラスを15ポンド,ホワイトクローバー3ポンド,レッドクローバー2-4ポンドの割合)を播種している様である。(牧草の問題については別記する)
 10箇のパドックを毎年1区割宛耕起しては播種して牧草の更新を行うのである。肥料は1-4年目に1回位やるのと毎年又は1年置き位に1エーカー当り2分の1tの炭カルと5分の1tの過燐酸の散布を行う方法とがある様である。施肥をした区割は牧草の伸びも良いので刈り取って乾草を作るかエンシレージを作るかする様であるし,又仔牛の放牧用に使われている様である。
 機械の入らない処は火入れをして雑木を絶やし,後でブッシュバーンの種子を播いて,そのまま使用する,勿論施肥は行うので草生も良い。所によると雑草(主として藺草やエニシダ,ハリエニシダ等)が入って来て繁茂するがこれを駆除するには相当の人手を要するので更新時期迄は自然のままに放置して置き更新期が来ると火入れをして全部焼き払い,障害物を無くしておいて,牧草の種子を播くのである。この様な方式が大体全国的に行われている様である。


搾乳場に集まった牛群

 搾乳は全部自動搾乳機を使用している。各農家共8-10頭分の自動搾乳機(ミルカー)を設置していて,70-80頭位の搾乳を3人位でやっている。搾乳時間は午前4時頃と午後4時半頃の2回である。搾乳時間が来ると牧夫が犬(スコッチコリー種)を連れて放牧場の牛を追いに行き,全部の牛を1人で追って帰って来る。搾乳所は15坪か20坪位の小屋と5坪か6坪位な処理室とから出来ている。その小屋の外の両側には80頭位の牛が入る位な木柵がしてあり,この柵の中に牛を追い込むのである。市乳地帯の農場ではこの搾乳所が2階建になっており,2階に濃厚飼料(と言ってもふすまだけであるが)を入れておき,下の搾乳所へ自然に落ちて行く様にしてある,搾乳の時に少し宛濃厚飼料を給与するのであるが原料乳地帯は濃厚飼料を使わないので平屋建である。


自動搾乳機

 柵の中に入れられた牛は自分でミルカーの中に入って行く,すると待っていた人がそこから出られない様に後肢の後にくさりを掛け,それから水道で乳房を洗滌して,搾乳機を装着する。自分で独りで入っている牛に次々とこの様にして装着して行くのである。機械は自動的に動いて搾乳を行い。搾った乳はパイプを通って次の処理室の方へ流れて行く。搾乳が終れば牛の前の扉を開いてやると牛は自分で前の方へ柵の中へ出て行く,すると後で待っている次の牛がちゃんと独りでミルカーの中へ入って来るので,見ていても面白い,これならば何頭居ても2-3人でもやれるわけである。処理室に送られた乳は,パイプを通ってクーラーの上に来て,濾過機を通り,クーラーを通って自然に冷却され,更にその下の分離機を通ってクリームと脱脂乳に分けられ,クリームは輸送鑵に入れられ,脱脂乳はパイプでタンクに送られ,これは豚の飼料や哺乳用に使われる。輸送鑵の方には笛がつけてあり,一杯になると笛がなったものはすぐ次の鑵と取り換えられ,冷風式冷蔵庫の中に貯蔵される。市乳の場合はクーラーからすぐ輸送鑵に入られる。搾乳が終れば1箇所に集まっている牛を又犬が放牧場へ追って行って放牧するのである。人手は先程も書いた様に搾乳する処に2人,処理室に1人,計3人位でやっており,搾乳時間は大体80頭位で1時間半位である。 
 集乳は市乳の場合は搾乳後1時間位の間に取りに来るし,原料乳(バター工場にはクリームで出荷するが,その他粉乳煉乳工場には全乳で出荷する)は1日に1回集乳に来る。市乳の場合は大体各農家共搾乳時間を一定にしているので集乳に便利である。面白いのはバター工場などは季節種付の関係で全牛を一斉に涸乳するので2-3ヶ月は全然乳が出ないので工場も休業である。工場の方でもそれを計算に入れているのであるから変っている。然し市乳の方はそうもいかないので,年中休みなしにやっている様である。
 次に農家の実例について書いてみることにする。方々の農家を視察したが,その代表的なものについて2-3記して参考に供したい。大体中位な農家であるが一般の農家は大同小異である。
一.ミス,カメロンの農場
 この農場はプケコへの近くにあり,ミス,カメロン姉妹の2人で経営している農場で常用人夫は男1人である。経営地は200エーカー(約80町歩)で全部が放牧場である。牛は乳牛80頭で全部ジャージー種で登録牛ばかりである。ニュージーランドでは乳用牛の登録はそれぞれの品種による登録協会があって,家の名前が登録してあり,牛の名前をつけている時には必ず登録家名(又は牧場名)をつけてそれから血統を示す様な名前をつけることになっている。例えばアメリカのカーネーション………号と言う様なものである。従って牛の名前を見れば何処の牧場の生産であるかがすぐ判る様になっている。面白いのは牡牛は自分の家に残すものか,将来種牡牛として販売するもののみを残して後は全部分娩の翌日位に淘汰してしまうのであるが,その代り残ったものは全部登録してあるけれども牡牛の方は殆んど登録がしていないのである。然し牧場そのものが登録してあるし,全部が登録牛であるし,交配種牡牛が判然としているので,販売の口が決ってから登録をして出すのである。だから購買に行っても登録証明書は無いわけである。
 この農場では80頭の牛が全部登録牛であり,その内40頭が搾乳牛である。別に肥育用のアンガスの去勢牛が153頭と羊が600頭,ジャージー種の牡牛が3頭飼育されている。住宅は20坪位の平屋建が1棟と牧夫の住宅が15坪位なのがあるだけである。その他の建物は搾乳小屋が1棟と農具舎が1棟あるのみで,この一角を除いては全部牧場である。この放牧場の中には山もあり,谷もあり,相当広い放牧場であるがこれを大きく10ヶのパドックに分けてある。放牧の際は更にこれを3-5町の大きさに電気木柵で区割して放牧するのである。放牧場は全部機械を入れて耕起し,これにペリニアルライグラスとホワイトクロバーとレッドクロバーを混播している。肥料は4年目に1回1区割宛タンカルと過燐酸を散布して,その年によく伸びた草を乾草に刈り取っている。搾乳牛は1頭当り大体11エーカー,緬羊は1エーカー当り10頭を標準にして放牧し,緬羊は山地の方へ入れられる。種付は季節種付で10月1日より12月31日迄牝牛10-15頭に対し牡牛を1頭入れて自然の交配を行っている。雑種牛を飼育する牧場では牝牛20-30頭の群に種牡牛を2頭位入れて交配を行っている。この様な自然交配は未経産の若牛に限られており,大体同年配位の若い体格の同じ位の種牡牛を入れるのであるが,2-3産目以降になると能力も判って来るので種付も別にして,特定の牡を交配して産犢に注意している様である。
 放牧牛の中にガウンを着たものが数頭あったが,ガウンは寒い時か,分娩前のものか,能力の高いものに使用するのであって,畜舎代用であると言っても差支えない。大部分の牛は雨の日もガウン無しで放牧されている。雨も日本の様な大粒の雨は少く,霧の様な細い雨が多いので,放牧家畜もガウンなしでやれるわけである。
 各パドックには給水槽があり,水は自動的に調整出来る様になっている。給水口の処に栓があり,水槽の中央にブイが浮かしてありこのブイと栓とを結合させてあり,家畜が水を飲むと水面が下るのでブイが下り,栓が自動的に開いて水が出る様になっている。水が一定の線迄来るとブイが浮いて来て自然に栓が閉る様に出来ている。
 農場の入口が又一寸変わっていた。道路から農場へ入る処に自動車の通る入口と家畜の出入する入口と2つあり,自動車の通る処は巾2間,奥行1間半位の間にトロッコ用のレールが敷いてあり,家畜の入口には扉がしてある。家畜はこのレールの上には決して上らないそうでそこだけは門が無くても家畜が出る心配は無いそうである。こうしておけば自動車の出入りにいちいち扉を開閉する必要も無く便利である。家畜を外に出す時だけ扉を開いて出すわけである。
 此処にも犬(スコッチコリー種)が数頭飼ってあって家畜の集合や放牧は全部この犬の役目であり,この犬でどれだけ人手が省かれるか判らない。恐らく犬1頭は人間の3人分位の働きをするかも知れない。この国の労力不足は専ら犬によって助けられている様である。このスコッチコリーは頭の少し大きい,顔の短かい犬で我々の知っている所詮顔の長いスマートなコリーは殆んど見られない。
 この農場にもサイロは無く,エンシレージは野積みにして作る由である。雨が少いのでこれでも間に合うのであるから全く羨ましい,乾草は全部モアーを使って刈取り,相当傾斜の強い処でもこれでやることが出来るそうである。
 搾乳はミルカーを使い,乳は分離してクリームを出荷していた様である。40頭の搾乳牛を3人で世話をし,搾乳をやるのであるから日本の我々から見ると大変な様に思われるが,彼等にしてみれば普通のことであって別に苦痛に思っていないのには驚いた。